表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

part.2


 2.


『――東北地方で言い伝えられる山の妖怪、「サトリ」についても触れなければなるまい。

 

 その伝説では、ある晩、木こりが山小屋で火に当たっていると、いつの間にか横に化け物がいる。それは木こりの考えることを全て言い当ててしまうため、「悟り」の化け物と呼ばれた。

 

 考えることがなくなると、その人物の思考を乗っ取ってしまうとする民話もある。しかし、たいていのパターンでは、最終的に木こりは難を逃れる。薪が弾けて火の粉が弾けるといった、偶然の、まるで思考外の出来事によって、サトリは撃退される。

 

「人間は考えもしないことをしでかす。おっかない」

 

 そう言って、怪物は逃げ帰る……』

 

 


「ふう。よし」


 一段落したところで、僕は眼鏡を外した。今日はこのくらいでいいだろう。


 文章を書いて生計を立てていくのも、楽じゃない。苦労は多いけれど、やはり書ける時に書いておくのが賢明らしい。コラムの寄稿文のような、小さな仕事でも。


 時計を見ると、10時を少し回ったところだった。寝るには早いが、新たに他の仕事を始めるには遅すぎる。コーヒーでも淹れようかとリビングに顔を出すと、途端に、妻が声をかけてきた。


「これなーんだ」


「え?」


 突然の問いをうまく受け止めきれず、僕は間の抜けた言葉を返してしまった。


 妻は手に何か箱のようなものを持っているようだった。が、よく見えない。目を細めて、妻のいるテーブルの前まで来て、ようやく正体に気がついた。「うわ」再び、間抜けな声を上げてしまう。


『未来の僕へ』


 木箱の蓋に、彫刻刀でそう彫られていた。それを見た途端、僕の胸に十年以上前の想い出が去来する。思い出した。これは、小学校の卒業制作で作ったものだ。


 中にはオルゴールが入っていて、蓋を開けると鳴り出す。一緒に、当時の思い出の品や、未来の自分へ宛てた手紙を入れたのを、おぼろげながら覚えている。いわばこの箱は、タイムカプセルだ。


「今日、押入れの掃除をしていたら、見つかって。あなたが持ってきた卒業アルバムとかと一緒くたになっていたわ」


 僕が「どうしてそれを」なんて質問を発するまでもなく、妻はそれに対する答えを口にしてくれた。思わず妻をまじまじと見つめてしまう。さっきの文章じゃないが、君はサトリの化け物か。


 我が細君も、恐ろしく察しが良い。考えていることはしょっちゅう筒抜けになっている。化け物じみた洞察力を感じる時も少なくはない。


「化け物はあんまりじゃないかしら」


「え」


 さっ、と鳥肌が立つのを感じる。ど、どうして分かったんだ。まさか本当に……。


「今度のコラムの題材、確かサトリの化け物についてだって、話してくれたでしょ。あなたの表情を見ていたら分かったわ。それと重なったんだろうなって」


 そう言って、組んだ指の上に顎を載せて、いたずらっぽい笑みを浮かべる。肩まで長さの、艶のある黒髪が揺れた。


「君にはかなわないな」


 僕は頭をかきながら、妻の隣に腰掛けた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ