寝起きの女の子
「はっ……はっ……」
目を覚ますとそこはいつものオレの部屋のベッドの上だった。
窓の外の景色もさっきとは違って赤く染まってない。
時間は………7時半か。
「はっ……はっ……またあの夢か……」
時々見るいつもの夢。
これで何度目だろうか。オレの知らない場所でオレの知らない人が倒れている。
一番の問題は、オレはその人たちのことを”お袋”、”親父”と呼んでることだろうか。
オレは去年とある事故に巻き込まれた。
何の前触れもなく突如、とある学校が倒壊した。
時刻が夕刻ということもあり被害自体はそこまで多くなかったらしい。
しかし、やはり死傷者は出たし、オレも被害にあったうちの一人だ。
怪我こそ軽傷で済んだが、オレは病院で目覚める前より前の記憶がない。
よって夢に出てくる”お袋”や”親父”と呼んでいる人をオレは知らない。
何故ずっとこんな夢を見続けるのかは誰にもわからない。記憶に関わることかもしれないが、誰に聞けばいいのだろうか。唯一の手がかりは、あの銀髪の女の子だろうか。夢の中の人物をどうやって探せと……
疑問は尽きない。けれど解決する術はない。
何はともあれ、見てていい気分はしない。
「はぁ……」
「やっと落ち着いた?」
「……………あぁ」
「またいつもの夢?」
「……………なぁ……」
「どうしたの?」
「……なんでお前がいる」
オレの目の前には、とある少女がオレの上に馬乗りになっていた。小柄なのもあって重さを全く感じない……と言っても当然なのだが……
「なんでって……リビングでテレビ見てたら怜奈ちゃんが”朝飯ー!!”って叫んでたから大惨事になる前に起こしに来たんだけど?」
ツッコみどころが多すぎる。
”怜奈ちゃん”こと御伽怜奈は、去年の事故の後身元の分からない里親になってくれた人だ。
みんなには”怜奈ちゃん”と呼ばせたいらしいが恥ずかしいのでオレは”御伽ちゃん”で我慢してもらっている。
いい年なのに自分の名前にちゃん付けで呼ばれたいってどうなの?と思うが本人の目の前で言ったら半殺しにあうので言えない。
元軍人で、手が早く、キレた時には拳銃をぶっ放すといったこともやる人だ。
こんなんだが、基本いい人だ。昔”戦争を終わらせた英雄”と呼ばれていた時期もあったらしい。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
「……事情は分かった……」
「でだ。なんで精霊のお前がオレの許可なく現界してるんだって聞いてるんだが?」
そう……目の前にいる少女は精霊である。
オレは世間からは忌み嫌われる魔術師といわれる人間だ。
魔術師は、自身の魔力を使い、何も無いところから火を作り出したり、風を起こしたりする。中には雷を作り出したり、傷を即座に直したりすることも出来る奴もいる。
そんな力を持った人間は、そう出ないその他大勢から忌み嫌われる。
もちろん、魔術師を嫌わずに接する人間もいるが世論の流れは簡単には変わらない。
ついには、“魔術師を駆逐せよ”と世論が動き戦争にもなった。
兵力差は数倍に及んだらしいが、魔術師側はギリギリのところで持ちこたえ、和平交渉に持ち込無ところまで行ったらしい。
戦争は終わったと言っても、世間からの差別意識が消えることはなく、むしろ強まったと言っていい。
“魔術師=兵器”と捉える人も出てきた。手足を縛ろうが人を殺せる人間が近くにいると考えれば、魔術師を忌み嫌うのもわからないことは無い。
それはさておき、彼女……瑞希は精霊でオレの魔力を使って現界し、その力を行使できる。
つまり、オレの魔力がなければ現界できないはずなんだが……
「なんでって……昨日の仕事前にゆーくんが私に魔力渡したのに、結局私の出番なかったからだよ?」
”何言ってるの?”みたいな顔で見つめてきやがる。
要するに、渡した魔力が余ってるから現界しているだけ……らしい。
「だってぇ。何も無いのに結界を張っても意味ないし……それこそ無駄な魔力だと思ったし……暇だったし……」
「暇って……」
せめて本音は隠せよ……
「そんなことより、これどう!?」
「これって?」
瑞希が手を広げているが特に何かがあるわけじゃない。
「わかんないかなぁ……」
「わからんな」
だって何も無いだろ。あるのは空気だけだぞ?
「ゆーくんはもしかして興味ない人?」
「だから、なにが?」
「ええっとね……」
「ほら……可愛い女の子が朝起こしに来てくれるっていうシチュエーション……もしかして好きじゃない?」
何を言ってるんだか……
「あのなぁ……もちろん大好物だ!」
「ただし、まな板相手を除く」
「………ゆーくん?」
……よくある話だが……真実は人傷つけるというのは事実らしい。
まぁ、わかって言ったお前が言うなという話だが。
瑞希の背後に「ゴゴゴ」という文字が見える。
「世の中に入っていいことと悪いことがあるんだよ……」
「……うん。知ってる」
「あとは……わかるよね?」
瑞希は、ふわりと浮くと空中で指を回している。
あぁ……オレ死んだか?
「言い残すことは?」
「えぇっと……優しくしてね?」
瑞希の指先に手のひらサイズの魔力でできた円柱が出来上がる。
これが瑞希の魔術”結界術”である。
オレから受け取った魔力を使って、特定の場所に様々な効果のある結界を作り出せる。
ちなみに今回は、結界自体が動く結界だろうか。特定の場所という前提を真っ向から否定した結界だ。
瑞希曰く”結界自体が小さいし、ほかの効力を付与できないから、私的には失敗作だよ”らしい。
定義自体を否定しながら、それでも失敗作という。一体何をもって成功というのだろうか……
「あのね、ゆーくん」
「はい、なんでしょうか?」
「無理」
満面の笑みの瑞希の最終通告と同時に円柱がベッドの上のオレに襲い掛かる。
寝起きの鳩尾に痛みが走る。まだ起きてから何も食べてなくてよかった……
うずくまってると、瑞希がオレの上にちょこんと座る。
「……ゆーくんはやっぱり大きい方がいいの?」
顔を赤らめながら瑞希は聞いてきた。まだ続けるのかよ……
「やっぱり気になるのか?まな板」
瑞希が死んだ魚の目をしながら無言でさっきと同じ結界を作り出す。
「怖いから、その目で結界作るな」
「あのな……あるかどうかは別として、胸だけがすべてじゃないだろ」
とりあえず、明言は避ける。後がめんどそう……
瑞希の指先にできていた結界が消え、目に生気がよみがえる。
「そうなの?」
瑞希はオレの上に座りながら、若干涙目で詰め寄ってくる。
「あぁ。こんなことで嘘ついてどうするんだよ」
「そっか。それもそうだね」
目をこすりながら、再びフワリと浮く瑞希。
「さてと……そろそろ朝ごはんの準備始めないと朝から別の仕事が増えることになるけどいいの?」
「あぁ。たしか……前はガス爆発起こしたんだったか?」
瑞希の機嫌を直した後、次の問題が浮上してきた。
御伽ちゃんは、致命的に家事の類ができない。
オレが来た当初、見栄を張ろうとして普段しない家事をしようとしてガスに引火、家ごと吹き飛ばすという事故があった。
それ以来、家事全般はオレの仕事になっていた。
まぁ、自分の家族でもない人間を養ってくれてるんだからそれくらいはやるが……
「さてと……行くか。 着替えるから出て行ってくれ」
瑞希に部屋から出ていくように促す。
「はーぃ。 どっちにしろそろそろ魔力切れだから」
「何かあったら、また呼んでねー。なにかなくてもまた呼んでねー」
すると、どんどん半透明になっていき消えてしまった。
「現界するだけで、魔力使うんだからもうちょっと有効活用してほしいものだが……」
もっとも、1度渡した魔力を回収する方法は無いので言っても仕方ないところではある。
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