就職先は頭に魔の付く公務員 ~進路希望は真面目に考えるべきだったと私は後悔する~
まるで憤怒そのものを体現しているかのような紅蓮の炎が空を焦がし、憎悪に侵食された大気が渦を巻き、悲鳴にも似た激しい雷鳴が耳を劈いた。
世界の終焉なんて言葉が脳裏を過ぎるには、十分な光景だったに違いない。
そんな燃える空の下、一つの人影が浮いていた。
桃色の長い髪を頭の両サイドで結った幼い少女。
笑みを浮かべれば万人が愛らしいと感じるであろう相貌だったが、今現在その表情は険しく、大きな瞳はただただ冷酷さに満ちている。
少女が身に纏うのは紅いラインが葉脈のように広がる黒き戦闘ドレス。手にするのは優に身の丈を超え、確実に弓形態に変形するであろうことが見て取れる形状の大剣。
さらに背に闇色に輝く大翼を揃えたとなれば、もはや役満といっても過言ではない。
闇堕ちしましたと言わんばかりの格好の少女は、年齢的に少し早いような気がするが、確実に病名の頭にちの付く病を患っている。
経験者である自分にとって、彼女の姿を凝視することは何かと辛かった。
少女はギリッと奥歯を噛み締め、怨嗟の叫びを上げる。
「わたしは負けない。アナタなんかには絶対に、絶対に負けないんだからッ!」
そうなんだ、頑張ってね。キミならできるよ、私も陰ながら応援しているから。
なんて気軽に言い返せたら、どんなに良かったことだろう。
残念ながらこの場には彼女と私しか居ない。
つまり私は傍観者ではなく当事者であり、なおかつ彼女が怨嗟にまみれながら勝利を誓った相手ということになってしまう。
分かっていた事だけど、改めて受け入れがたい事実を突き付けられると辟易する。
是非とも拒否したいところだが、生憎とこの戦いは強制イベントの類らしい。
なんて理不尽な世界なのだろうか。
はぁ、と自然と溜息が零れ落ちる。
だがそれがいけなかった。
「ッ、余裕のつもりなの!? いつもいつもそうやってわたしをバカにして、見下して、憐れんで……。だけど、それも今日でおしまいにするんだからッ!」
激昂する少女に私はたじろいだ。
いやいや、落ち着いて欲しい。誤解だよ? 今の溜息に他意はないし、普段からキミのことを軽んじてなんかいないから。いわゆる老婆心ってやつかな? ただほんの少しばかり人生の先達として見守っていただけで、まあキミの立場からすれば煩わしく思う部分が微塵もなかったかと問われると否定はできないけど……。
「うるさい、うるいさ、うるさい、うるさい!」
少女は聞く耳を持たず、頭を振り、手にする大剣の先端に私を捉えた。
「行くよ、アペイロン! 全力加速!」
少女の声に愛剣が応え、緋色の魔力光を放った瞬間、彼女の身体は物理法則を無視して爆発的に加速。手にした巨大な刃で私の身体を穿ち、両断しようと襲い掛かってくる。
やっぱり戦闘は避けられない運命なのか。
ああ、もう、どうしてこうなってしまったんだろう。
直面する非日常、襲い来る非常識を前に、幾度となく自分自身に投げ掛けてきた問い、というか愚痴が心の底から込み上げる。
ああ、いや分かっては居るんだよ。
忘れられるはずがないもの。
そう、思い返せばあの日、あの夜、ちょっとした戯れが全ての始まりだったのだから。
◇
「ぬ~ん」
机と向かい合った私こと天堂セツナは、手慰みにペンを回しながら奇妙な唸り声を上げていた。
私をこうも悩ませるのは、机の受けに置かれた一枚の紙、名を進路希望調査用紙という。
高校二年の夏を迎え、そろそろ将来について具体的かつ真剣に考えなければいけない時期がやって来たわけだが、残念ながらペンが動かず、目の前の用紙は白紙のままになっていた。
提出期限は明日、というか日付が変わっているので正確には今日だ。
このまま白紙で提出してしまえば、放課後、担任教師に生徒指導室まで呼び出されてしまう可能性だってある。
それは避けたいのだけど、将来に対する具体的な展望が見えてこないので致し方ない。
私は自分の事を極めて凡庸──器用貧乏と言い換えても良いのかも知れないが──な人間だと自己分析し、他者もそれを認めている。
成績も身体能力も何ら突出したところのなく、得意分野もない中の中。有り難くもなく失礼極まりないが、クラスメイトからは『具現化した平均値』なる称号を頂戴している。
テストや記録会のたびに「ナイス、平均値」と声を掛けてくるのは止めて欲しい。彼等からすれば悪意はなく、むしろ好意的なのだろうけど。まあ、それに関しては中学時代からなので、もう諦めが付いているよ。
なら取り敢えず近場の大学に進学し、モラトリアムを延長すれば良いのではと思われるかも知れないが、こればかりは家庭の懐事情が許さない。
ありがたいことに貧困ではないのだけど、お世辞にも裕福とは言えないのが実情だ。
父は一般サラリーマン、元々専業主婦だった母は弟の小学校入学を機に近所のスーパーでパートを始めた。
そして来年中学生になるこの弟というのが、ある意味で私の天敵だった。
いや、別に姉弟仲が悪いわけではなく、彼は私の事をちゃんと姉として敬い慕ってくれているし、若干シスコンの傾向さえある気もする。
つまり私が一方的に苦手意識を抱き、拗らせているに過ぎない。
理由は簡単。弟はギャルゲーの主人公、もしくは乙女ゲーのヒーローもかくやと言わんばかりの、私とは対照的に才能溢れる人間だからだ。
昔から何かと弟と比べられ、時に心ない言葉を向けられる事もあった。今でこそ割り切っているが、トラウマとまではいかなくとも劣等感に嘖まれるのは致し方ない。
本当に同じ両親から産まれたのかとさえ疑念を抱いたこともあるが、この疑念は高校受験に際して戸籍を確認する機会があったので払拭されている。
きっと私が母のお腹の中に置き忘れてしまった才能を、代わりに彼が得たのだと自分を無理矢理納得させて今に至る。
でだ、当然両親は不出来な私ではなく、優れた弟に期待を寄せいている。
もちろんそれに異を唱える気はないし、既に覆ることのない事実を受け入れ、現実に折り合いを付けている私としても同じ思いだ。
故に弟が周辺ではそれなりに名の知れた私立中学を受験することには賛成しているし、応援もしている。私にできる事があるなら協力は惜しまない。尤も私の応援などなく無くても、彼は容易く合格するだろう。これは身内贔屓ではなく、模試の結果という純然たる事実による判断だ。
そこで話は我が家の懐事情に遡る。
弟が私立中学に入学すれば、財務状況が厳しいものになることは確定的に明らか。となれば私に掛けられる金銭に余裕はないだろう。
そんな状況下で進学となれば奨学金を得るか、自ら働いて学費を稼ぐ必要がある。
前者に関しては私の成績・身体能力では如何ともし難く、後者に関しては明確な目的意識もないのに、そこまでしてモラトリアムを得る必要があるのか疑問が生まれる。
となれば必然的に就職の道を選ぶしかないのだが……。
「みゅ~ん」
一体私はどんな職種に就きたいのか?
そもそも何ができるのだろうか?
「よし!」
その後しばらく進路希望調査用紙との不毛な睨み合いを続けた私は、自分一人で悩んでいても埒が明かないと諦め、他者に相談することにした。
持つべきものは友という諺を信じ、友人へ連絡を入れる。
結果「子供のころの夢でも書いとけば、あと眠い」という少々おざなりの答えが返ってきた。まあ、遅い時間だったので対応は致し方ない。無視されず答えを貰っただけ感謝しよう。あと私だってすごく眠い。
しかしなるほど、子供の頃の夢か。その発想には思い至らなかった。
確かにこういう時こそ初心に立ち返り、子供の頃に未来の自分へ託した純粋な想いと向き合うことに価値があるのかも知れない。
ということで睡魔に襲われながらも探すこと数十分、子供の頃に将来の夢をテーマにして書いた作文の文集を探し出すことに成功する。
そろそろ私の活動限界も近い。
できればおよめさんとか微笑ましいものではなく、大統領だとか現実的ではないものは止めてほしいところだね。
すっかり忘れてしまったが、果たして幼い私は何を夢見ていたのだろう?
無難にお花屋さんやケーキ屋さん辺りかな?
ぺらりぺらりとページを捲っていき、遂に自分の名前を見付け、幼き日の夢と対面する。
「…………あぁ」
文面に目を通した私は微妙な気分になりながら呟いていた。
幼い子供らしさ溢れる内容は微笑ましく思うが、そこに書かれていた夢は今現在の私が望んでいた道標ではなかった。
「いや、もうこれで良いか」
正直睡魔に抗うのも限界であった為、私は開き直り、憚ることなく第一希望の欄に子供の頃の夢を記入した。
どうせ生徒指導室への招待を受けるのなら、自分の身を犠牲にしてクラスメイトの笑いを取るのも一興だろう。
一体彼等はどんな反応を見せてくれるだろうか、楽しみだね。
などという妙なテンションのままベッドに倒れ込んだ私は、強大な睡魔の誘いに導かれ、夢の国へと旅立ち、いつもより遅く慌ただしい朝を迎えることになるのだった。
「天堂、少し話がある」
普段の起床時間を大幅に過ぎて目覚め、何で起こしてくれないんだと八つ当たりしながら、身嗜みもそこそこに向かった学校も既に放課後となっていた。
ホームルームも終わり、帰宅する者、部活動へ向かう者、残って友達や恋人と語らう者、繁華街へと繰り出す者など、各々が放課後を過ごすために片付けを始める。
かく言う私も遅い時間に付き合ってくれた友人へのお礼も兼ねて、小洒落たカフェまで足を伸ばすつもりだったのだが、どうも予定変更を余儀なくされるらしい。
私に声を掛けてきた担任教師は何とも険しい表情を浮かべていた。
思い当たる節?
ないと言う方が無理がある。
十中八九、朝に提出した進路希望調査用紙についての事だろう。
だがそこで素直に従う私では無い。
「もう、先生。私だって忙しいんですから、告白ならこの場でお願いしますね」
「今はそういった冗談を言っている場合じゃない。真面目な話だ」
普段なら割とノリの良い先生で、冗談にも気さくに対応してくれるのだが、やはり今回はそういうわけにもいかなかったか。
ならば観念するしかないと私は姿勢を正した。
「それでご用件は何ですか?」
「進路調査の件だ、お前だって分かっているだろ? あれは本気なのか?」
ええ、本気ですよ、約十年前の私は。
幼い女児の可愛い夢じゃないか。
「本気なのか、天道。本当に魔法少女を目指そうっていうのか?」
担任教師の言葉に、聞き耳を立てていた周囲のクラスメイトが驚きの声を上げ、次第に大きくなるざわめきが教室全体へ広がっていく。
そりゃあ高校生にもなって、進路調査で魔法少女なんて書くメルヘン思考が居たら驚くだろうし、本気ならドン引きしてもおかしくないね。
「はい、目指します」
「……そうか」
ふざけた答えに起こるわけでもなく、何故か神妙な表情のまま覚悟したかように頷く担任教師。
そして彼は再び教卓の前に立つと、教室全体に聞こえる声で告げる。
「聞いてくれ、みんな。遂に天道が、魔法少女を目指すそうだ!」
えぇ、この展開はさすがに予想外なんですけど。
普通に怒られるとか、厳重注意を受けるとか、生徒指導室へ連行だとかされ、後から話の内容が伝わり、お前バカだろと指さして笑われる。そんな風に考えていたのだけど、まさか公開処刑。思わぬ仕打ちに羞恥心が込み上げ、顔が熱くなる。
ああ、もうどうにでもなれば良い。ほら、みんな盛大に笑うとこだよ?
「きっと厳しい道が待っている事だろう。だがな、天道。先生はお前の決断を誇らしく思う。俺は、いや俺だけじゃない。クラスメイト全員がお前を応援している。なあ、そうだろ!」
何だろう、この無駄に芝居がかった熱い演技は……。
予期せぬ展開に困惑する私を襲う衝撃は何も担任教師だけではなかった。
「天道さん、僕も応援するよ。キミがクラスメイトだったことは生涯忘れないから!」
いやいや、イケメン学級委員長くん。何で死亡フラグを立てようとしてるの?
「私も応援しているから、世界で一番の魔法少女になってね!」
え~と、世界一の魔法少女ってなに?
ホグ○ーツに入学すればなれる?
「天道なら絶対に似合うと思っていたぜ」
それは一体どういう意味かな?
似合うっていうのは君たちオタク男子が陰で「もうすぐ合法ロリ」って呼んでいる私の身体についてなのかい?
もしそうなら拳で語り合う必要があると思うんだ。
確かにさ、バスに乗っててお婆さんに席を譲ったら「小さいのに偉いね」って飴を貰ったりする。苺味で甘かったけど。
お正月、久しぶりに会った年下の親戚の子が、私より身長・胸囲共に発育が良いと知った時には寝込んだりもした。
中学に入ってから体型が変わらず、何故か第二次性徴がストライキを起こしているのも認めたくない事実。
だけど女子高生に向かって魔法少女が似合うっていうのはどうなの?
「ねぇ……セツナ」
そうだ、キミから言ってやってくれ、親友と呼んでも過言ではない我が友よ。
「魔法少女になるって本当なの? どうして……言ってくれなかったの? ッ、まさかあの電話!? そんな……」
ブルータス、お前もか?
まさかの友人の裏切りに私は驚愕する。
しかも涙まで浮かべ、さらには一人勘違いして納得してしまった様子。芸が細かいね。
だけど何この連帯感?
ドッキリなの?
ちょっとした遊び心に対する意趣返しかな?
というかいつの間に練習したの? 私今日一日一緒に授業受けてたよね? 一瞬居眠りしそうになったけど、ほんの一瞬のことだし。
何にしても凄い演技力にチームワークじゃん。本当にこのクラス、ノリが良すぎだね。みんなして演劇部に入れば良いんじゃないかな?
ふふっ、あはははは。
理解を超えた状況に私はただただ困惑し、引き攣った笑みを浮かべながら、友人に抱きしめられ、担任教師とクラスメイトからのエールを一身に受ける事しかできなかった。
何この状況? 誰か説明プリーズ。
あまりの衝撃にその日どうやって自宅まで帰ったのか憶えていない。
気付けば玄関の扉を開けていて、何故かいつもより早く帰宅していた父と母の出迎えを受け、弟に泣きながら抱き付かれていた。
もう今日は甘えん坊だね。なんて考える余裕もなく、魔法少女を目指すことが学校側から伝えられていた両親と家族会議に突入。
終始私から離れようとしない弟をよそに、普段から口数の少ない父が「お前の決めた道だというのなら私は反対しない。だけど何があっても絶対に、お前には私達家族が居ることを忘れないで欲しい」と語りだし、それを聞いた母が「辛くなったらいつでも帰っていらっしゃい」と涙ぐむ。
ちょっと、待って。私どこかに行くの? この家を追い出されちゃうの?
ってか、ドッキリに家族まで巻き込むなんてやり過ぎじゃないかな?
何故かその日の夕食は、母が私の好物ばかり作ってくれるとか意味深過ぎるよね?
結論から言うよ。どうやら私は俗にいう異世界転移という現象に遭遇してしまったようだ。
一体全体何故そんな事になったのか、どれだけ考えたところで答えなんて出るはずもなく、元の世界に戻れる方法があるかなんて分からない。だから今は考えないようにしようと思う。
全てはグー○ル先生が教えてくれた。この世界には歴とした職業として魔法少女が存在している事実を。しかも魔法少女は国家公務員だった。
さすがに先生までドッキリの仕掛け人だとは思わないよ。
調べてみると基本的な歴史や国の成り立ちはこの世界も変わらないらしい。
けれどニュース番組や法律の中に、それが至極当然とばかりに魔法少女などというパワーワードが登場する。
200X年、魔法少女を用いた犯罪組織の台頭に対し、政府は「政府による魔法少女の管理・運用」を柱とする特別措置法を国会に提出。一部人権団体や市民団体の反対運動が起こるが、法案は賛成多数で可決。魔法少女による被害の悪化もあり、概ね世論は肯定的だったようだ。
翌年、治安維持と魔法少女の育成を新たに盛り込んだ恒久法が正式に施行。同時に防衛省と文部科学省が合同で専門の教育機関を発足。
魔法少女を目指すと意思表示をしてしまった私は、どうやらその教育機関へと半強制的に送られ、卒業後は国のために働く事になるらしい。
任意制の徴兵制度みたいなものか?
うん、実はね。今だから言うけど、今朝起きた時からこの世界に異変が起きていた事実に気付いていたんだよ。
まあ、正確には世界にではなく、私個人にだったのだけど。
だって朝起きたら首に外せないチョーカーが、まるで首輪のように嵌められているんだよ?
寝起き直後はバタバタしてて気にならなかったんだけど、改めてその存在に気付いた時は衝撃だったね。
外そうとしたら爆破する首輪を装着され、バトルロワイヤルに強制参加させられるのではと内心ヒヤヒヤしたよ。
だけど実際にそんな事はなく、見えているはずなのに家族も友人も知人も他人も誰もチョーカーの存在を指摘しない。さらに登校途中で出会した小学生の列の中にも、私と同じデザインのチョーカーを巻いている女子が居たことに強い衝撃を受けた。
さすがにそれはマズイだろうと。
もっともこのチョーカーは正式に政府が支給し、健康診断時に行われる魔力検査なるものにおいて、魔法少女たり得る高い適性を検出した者に装着を義務づけているものらしい。
バイタルや魔導係数なる謎の数値を自動で測定し、定期的に防衛省へ送信。異常が認められた場合、内蔵されたGPSによりすぐさま対策部隊が派遣されるとのこと。
この事実を知った時、海外では刑務所を出所した犯罪者に発信器内蔵の腕輪や足枷の装着を一定期間義務付けるなんて話を思い出して、何とも言えない嫌な気分になった。
一部ではこのチョーカーから魔力適性保持者を揶揄し、畏怖と憐憫を込めて首輪付きと呼ばれているらしい。
言い得て妙だね。だって考えてみて欲しい。
もし実際に大規模な攻撃魔法を使用できる魔法少女が存在したとしたら、それはもはや核兵器を搭載した大陸間弾道ミサイルよりも深刻な脅威だろう。
簡単に人混みに紛れる事が可能で、被害が出るまでその存在を把握することのできない自律型戦術兵器なんて。
仮に反政府組織やテロ組織、敵対国家の手に渡る事は絶対に避けなければならないだろう。
故に問答無用で政府が徴兵し、洗脳を含む徹底的な管理下に置く国家の存在も容易に想像できる。
そういった意味ではこの国の対応は人道的だと言えるだろう。内外から平和ボケしていると囁かれるほどに。
でも私は確信している。これ、無理矢理外そうとしたり、何らかの異変を感知した場合、容赦なく装着者の生命を奪う仕組みが内蔵されていると。
まあ、真偽はどうあれ、この世界の私が高い魔力適性を保有しているのは事実であり、思いがけない展開から国家公務員への内定が決まってしまったのまた事実。
起こってしまった事は仕方が無いので、気持ちを気持ちを切り替えるべきだろう。
何より今私が気になっているのは、この外れないチョーカーが絶対に夏場とかにかぶれるであろう問題だ。
しかし保管されてた取り扱いマニュアルを読むと、装着者の魔力を使用し、常に清潔に保たれる謎のご都合主義技術が搭載されている事が判明。
なので私は心置きなく安心して眠る事にした。
途中で行かないでと駄々をこねる弟がやって来たが、仕方が無い事だと宥めすかし、何年かぶりに一緒に眠る事となる。
そして一夜明けた翌朝、家族に見送られる中、政府から派遣された黒服達と共に新天地へと旅立つ私であった。
「はぁ……はぁ……もうマヂ無理……」
政府が管理運営する全寮制の魔法少女育成機関、通称魔女学に辿り着いた私は早々に面談と簡単な筆記テスト、体力測定を受ける事となった。
面談では魔法少女を志願した動機を聞かれた際に戸惑ったが、その他は問題なく終始和やかな空気で進行した。
さすがにネタで進路希望調査用紙に書いたら異世界転移しましたなんて言えず、子供の頃の夢を捨てきれませんでしたと答えた。
どうやらそれが一般的らしい。政府のアニメを活用したメディア戦略が功を奏しているのかも知れない。
ただ気になったのは私がそう答えると何故か担当者が、背伸びをする子供を見た時のような微笑ましい表情を浮かべたことだろう。
あの……手元の資料に私のプロフィールが記載されてますよね?
若干腑に落ちないが次は筆記テストだ。
簡単なと事前に通知されていたが、その内容はまさかの国語・算数・英語だった。
そう、数学ではなく算数である。四則演算なのである。
あの……手元の資料に私の(以下略。
後は心理テストめいた問題が並んでいた。魔法を扱う上で精神は非常に重要なファクターらしい。
そして最後に体力測定。
魔法少女も身体が資本という事で持久走が行われたのだが、目標はなく限界まで走らされた。
しかも自分の体重と同じぐらいの重りを装着した状態で……。
何でこれだけベリーハードなの? バカなの?
どこの軍隊式トレーニングだよと思ったら、この世界の魔法少女は正式な軍人だったというオチ。
そうだよね、有事の際は戦うもんね。
魔法だけではなく、対人格闘術や各種銃器や爆薬の扱い、トラップを駆使したゲリラ戦略も必須事項らしい。
現代に生きる魔法少女は何とも血なまぐさかった。
日曜朝を連想してたら某戦記物だったという衝撃の事実。
本当に疲れました。
「あぁ~、疲れたぁ~」
よろよろと最後の力を振り絞り、倒れ込むように宛がわれた寮の部屋へと倒れ込む。
すると────
「はわわッ!?」
なんて幼い声が聞こえてくる。
「あ、あの大丈夫ですか!?」
首だけ動かし、声の主を視界に捉える。
映り込んだのは亜麻色の髪をツインテールに結った愛らしい少女だった。
ああ、そう言えば他の候補生と相部屋だったっけ。
「えっと、今日からルームメイトになる方ですよね? わたし、愛咲ミリアっていいます。九歳です。よろしくお願いします。え~と……」
人懐っこい笑みを浮かべて手を差し伸ばしてくる、私とは違い正真正銘、実年齢=小学生なガチ幼女。
これが若さによる純真さか。
「セツナだ、天堂セツナ。こちらこそよろしく頼むよ、ミリア」
満身創痍の身体に鞭打ち、どうにか彼女の小さな手に触れる。
「はい、セツナちゃん! これからよろしくお願いします!」
握りかえされた手の温もりを感じながら、ちゃんづけ……私の方が年上なんだけどねと苦笑する。
だけどそんな事は些細なことだ。
彼女の可憐な笑顔を一目見た瞬間、私は理解してしまった。
彼女こそこの世界の主人公なのだと。
また、私のようなモブとは果てしなく遠い存在であるのだと。
だからこの時の私は、これが後の世まで続く運命的な出会いであったとは微塵も思っていなかった。