死なば諸共、海賊旗
「いやだ……いやだ、死にたくない、死にたくない死にたくない!」
殴りつけるような潮風に、落ちてたまるかと歯をくいしばる。地面がないのがこんなに怖いなんて知らなかった。
眼下に広がる血なまぐさい戦闘風景。空気を震わす発砲音と叫び声。ぶつかり合う刃の音。聞きたくないのに耳も塞げないまま、緊張と極度の恐怖で吐きそうだった。
目にしみる血の匂い。ジワリジワリと、迫ってくる明確な殺意。追い詰められていることなんて、とっくにわかっていた。手のひらは汗でびっしょりで、落ちない方が不思議だ。
「うわぁあああああああ!」
そして、無情にも一際強い風がドクロの帆を揺らした。
限界だった。ブルブル震えていた指先が、とうとう────
◆◇
今からちょうど600年前、15世紀の頃の話だ。
その頃、世界中の海という海は、荒くれ者が支配していた。
海は彼らのものだった。彼らが一度帆を張って、高速帆船で塩辛い海面を突き進むのを見れば、善良な市民は残らず震え上がった。大地を回すのは太陽ではなく、酒と金と大砲と暴力だった。
今の辛気臭い現代の君たちから見たら、夢のように刺激的な時代だろう。
海に犇めく全ての無法者が、汚らしいボロを纏い、血の付いたカトラスを照りつける太陽に翳し、荒れ狂う荒波を踏みつけ、潮風にドクロの帆を張った、黄金の時代。今もなお語り継がれる財宝伝説。それは全部本当にあったことなんだ。
もしかしたら、この時に生まれたかったとか思っている奴もいるかもしれない。
でも、それはやめといたほうがいい。現実なんて、そんなにいいもんじゃない。
特に、俺みたいなしがない娼婦の息子にとっては、地獄でしかないんだ。
「はぁ……」
───ぼんやりとそんなことを考えて、ため息をついた。カビ臭く、真っ暗な弾薬庫。
天井越しに伝わる足音と、猛々しい雄叫びが、僅かに船を揺らした。
上……船の上では、今も仲間たちが戦っているんだろう。気持ちいい晴れ間だっていうのに、海賊は何が楽しくてそんなことするんだろうか。一生理解できる気がしない。
もちろん、大人と渡り合うような腕もない俺には、やっぱりできることなんて何にもなくて、こうやって一人で地下室で隠れているしかできないんだけどな。
「情けねぇよなぁ……」
いつも、こうやってやり過ごしていた。こうしてじっとしていれば、殺されることもない。大抵半日もすれば、海賊たちは勝手に戦って、大抵仲間が勝って、また船が走りだす。
そしたら俺はまた、いつものように惨めでみっともないキャビンボーイに戻って、無骨で臭くて気持ち悪い海賊にこき使われるんだろう。今ぐらいだ、こうやってぼーっとできるのも。
自分でも情けないが、仕方ない。どうせ、俺なんか下手に動いて、誰かに見つかったらあっという間に切りつけられてお陀仏なんだ。それは嫌だ、死にたくない。痛い思いなんて、したくない。
「しょうがねぇ、じゃねえか……」
そうやって言い訳しても、強くなるわけじゃない。相変わらず何にもできないまま、ドブネズミと一緒に膝を抱えて座っていた。足元に転がった酒ビンを、爪先で蹴る。
自分が何もしないまま、仲間たちが戦っているのを聞くと、やっぱり胸に詰まるものがある。
俺って、なんでこんなに何もできないんだろうな。学のない娼婦の息子だからかな。
今朝も、甲板長に怒られたし、船長に睨まれたし、弾薬運びに馬鹿にされた。
俺のこと、役立たずだって、みんな言ってる。死にたい。違う、死にたくない。消えたい。
これから俺、ずっとこのままなのかな。うっかり海賊なんかに引き取られるから、このザマなんだ。
せめてどうか、強くなれたら。なんて無理か。俺なんかには。
そこまで考えて、またため息をついた。淀んで湿った空気を吸い込んで、また息を吐く。
もう考えるのすら面倒で、そっと目をつぶった。その時だった。
「ウラァあああああああああああああああああ!」
「うぉえあ!?」
バゴォンとすごい音がして、突然、前の方にある、締め切ったドアが爆発した。確か、地下室につながっているドアだ。
何事かと思った。本当に唐突で、心臓が止まるかと思うほどびっくりした。
近くで何かを食べていたネズミが、すごい速さで逃げていく。煙のように埃が舞って、思わず鼻を手で押さえた。
状況がよく飲み込めなくて、口を開けたまま突然現れた人影を眺めていた。
「ここは……弾薬庫か? へへっ、いいもんあるじゃねぇか」
「ひっ……!?」
大柄な男だった。ウチの船長が来ているみたいに豪奢な、金の刺繍の入った燕尾服を着ていて、派手な羽のついた三角帽が、高い身長をより高く見せていた。つやつやしたカトラスと、ピストルを何梃も腰に提げていた。
敵だ、と認識するまでにしばらくかかった。
まず、ドアが爆発したんじゃなくて、蹴破られた、と理解するのに30秒。そのあと、男と目があってから10秒。厳つく、鷹のように鋭い目。眉をひそめられる。
「……こんなところに、ネズミがいたのか」
ジャキッと不穏な音を立てて、目の前でカトラスが抜かれた。殺される、と思った。多分間違いじゃない。
ギラギラした刃が、暗い弾薬庫を生々しく照らす。悲鳴も出なかった。あんまりにも突然の事。
多分、こいつは攻めてきた敵海賊の一人で、弾薬かなんかを見に船の中に入ったんだ。
それで、隠れている俺を見つけて、敵だから、殺そうと。
そこまで考えて、爪先からぞわぞわと鳥肌が広がった。夜の海に突き落とされたみたいに寒気がした。
「ひっ!? うわっ、くっく、っくるなあああああ!」
本当に、咄嗟の行動だった。
死ぬかもしれない、死にたくない、ぐらいしか考えてなくて、とにかく切られたくなかった。
だから反射的に近くにあったものをアイツに向かってぶん投げたんだ。それが汚くて気持ち悪いドブネズミだってことさえも後で気がついた。馬鹿だ。気がついて、すぐ後悔した。
ヂューというネズミの悲鳴と、ゔっという呻き声が重なる。やばい。
「なんだこれ……あぁ!? てめえ何すんだクッソ!! 腐ってやがる、ざけんなきったねえなぁあああ!」
案の定響く怒号。やっぱり怒らせた。まずい。敵意のにじんだ大きな声に、体がすぐ震えだした。
素直に逃げればよかったのに、何で俺あんなことしたんだろう。逃げねば。殺される。
ほぼ反射的に、すぐ横にあった梯子を上る。確か、後甲板につながってたはずだ。
後ろから、ドタドタと走る音がする。追ってきたんだろう。
やばい、やばい、やばい……!
「うわぁっ……来るな、来るなよ!」
カビた梯子を登りきると、視界はパッと明るくなった。
さっきまで暗いところにいたから、外の明るさはちょっときつい。目の前がチカチカする。
雲ひとつない青空が目にしみる。かび臭かった空気が、汗臭い空気に変わった。
目が慣れて、見えた景色に驚いた。
ああ、いつも、あいつらこんな風に戦っているんだ。戦っているとこなんて、初めてみた。
大柄な男たちが、恥も外聞もなく剣を、銃を降り回して戦う光景には、突き抜けるような勇ましさがあった。思わず見とれてしまうくらいに非日常だった。アレ、怖くないのか?
「てめぇ! よくもやってくれたな!?」
「ひっ……」
ガンガンガンと乱暴に梯子を上る音がして、はっと我に返った。
そうだ、ぼーっとしている場合じゃなかった。走りだす。
戦いあう男たちの間を縫って、塩っ辛い波で湿った甲板を、走る。
擦りむいた裸足に塩がしみる。なまった体は、すぐ息が上がって肺が引きつった。己の貧弱を呪う。
でも、殺されるかもしれないと考えたら、休んでいる暇なんてなかった。
ほら、すぐ近くで弾丸が飛んでった。確実に追ってきている荒い息。
「───くっそ! 生意気なガキだな、ちょこまかちょこまかしやがって!」
物騒な喧騒の中を駆け抜ける。
なかなか捕まえられないネズミに、アイツがどんどん苛立ち始めているのがわかった。
これで、捕まったらどうなるんだろう。考えたくないようなことをされるかもしれない。いや、されるだろう。多分じゃなくて、絶対。アイツらはそれが楽しいんだ。
さっき見た虚ろな瞳が脳裏に浮かんできて、足を我武者羅に動かした。涙が視界を狭める。
いやだ、いやだ……。
さっきはあんな事思ったけど、やっぱり死ぬのは嫌だ。怖い。死にたくない。
「ちょこまかちょこまかちょこまか鬱陶しいんだよクソガキ!」
「はぁっ……!いやだ……っ!」
焦りで、頭がどうにかなりそうだった。気持ち悪い。
屈強で、いかにも残酷そうな巨男が、こんな貧相で情けない、モップと大差ないようなガキを追いかけている。しかも、今にもぶっ殺してやる!っていう殺意に燃えた眼差しで。
こんなの誰が見たって諦めろって言うだろう。いくら逃げても、どうせ死ぬから。勝ち目なんてないから。
しかし、だからと言って止まるほど悟ってもいなかった。
今も、頭のすぐ後ろで何かがひゅんひゅんと音を立てて空を切っている。武器か。もし止まったら、その瞬間に俺の頭は斧か剣かで真っ二つになっているだろう。
それは、なんとしてでも避けたかった。
「オラァ! 止まれ! やったらちょこまかしやがって小賢しいんだよクソ!」
「……はぁっ、はぁあ、ふぐっ……どこに、逃げれば……」
周りには髭もじゃのおっさんたちが、剣やら銃やらを振り回している。赤い飛沫が頬に飛ぶ。
少し視線を落とせば、昨日の夜元気に酒を呷っていた奴らが、何人も何人も倒れている。
───この人たちがこんな風になるなんて、初めてじゃないか?
嘘だろ、強い人たちばっかりだと思ってたのに、こんなに簡単に死ぬのか?
解ってたつもりだったが、やっぱり海賊なんてクソだ。馬鹿が。
「うっ……!」
走りながら、隠れ場所を探す。どこか、どこか良いところはないか?
そうやって動かした視線の先の血だまりに、仰向けに倒れてこっちを見ている人と目があった。
紙みたいに真っ白なその顔は、今朝、俺を罵った甲板長のものだった。
俺と目があったというのに、顔を歪めることもなく、ぽかんとして虚空を見ている。
穴の空いた頭。───もしかして、死んでる?
「……嘘だろ、強い人、だと思ったのに……」
「待てこら! クソ!」
「……っ!」
散々走って、顔から湯気が出るくらい暑いのに、冬の夜より寒気がした。
誰でもいいからすがりつきたいくらいに、何にも映さない瞳が怖かった。
すぐ近くに、死が迫っているのを肌で感じた。
「やだっ……死にたくなっ……うぐっ……!」
思わず緩めた走り。その拍子に足がもつれて、ぬるりとした水たまりに手をついた。
慌てて立ち上がろうとしたけど、頭上でバン!と一際大きな音が聞こえて固まった。近い。
驚いている間に、左にいた男がぐらりと体制を崩した。右から嬉しそうな雄叫びが聞こえる。
赤い水たまりが、こっちまで広がっていく。撃たれたんだ、アイツ。
もしもう少し背が低かったらと思うとゾッとした。心臓が握りつぶされたみたいに痛い。
危な、かった。
「うわぁああああああ死にたくない!」
弾かれるように甲板をかけ出した。
次々と倒れていく仲間。あっちへこっちへ飛ぶ弾丸。
すぐ近くを誰かの剣先が掠めた。耳障りな呻き声。ゾッとした。
麻痺する頭をいくら捻っても、逃げ場なんてどこにもなかった。
狭くも、広くもない船だ。しかも、でっかい男が剣を振り回している。
どこを向いても敵が戦っているし、船の中をどこに行っても、アイツはきっと追いかけてくる。行き場といえば上か、下か、それか海か。正直どっちへ行っても死ぬ気しかない。
どうしよう、悩んでいる今この時にも、アイツはどんどん近づいてくる。
怒号がどんどん近くなる。考えている暇なんてなかった。
「───くっそ! しょうがない!」
そうして、出した答えは多分、一番最悪のものだった。いや、何を選んでも最悪だろうけど、その中でもおそらく一番タチが悪い。
俺は、上へ逃げたのだ。船の真ん中に直立した、メーンマストを、よじ登った。
馬鹿だ。わざわざ逃げ場のない方向へ行くなんて、死にに行くとしか思えない。
でも、他に行き場はなかったし、そもそも考えて突っ立っているよりは少しだけ、生きていられる時間は延びた、と思う。
「……はぁっ、はぁっ!」
手汗でヌルヌル滑ったけど、人間焦ったら大抵のことはどうにかなるみたいだ。
太陽光で暑いくらいにあったまったメーンマストを、今までで一番早いスピードでよじ登る。
見上げる瞳に容赦なく照る眩しい光が邪魔だった。でも、目を閉じたら、死ぬ。
とにかく、逃げなきゃ。
グラグラと、マストが揺れる。
下を向くと、やっぱりアイツだった。なんでわざわざここまで追いかけてくるんだ。
こんなところに登るくらいなら、とっとと諦めて他の奴らのところに行けば良いのに。
「追って……追ってくるんじゃねーよ……!」
「今ぶっ殺してやるから覚悟しやがれクソがキャアアああああ!」
改めて、さっきの自分の行動を強く後悔した。ネズミなんて投げるんじゃなかった。ものすごく怒ってる。
どんどんよじ登ってくるアイツ。縮まる距離。降りるわけにもいかなくて、俺もまた上に登る。
遮るものがなくなって、風は直接俺たちに当たる。潮の匂いが目にしみた。さっき吹いた風に、アイツの、血と汗がこびり付いた三角帽が勢いよく波間に吹っ飛ばされていった。
あいつは、忌まわしそうに頭を振って、また右手を伸ばした。
少し近くなった空と、全く同じ色の水平線。遠慮のない太陽が、ジリジリ頬を焼く。
ふと見下ろした地面の遠さに眩暈がした。
「くっそ!くるな!くるなよ!!!」
「ガキィ……もう逃がさねえぞ」
登って、登って、よじ登って、見はり台に手をかけた。ここから先は、さすがに行けない。
もう、どうしようもない。
近づくな、唾を飛ばして罵倒するしかできない。視界の隅で、また一人仲間が海へ投げ飛ばされた。
ああ、海に入ったらもう助からない。投げとばされた奴は死ぬだろう。俺はどうなるんだろう。死ぬのかな。死にたくないな。俺がこうやって泣いていても、やっぱり、助けてくれる人なんて誰もいない。
こっちを見向きもしないで、みんな目の前の敵と戦っている。みんなの持ってる武器が、せめて俺にあったら。持とうとしなかったのは俺だ。いや、武器があったって俺はきっと扱えない。結局、俺は死ぬんだろう。
「いやだ……死にたくない。なんで、なんで追ってくるんだよ!」
「くそっ……クソが!……死んじまえ!!」
手はとっくに震えていた。唇も、みっともなくガタガタして、つぶやくのでさえ精一杯だった。本能的な恐怖でずっと涙を流していた。とにかく、怖かった。
どんどん距離を詰められていく。覚悟なんて、できてなかった。とにかく死にたくなかった。
己の選択を呪って、近づいてくるカトラスを涙目で見つめた。
もう、諦めるしかないのかな。
どうせ今を逃げても、次生きていられる道理はない。ここで死んだ方がきっとずっと楽なんだ。
ここまで逃げるのさえ、俺にはすっごく辛かった。走るのも、恐怖に耐えて逃げるのも、初めてのことで、何度も諦めようと思った。何度もなんども、諦めてしまおうかと思った。諦めてしまいたいと思っていた。
「いやだ……いやだ、死にたくない……死にたくない」
見はり台に張り付く俺の足を、ゴツゴツして汚い手がとうとう掴んだ。
もう、無理だ。どうしようもない。折角ここまで逃げたのに。結局、俺は死ぬのか。
わかっているんだ。俺なんかが死んだって、誰も悲しまないことぐらい。きっと今を逃げ伸びても、これから待ってるのは相変わらず惨めな一生なんだろう。きっと、ずっとこのままで。クソみたいな人生。
「死にたくない……!」
でも、だからこそ死ぬのが嫌なんだ。
このまま何も残さないで、見知らぬ男に終わらせられる人生は、あまりにも惨めだ。こんなところで死んだら、神様だって笑うだろう。だったらやっぱり、死にたくない。
少しぐらいは強くなりたい。
「クッソ、苦労させやがって……これで、終わりだ!」
……なら、いっそ覚悟を決めてしまおうか。もう、諦めてしまおうか。
ここで惨めに死ぬくらいなら、無残に死ぬくらいなら。折角ここまで逃げたんだから。
───俺だって、海賊なんだ。
「うわぁああああああああああ!」
一際強い風に合わせて、汗でべたつく手を離した。離れていく見張り台。
頭のすぐ上で、海賊旗がバサバサと揺れる。歪んだドクロは、笑っているように見えた。
体を反転させて、焼け付くような太陽に背を向を向ける。浮遊感と、開放感。
頬に当たる風は潮の匂いがした。やけに遠く聞こえる叫び声。澄んだ海の色。
俺の足を掴んでいたアイツの体も、そのままつられてマストから剥がれる。
突然のことに呆然としたその目に笑いかけて、疲れて感覚のない指を伸ばした。
汗臭い燕尾服の襟を掴んで、そのまま息を止める。
ああ、俺、コイツと死ぬのか。
「……お前、なにすっ……なっ!?」
いきなり海に飛び込んだ俺たちに、船上の奴らは驚いたみたいだった。
それがなんだか少し誇らしい。今までで一番大きくて、宝石みたいに綺麗な水しぶき。
視界の端でジタバタと暴れるアイツ。真っ白な泡が、柔らかな光に透かされる。
海賊がいくら強くたって、海の中じゃみんな死ぬ。弱くても、強くても。ざまあみろ。
やっと、終わった。目を閉じる。これは、逃げ切ったっていうんだろうか。
ひんやりと心地よい水の中で、消えていく意識が微かに、大砲の音を捉えた気がした。
◆◇
次に、俺が目を覚ましたのは、それから何週間も後のことだった。
最初はどこにいるのかわからなかったけど、話を聞いて驚いた。あの、イギリスの病院だったんだ。
信じられなくて何度も聞き返したけど、顛末を聞いてやっと納得した。
あれから仲間……いや、海賊たちは大変だったらしい。
そりゃそうだよな、海賊同士で戦ってたらいきなり海軍がやってくるんだもん。俺の聞いた大砲の音は、気の所為なんかじゃなくて、本当に、軍船の大砲の音だったんだ。
もちろん、疲弊した海賊たちに勝ち目はなかった。あの場で戦ってた奴らは、抵抗はしたものの全員捕まって、今は留置所へ向かって牢獄船に乗っているらしい。そう思うと、少し気の毒にさえ思えた。……いや、ないな。やっぱりざまあみろ。
んで、海賊を捉えて、任務を完了した海軍の一人が、海で溺れて気を失っている俺を見つけたんだ。
助けるかどうか迷ったが、まだ子供だったので助けたらしい。
助けると判断してくれた中佐には、見舞いに来てくれた時に懇切丁寧にお礼を言っといた。生きているのが信じられないくらいには感謝している。目が覚めて、自分の腕がまだ動く事に泣いたのは始めてだった。息をすることがとにかく嬉しかった。
───それで、昨日その中佐に、これからどうしたい、と聞かれた。
よくわからなかった。そもそも、つい数週間前まで自分を呪いながら海賊にこき使われた身だ。
自分に何ができるか、どこに行けるかわからないのに、どうしたいとは笑わせてくれる。
こちらとしては今の状況についていくのに精一杯だ。これから、俺どうなるんだろうな。
不安だし、よくわからないけど、何となく何とかなる気がした。
少なくとも、ここは地下室じゃない。追ってくるアイツもいない。ただ、あいつに刃迎えた強い俺がいる。
それが何だかすごく、嬉しかった。心の中には今でも、あの時の海賊旗が歪んでいる。
何だか何でも、できる気がした。