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とある出来事の顛末(2)



 サタン、アズミ、スサという騒がしい三人を後目に手に取っていた紙束を読むのを再開したカナタは、それにつけられたタイトルに長い前髪の下の目をわずかに見開き呟いた。


「…………入寮生歓迎会?」

「ん、それか。明日の夜、体育館で文字通り入寮生の歓迎会をするんや。自分らみたいに3月から入寮してた生徒には実感ないかもしれへんけど、入学式前日に入った新入生もおるからな。一応生徒会主催やけど、まあ生徒会には寮生が多いし、顔合わせついでに騒ごーっちゅう魂胆やろ」


 最後の余計な言葉を含めたコノミの説明を聞きながら、カナタは淡々とプリントを読み進める。途中まで読んだとき、急に彼の動きが止まった。


「…………先輩」

「何だ?」

「……これ」


 そう言って紙のある一部分を指し示すカナタに、コノミは鷹揚(おうよう)に頷く。


「ああ、ダイジョーブ大丈夫。バレんかったらええって。……それとも、こーゆーの駄目なタイプなんか?」

「…………違う」

「なら――」

「いい加減助けろーっ!!」

「あれ?断末魔っぽい悲鳴上げてた割には元気やな」


 部屋の中を逃げ、駆けずり回りながらスサが叫んだ瞬間、彼を追いかけていたサタンが正面から何かにぶつかり……


「ふぎゃっ! ってー…………あ」


 その体勢のまま自分を受け止めた相手を見上げたサタンは、急に顔をひきつらせ相手を呼んだ。


「あ、兄貴」

「一体何をしてるんだ、サタン?」


 サタンの兄にして生徒会副会長・紅宮クロスは呆れたような目をしてはぁ、と大きくため息をつくと、自分にもたれかかっていたサタンを支えて立たせ……拳骨を落とした。


「い゛っ!」

「「あ」」

「うっわ、痛そー」


 部屋の入り口からいつの間にか顔を覗かせていた月読ミコト、子津ユウスケが驚いて口を開き、少し遅れて兎上マサトがからかうように言う。生徒会室内のアズミたち三人は、未だ何が起きたか理解しきれず呆然としている。

 やがて、いきなり頭の頂点を殴られ悶絶していたサタンがバッと顔を上げた。


「〜〜〜兄貴っ、何するんだ! ぶつかったのは悪かったけど、何も殴ることはないだろ!」

「ぶつかったぐらいで誰が殴るか。自分の胸に手を当てて考えろ」


 一瞬『は?』というような表情をしたサタンだが、わずかに悩んだあと右手を胸に当てた。


(((うわ、ホントにやった)))


 ……その場にいた全員が思った通り、素直と言うべきか、馬鹿正直と言うべきか。なぜ悩んだのかさえ疑問である。

 結局わからなかったらしく、首を傾げるサタンにクロスはわざとらしく咳払いをしてから言った。


「……もういい。ここにいる全員、適当でいいから席につけ。明日の入寮生歓迎会の説明するぞ」

「…へーい」

「わかりましたー」

「……はい」

「りょーかい」

「わかった。あ、みんなそこの箱から一人一部資料取ってね」

「はいよっと。……つーか回してった方が速くね?」

「はい。あ、確かにそうだね。ミコトさん、ちょっと――……」


 上からサタン、アズミ、カナタ、コノミ、ミコト、マサト、ユウスケの順に返事を返すと、部屋の中が少し騒がしくなった。適当に資料であるプリント束を回し、各々が事務机やソファ、パイプ椅子などに自由に座り終える。


「じゃあオレも――」

「「「出ていけ」」」


 サタン、アズミ、クロスの三人によって、スサが廊下に放り出され、ついでに鍵が掛けられる。……他に生徒会員が来たらどうするのだろうか?


「おい、オレだけ仲間外れかよ!」

「仲間外れだよ! お前は生徒会員じゃないだろ?!」


 ドンドンと戸を叩くスサにサタンがツッコみ、そのあとドアから離れアズミと共にソファに座る。それを確認してから、いつもはサボリ魔が座っている会長席に腰を下ろしたクロスが口を開く。


「詳細はその資料に書いてあるから、概要だけ説明するぞ。まず日程は四月十九日土曜日、つまり明日の午後七時に始まり、個人の判断で撤収。細かな掃除や片付けは翌日の日曜日に行う。会場は体育館。参加者は生徒会役員全員と今年度の新入寮生……とは言え参加は希望者のみだ。一応主催は生徒会になってるから、参加しておくに越した事はないがな。ちなみに費用は全額理事長持ちだ」

「「はい?」」


 突如サタンとアズミが素っ頓狂な声を上げた。その声に驚いた何人かが二人に振り向いたので、慌ててアズミが口を開いた。


「え、でも新入寮生ってかなりいるんですよ?!それに生徒会役員も加えてパーティーするのに、全額理事長持ちって大丈夫なんですか?!」

「大丈夫だ」

「まず大丈夫ね」

「平気だろこれくらい」

「理事長なら平気だよ」

「ま、大丈夫やろなぁ」

「「「「「金持ちだから(な・ね)」」」」」

「は、はぁ……」


 その迫力にためらいがちながらも頷くアズミ。先輩全員の理事長のその辺の認識については、どうやら意見は一致しているらしい。さらにマサトが続けた。


「こんな馬鹿でかい高校とその付属中を作れるような奴が金になんかに困るかよ。それに、理事長(ヤツ)は天下の万神コーポレーションの社長だぞ?これくらい問題ナシ」


 万神コーポレーション。それは日本有数の会社の一つで、ジャンルを選ばす手に掛け、その全ての分野において成功を納めている、いわば総合会社である。食品、衣服、建築、娯楽、医療、その他。万神コーポレーションが手をだした分野は次々と発展し、日本の進歩に大きく貢献したとさえ言われるほどである。

 そんな大会社の社長を務めるのが、万神高校の理事長ということなのだが……


「……俺、未だにあの理事長が社長だと思いたくないんだけど」

「まあそうだけど……でも、たぶんおそらくきっと社長だし……。なら、これくらい大丈夫ですよね?」


 サタンのぼやきに対しアズミが非常に微妙に応えた。……ここまで生徒に言われる理事長、もとい社長とは一体どんな人物なのか気になるところだ。

 アズミが指した資料の一枚には歓迎会の予算が印刷されており、彼女が示して初めてそこを見た全員が各々異なった表情をしていた。


「うわ、去年よりも高くなってる」


 と、驚きながらミコトが。


「うちらのときからすると二倍や」


 と、呆れたようにコノミが。


「つーか絶対こんなにいらねえだろ!」


 と、苛ついてマサトが。


「この資料作ったのって副会長ですか?」


 と、冷静にユウスケが。


「ああ。……でも確か天照が確認とか言って印刷前に見てたような……」


 と、眉をひそめてクロスが。


「あ、そういえば会長さんってなんで休みなのかカナタ知ってる?」


 と、首を傾げてアズミが。


「…………会長、予算アップしてもらったから色々買いに行くって」


 淡々とカナタが言い、


「「「「「「「……は?」」」」」」」


 一瞬遅れて全員が茫然とした声を上げた。


「またアイツは……!」

「……何買うつもりだ?食べ物や飲み物は全部明日用意するんだろ?」

「会長の事だから、夜は肝試し!とか言いそうだよね」

「いま春やで?!あー、でも完全に否定できへん!」

「夜桜見たいとか言って桜をわざわざ持ってきたりしませんよね?!」

「…………ちなみに、携帯電源切られた……」

「「「ええぇっ?!」」」


 ミコトが唸り、マサトが尋ね、ユウスケが予想し、コノミが叫び、アズミがうろたえ、カナタが呟く。六者六様、呆れと怒りから半ばパニックになってしまっていた(カナタはよくわからないが)。だが、


「……サタン、それに夜凪と空嶺は校内を、兎上と子津はヤツの自宅周辺の住宅街を探せ。おれと月読は他の生徒会員に呼びかけて街中を探索する。目撃情報などはすぐ他のメンバーに回して、一刻も早くヤツを発見し連れ帰れ。……異論はないな?」


 クロスは素早く席を立つと、うろたえる全員に指示を出した。一瞬にして部屋の中は静まり返り、意味を理解した直後全員が同意の声を上げ――


「いやだ」


 ――なかった。


「は?」


 アズミがぽかんとした顔で自分の隣に座っている少年を見た。他のメンバーも驚いて少年に目を向けている。……無表情なカナタとクロスを除いて。


 そんな彼女らの反応に、少年――サタンはあからさまな溜め息をつくと顔をしかめて言った。


「だから、やだって言ってんの。なんであんな会長探しに放課後潰さないといけないんだよ? めんどくさい」

「ちょ、ちょっとサタンいきなりどうしたの? さっきまで嬉々としてスサ蹴ってたのに!」

「嬉々として蹴ってたのはお前だ!」


 新事実発覚。人を蹴って嬉々としているとは、アズミはどこまでスサを嫌っているのだろう?


「ともかく、会長探しなんてするぐらいなら俺は帰る」


 そう言ってソファから立ち上がったサタンは、部屋のドアに足を向けた。

子供(ガキ)か、お前は」

「あ゛?」


 後ろからかかった声に、凄みながらサタンが振り向く。そこにあったのは案の定クロスの姿。サタンはわずかに眉を寄せ、いつも悪い目つきをさらに悪くして口を開く。


「……誰がガキだって?」

「お前だと言っただろう、サタン。いや、今時子供でさえやらなければならないことぐらい判るぞ。やりたくないからと言って拒否するのは子供以下の反応だな」

「……!」

「そんなことだから運動以外のこと、特に勉強ができないんだ。もっと協調性を身につけたらどうだ?」

「……勉強は、関係ないだろ」

「なくはない。勉強も集団生活の中では必要になってくる。嫌でも妥協しなければならない物だ。それに、勉強を除いても特にお前は苦手なものが多いことは自覚してるんだろう?……サタン、聞いているのか?」


「……いい加減にしろよ兄貴っ!」


 ズバンッ!!とサタンが机をぶち抜きそうな勢いで叩き、叫んだ。


「……何をだ?」

「俺はなぁ、昔っから兄貴の、その気取った態度が大っ嫌いだったんだよ。そりゃ兄貴はなんでもできるし、頭もいい。けど、だからって俺にいちいち指図すんな!毎回毎回偉っそうに、鬱陶しいんだよ!!」


 その一連の動きを冷ややかに見ていたクロスが、ゆっくりと口を開く。


「……それだけか」

「なに?」

「言いたいことはそれだけか、と言ったんだ」


 瞬間、サタンの動きが止まった。


「なあ(くろ)の字、さすがに言い過ぎ――」

「部外者は黙ってろ」


 とっさにコノミが間に入るが、クロスの一言でバッサリと切られてしまい、一瞬むっとした表情を浮かべ仕方なく引き下がる。やがてサタンの肩が小さく震えだし、その震えは徐々に大きくなっていった。


「…………の、……ろう」

「聞こえないな」

「……にきの、兄貴のバカ野郎っ!馬に蹴られて死んじまえっ!!」


(((何故に――!?)))


 サタンの非常に微妙な言葉に、クロスとカナタを除くその場にいた全員が心の中で叫んだ。


「え、あ、ちょっとサタン!?」


 扉の開く音がしてアズミが慌てて声を掛けたときにはサタンの姿は生徒会室から消えており、急いで廊下に出ても既に後ろ姿さえ見えない。おまけに、さっきまで五月蝿くドアを叩いていたスサもいつの間にか居なくなっている。

 しばらくして、クロスがポツリと言った。


「……俺、人の恋路の邪魔したか?」


(((そういう問題?!)))


 クロスの言葉に再び皆の心境が一致。真剣に見えるあたり、どうやら本気で言っているらしい。


「……あーもう、何なのこの兄弟の妙な天然さはぁ……!」

「あいつら、あれを素で言ってるからな…………つーか追いかけろよ兄」


 ミコトのぼやきを肯定したあと、ぼそりとマサトが呟いた台詞。それは全くもって正論だった。




      ◇




 一方、部屋を出て行ったサタンはというと……


「おい」

「…………」

「おいサタン!」

「……んだよ、五月の蠅」

「オレ害虫?!」


 何故かついてきたスサと共に校舎を出たところだった。運動場や体育館から響く運動部の声が、正門に向かって歩く二人にまで届いてくる。


「……まあいいや、どうしたんだよいきなり飛び出して来て。それにとっさについて来ちまったけど、ドコ行くんだよ?」

「寮。……それ以外のとこいたら絶対生徒会の誰かと会うからな」

「ふーん。でもさ、なんでお前いきなりキレたんだ? 話だいたい聞こえたけど、紅宮先輩特におかしいこと言ってないぞ?」


 確かにクロスが生徒会室に入ってきた時のサタンはいつもと変わりなく、さらに歓迎会について話の時も呆れていただけで怒る素振りはなかった。

 とすれば……


「なんか会長探せって言われてすぐ機嫌悪くなった感じがしたけど、実際どうなんだよ?」

「あ、生徒会室にカバン忘れた」

「ガン無視?!」


 ガーン、と非常にわざとらしくショックを受けているスサを一瞥すると、サタンは面倒そう……というより不機嫌そうに口を開いた。


「別に会長探すのが本気で嫌だった訳じゃないんだよ。そりゃ面倒だけど、ただ……」

「……ただ?」

「……一回やらないって言い出したら後に引けなくなったんだよ!加えて兄貴に勉強のこと言われてキレちまったし」

「うっわー馬鹿だ!馬鹿がいるぞ!」

「いっぺん死ぬか?」

「死にたくないですごめんなさい」


 笑顔で拳を構えるサタンに、スサは素直に腰を折り頭を下げる。謝るぐらいなら最初から言うなとサタンは思ったが、どうせ言っても治らないので言うのをやめた。注意してやめるなら、スサはこんな性格になっていないだろう。


「……はあ」

「何だよその可哀相なものを見る生暖かい目は!なんかオレに対して失礼なこと考えただろ?!」

「おお、よくわかったな」

「馬鹿にすんな」

「実は……お前の来世のことを心配していた」

「あれ、将来は? オレの将来は心配する価値もないのか? もう手遅れってことか?!」

「お前の来世は……ゾウリムシだ」

「微生物確定っ?!」

「だから、お前が発生した水辺が干上がらないか心配で……」

「それはオレを心配してるのか? それとも水辺の心配か?!」

「水辺の心配だ」

「それって暗にゾウリムシになったオレのせいで水辺が干上がるって言ってるんだよな?!」

「なんだ、わかったのか」

「わかるのがそんなに以外か?! お前の中でオレの評価どんだけ低いんだよ!」

「ワースト一位」

「最下層っ?!」


 そんなたわいもない(?)会話をしているうちに二人は男子寮の前に到着していた。寮生の大半が部活もしくは生徒会に入っているためか、建ち並んだ寮は人の気配があまりなくとても静かだ。


「じゃーなスサ。他人に迷惑かけんなよ」

「よし、女子寮に忍び込もう!」

「やっぱ死んどけ」


 ズドン、と一発蹴りを喰らわせると、悶絶して転がるスサを放置しサタンは寮の門をくぐった。

 そのまま自室に直行し、鍵を開けて中に入る。


「……言い出したら引けなくなったのも本当だけど…………どうせ俺は、兄貴に何も勝てねぇよ」


 小さく呟かれた自嘲の言葉は、言った本人の耳にさえ届くことなく扉の閉まる音によって掻き消えた。

コノミの関西弁があっているのか最近非常に不安です……



えー、今回の話でわかった方もいらっしゃると思いますが、この『とある〜』の主人公は紅宮兄弟で、この二人やそれ以外にも今まで出ていなかった微妙な関係が現れてくる予定です。



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