願望②
エリカのほうを見て本気でそういう準はアイスを持つ手が震えていた。そして少し顔がほてっていた気がした。
「今はまだ聞こえるんだろ?楽しめるときに楽しもうよ。俺だって先の事なんてわからない。次のテストで赤点取って留年とかしちゃうくらいやばいけど、でも毎日何時もそのことばっか考えてたら楽しいことも楽しくなくなっちゃうだろ?それって人生損してね?俺は今を楽しむことにしてる。エリカには難しいかもしれないけどおまえなら楽しめるんだと思うんだ。」
「なにソレっ!準のばかっ」
エリカは勢いよく立ち上がるとその場を駈け出して行った。
準が励まそうと言ってくれたのはわかってる。けど、けど、私が人生を楽しめる?そんなはずないじゃん。準は留年するっていったってまだ決まったわけじゃないじゃん。これから次第で回避できるでしょ。でも私はもう耳が聞こえなくなることが決まってるんだよ。毎朝、目覚ましで起きてああ、今日も音が聞こえるよかったって安堵してる、そんなあたしだよ?だれもわかるはずないじゃんわたしの気持ちなんて。うわべだけつらつらと。結局だれもあたしの辛さわかってくれる人なんていないんだ。そう思うとやるせなくて、悔しくて、こんな自分が情けなくて。泣けてくる。もういやだよぉ。
おいて行かれた準は今にも泣きそうで頬を赤くしたエリカを下から見上げた時ああ、またやってしまった。と、思った。何だか難しいな。どうしてこう空回りしてしまうのか。確かにこれはエリカにとってデリケートな問題ですぐには解決しない、一生付きまとう問題だ。エリカは自分が耳が悪くなるって忘れているとき、今日出会ったときなんてそうだけどあんな大口たたけるのに(あれはむかつくけど)自覚した瞬間に卑屈になってこの世の終わりみたいになってしまう。普段は子供みたいに無邪気に笑えるのに。
エリカはもう頭の中がぐちゃぐちゃになって一人でいたい気分になったので人の波をかき分けるように走り抜けて電車に乗った。行先なんて決まってない。もう心の中は真っ黒で白さえも黒く見えてしまう程に。窓から海が見える。今日は晴れているから太陽に反射してきらきらと光っている。それを見た子供たちがわーきれーと歓声を目を輝かせているけれどエリカの心には海のきれいさが届かなかった。まぶしいとも思わなかった。電車の薄いガラス一枚ごしに見ているのにそれがとても厚く何重にもなっている気がした。けれど久しぶりの海もいいかなと思いその駅で降りた。
五月の海ということもあり駅を降りると冷たいけれどさわやかな潮風が心地よく吹いていたけどエリカにはうっとおしく感じた。行くあてもなくとりあえず人気のない海沿いを海を眺めながら歩いてみる。ざぶんざぶんと海の音が聞こえる。そして灯台にやってきた。ぼーっと何も考えないで海を眺めて突っ立ていると声をかけられた。
「この海きれいだよね。僕もよくここに来るんだ」