聞こえないよ
「ああ、えりちゃん遅かったじゃん。なんかあった?すごい疲れた顔してるけど」
何言ってるか聞こえない。でも表情から察するに心配してくれてるのかな。
「あ、うん大丈夫だよ」
「ほんとに?そんな風には見えないけど……」
まだ心配してこちらを見てくれている。でも聞こえない以上「告白されました」なんて言えないし。
「まだ仕事残ってるよね。さあやらなくちゃ。もうこんな時間だ」
腕をまくってパソコンにのめりこむ。理沙はしばらくこちらを心配そうにみいていたけど仕事を再開した。私が席に戻ってきたときにはもう児玉さんは居なかった。
仕事が終わったのは日も暮れたころ一番星が輝いていた。
「えりちゃん、おつかれーーじゃ一緒に帰ろう」
パソコンを閉じて椅子を閉まっている。とりあえず愛想笑いしておこうか。一緒に帰るとなるとうまく会話できないからそれだけは避けないと。
「じゃあ、おつかれー」
ドアに手をかけて一人で会議室から出ようとすると理沙が困惑した表情で立っていた。しまった、自分の声もあんまり聞こえないから変なこと言ったのかな?ていうか今日は耳の調子が悪いな。早く家帰って休もう。
「なんか用事あるの」
なんか言ってる。このまま逃げるっていう手もあるけどそれじゃあ昔と変わらないじゃん。腹くくれエリカ!本当の事を言え!言え!言うんだ!
「えりちゃん?」
「聞こえないの」
「へ?」
「耳が聞こえないの」
ドン引きされただろうな。私を軽蔑するよね。「障害者」だって。
帰ってきた答えは意外なものだった。目の前に文字が書かれた紙が差し出された。
『そんなことだったの。早く言ってよ。で一緒に帰らない?』
「気持ち悪いとか思わないの」
『なんで?耳が聞こえないことがどうしてそうなるわけ?』
「耳が聞こえないことを口実にいじめられたことがあって……」
『そんなやつらほっとけばいいじゃん。そんなんいちいち真に受け取ってたら身がもたないし。程度の低いやつなんて相手にしなくていいと思うけどね。この手の事って理解されずらいでしょだから自分のことを理解してくれる人だけを気に留めておけばいいんだよ。全員にわかってもらおうなんて無理だよ』
心に溜まっていたもやもやの空気が一気に浄化された気がした。
そうか私は誰でもいいから私の苦しさをわかってほしかった。でも誰もわかってくれないと自分で決めつけて諦めていたのかもしれない。いじめをきっかけに。いじめたやつらがこの世界のすべてだと思って、過去に縛られ続けていた。ううん。縛っていたのは自分自身だったんだ。
そのあとはぼろぼろに泣いて泣いて理沙に家の近くまで送ってもらった。玄関の前に誰かいる。涙でかすんでよく見えない。
「おまえ、大丈夫か?」
肩に両手を置かれる。この感じ準ちゃんだ。でもなんて言ってるかきこえないよ……
心がぐっちゃぐっちゃになって胸に飛び込む。準の名前を嗚咽とともに呼んだ。落ち着くまでしばらく抱きしめてくれた。




