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書き散らしの紙片

必殺! 炎の特バイヤー

作者: 秋沢文穂

 この男をどうやって殺そうか。

 最近のわたしは、そんなことばかりを考えている。そもそも男を特バイヤーとして認識をしたときから、気にくわなかった。

 忘れもしないパティスリーショップ開店日。目玉である限定五十個のクリームリッチプリンを一人で三個も買い込み、後ろに並んでいたわたしは売り切れで購入することができなかった。仕方なくシュークリームを買ったのだけれども、悲しみを抱えながら帰り道に遭遇をしてしまったのだ。

 川沿いを歩いていると紺色の自転車が止まっている。視線をその先に向けると、土手でどっかりと腰を下ろしプリンをムシャムシャと食べている男の姿を発見した。

 むさ苦しい男が、一心不乱にプリンを食べている姿は滑稽であると同時に腹立たしくもある。

 頭にきたわたしは背後に回り込み、その後頭部をシュークリームで撲殺をしようか、と思いついた瞬間、目が合ってしまった。

「おひとつ、いかがですか」と、いけしゃあしゃあとプリンを勧めてくるではないか。

 夢まで見たクリームリッチプリンの誘いに、吸い寄せられるようにして傍らに腰を下ろしてしまった。完全にわたしの負け。完敗だ。

 あっさりと誘惑されたわたしは、男からプリンとスプーンを受け取りながら、お礼を述べる。とても、感じよく……。

 そう、このとき男の正体などまったく知らなかった。

 流れ落ちそうなよだれを堪えながら開封をすると、全世界の女性たちが憧れる艶プルのお肌が現れる。そして、わたしはこのきれいなお肌を食べようとしているのだ。

 感慨の気持ちが溢れ出さんばかりに、いただきます、と呟くように社交辞令を述べながら匙を入れた。

「ああ、期待外れだったよな」

 不意に男が口を開き、「へ?」と間抜けな声を発し、そのままフリーズをしてしまう。

「本当にクリーム感が強いんだよな。やっぱさ、プリンは卵が命だよ。残念ながら卵の新鮮さを感じないんだよ。これだったら、そこらのコンビニで売っているやつのほうが旨いよ」

 男の愚痴に、思わずプリンを落としそうになる。これでは、購入しようとしている推理小説の犯人を店員にバラされたり、映画館で隣席にいる二回目の鑑賞者にネタバレをされたようなものだ。

 唖然としているわたしを差し置き、男は頭を寄せてきて袋に手を伸ばしてきた。


「ほう、シュークリームですか。いいね」

 いいね、のあとに、瞳をきらきら輝かせ、おくれよ光線を投げかけてくる。

 プリンをいただいたせいで拒否をすることも出来ず、もともと人のよい(ただ単に気弱なだけかもしれないが)わたしは、男にシュークリームを泣く泣く与えた。すると、嬉しそうにパッケージを開けて、すぐにかぶりついた。

「うん! こっちのほうが、旨いや」

 満足そうに口をもぐもぐさせ、飲み込むさいに喉仏を上下させる。男の無粋な発言といい、ずうずうしい態度に苛立ちを覚える。ゴクンと飲み込むその欠片に毒を盛り薬殺、もしくは太い首に手をかけ扼殺やくさつをしたくなる。

「食べないんですか」

 不意を突かれ、「いただきます。いただきます」、とオウムのように繰り返しながら、プリンの欠片を口に入れた。

 その瞬間、甘みが口腔内に広がり、バニラの香りが鼻腔を突き抜けていく。

 なんだ! おいしいじゃないか! 何がコンビニのほうが、旨いだ。

 おいおい。高級感はこっちのほうが、数十倍上だぞ――!

 そう伝えようとしたところ、またしても男の口が開いた。

「もって十ヶ月って、とこかな?」

 完全に先手を取られてしまったが、男の意見はもっともだ。


 あのパティスリーが出来る前は、パン屋だった。確か二年ぐらい営業をしていたはずだが、駐車場がなくて移転をした。その前はフラワーショップで半年、フラワーショップの前は美容院で一年半、美容院の前はクリーニング店だったはずだ。このクリーニング店が、何年もったのかは知らない。なぜなら、この町にまだ住んでいなかったから。


「さてと、ごちそうさま。あ、悪いけど差額分をくれないかな?」

 男は立ち上がりながら、お尻についたほこりをパンパンはたくと、食べかけのプリンに小さな浮遊物が、ひらひらと飛び込んでくる。

 わたしはむっとする。こういった態度だけではなく、差額分を請求してくるとは気に入らない。今握っているプラスチック製スプーンの柄で、刺殺出来ないか思案をする。でも、それはほんの一時で、素直に差額分を支払ってあげた。

 男は小銭の確認をすると、後ろポケットからウォレットを取り出してしまうと、「じゃあ」と自転車にまたがり颯爽と去って行ってしまった。

 わたしは別れ際、男に対して黙殺を通していたが、あまり効果を得られなかったようだ。


 それからというもの、この男とよく出くわすようになった。わたしと男はこぞって、東に電器店のオープン記念に砂糖を配るといえば列に並び、西に高騰しているキャベツを先着百名に限り五十円で売ると聞けばスーパーへ足を運んだ。また南にあるドラッグストアにて、有名メーカーの洗濯用洗剤を百二十八円で提供するならば、買い求めに走った。

 しかし、いつもわたしの惨敗で、男の戦利品とともに勝ち誇った顔を指をくわえて眺めるだけだった。

 こうして、わたしと男はいつの間にか顔見知りとなり、向こうは勝手にわたしのことを特売の友と見なしていた。

 それにしても――。この男がいる限り、わたしはいつになっても特売品を買えない。

 どういう訳か、男はお一人様一点限りの品物を、二つも三つも買っているのだ。まだ、見たことはないけれど、もしかしたら三つ子なのだろうか。それとも、クローン人間がいるのかもしれない。となると、わたしは男の誰と会って話しをしているのだろうか。

 万が一、三つ子ならばわたしは三人殺さなくてはならないし、クローンなら鏖殺おうさつをしなければならない。さらに一人でも取り残すとなると厄介だ。一気に片付けるならば、クレーン車を使い、コンクリートブロックを落とし、圧殺するしかないだろう。

 そんな非現実的なことを考えながら、今日も特売品の高級ティッシュペーパーを買いに走っている。


 交差点に差し掛かると、けたたましいサイレン音と、どぎつい赤色のランプ光線をまき散らしながらストップした。この交差点はよく左折してきた自動車と、横断歩道が長く歩行者用青信号が短時間過ぎて、事故を起こしやすい場所だ。わたしも何度か警察官と、ドライバーが立ち話をしている場面に遭遇したことがある。

 今日の被害者はどんな人だろうか、と信号待ちをしながら野次馬になって様子をうかがう。しかし人の姿は見えず、そばに倒れている自転車を見ておや、と思う。自転車の色は紺だった。

 いつもわたしと特売品バトルを繰り広げているあの男が、戦利品を積んで涼しげな顔でこいでいる自転車に間違いなかった。本日の勝利とともに、これからの勝利を確信したわたしは、ほくそ笑む。これで、しばらくはわたしの一人勝ちだろうと。

 そのとき、脇をすり抜けていく二人組の男性の神妙な声が聞こえてきた。

「あれじゃ、助からないだろうな」

「ああ、随分と派手にはねられたからな」

 どうやら男は軽くて重傷、最悪死にいたったらしい。ずっと、あれこれわたしの脳内で男を多殺たさつしていたというのに、何とも皮肉な結果なのだろう。まさかわたし以外の第三者によって、轢殺れきさつされるとは!

 倒れている自転車に向かい、心のなかで「南無」、と合掌し、本日の特売品を目指して現場を立ち去った。


 その日を境にわたしは、百戦錬磨の特売品ゲッターとなった。

 先着五十名限りの十二本入り野菜ジュースも、一本六十円の大根も、開店記念の小鉢も、普段百六十八円のメロンパンを百円で購入したりと、難なく手に入れられるようになった。

 特売勝者になってから三ヶ月。本日は開店したばかりのスーパーへいそいそと向かった。開店記念品として先着百名に配られるエコバッグはもちろんだが、一番の狙いは一パック六百八十円の本マグロ刺身の盛り合わせ!

 今晩は、これを肴に一杯やりたいところである。

 晩酌を楽しみに店が十時になり、開く。素早く真新しいかごを取り、「いらっしゃいませ」と愛想笑いの店員に迎え入れられ、エコバッグを受け取る。

 朝起きてすぐにチェックした広告をもとに、水産物売り場へと一目散に向かう。周囲の人々は入ってすぐある野菜売り場や焼きたてパンコーナーに足を止めて、水産物や畜産物に興味を示していないふうである。

 よし、よし。今日もいけるぞ。

 わたしが予想したとおり、水産物売り場はまばらだった。目的である本マグロのポップを見つけ、パック詰めされた商品をよく吟味をする。

 きれいに切り分けられたマグロの身は赤みと艶、脂が乗っていて、どれもおいしそうである。

 これだ! と思い取ろうとした瞬間、横から腕がすっと伸び、目にも止まらぬ速さで、目星をつけたパックを持ってかれてしまった。

 わたしのパックを持っていったのは、どこのどいつだと振り向くと茫然としてしまう。

「あ、どーも。お久しぶりです」

 あの男が申し訳なさそうに、突っ立っていた。


(了)

注意

作中「多殺」という単語が出てきますが、間違いではございません。

わたくしが勝手に作った造語ですので、悪しからず。

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