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四十三日目

 三日前に洗濯を済ませてからパソコンのメールを確認していると、会社から一通届いていた。「出勤できる状態にある人は一週間後の7月4日から出勤するように」だそうだ。今日は30日だから四日後だ。こんなに早く来るとは思わなかったのでしばらく考えていたけれど、出勤するにはここからだとちょっと遠いし、一ヶ月近く実家で家族と過ごせて大分落ち着けたから、アパートに戻ることにした。

 今日の昼過ぎに家を出ることにしている。レンタカーの予約も11時にした。それまでに準備の確認をして、あとはゆっくりしていよう。

 暫くはおさらばとなる、お母さんの作った朝食を味わって食べる。野菜だけでも、こんなにもコクの深いスープが作れるんだ。今度教えてもらおうかな。


 あの日から一ヶ月と一週間程。何十年も騒がれている低い食料自給率と、当然ながら途絶えてしまった輸入の結果、食料を得るのも一苦労となり、災害用の乾パンなんかを引っ張り出して食べた時もあった。しかし流通が回復してきて買い貯めも減ったため、毎日二食にすれば足りる程度には買うことができる。米や芋なら不自由なく買える。

 そんな中でも続々と仕事を再開する会社が増えているのは日本くらいだろう。

 政府が「出来る範囲で普段通りの行動をしていただきたい」等という無理難題な勧告をしたこともあるだろうが、なにより再開しないだろうと思われていた電車が動き出したのが大きいだろう。私が使う路線も一週間前から運転を再開したらしい。本数はピーク時で一時間3本と非常に少ないけれど、それでも運転しているなんて驚愕だ。時間が合ったら帰りに使ってみようかと思う。


 お母さんと別れをすると、荷物を持って家を出た。食料などを少し貰ったからか、荷物は来たときよりも大分重く感じた。

 雑草を抜いていた農家の人が手を振ってきた。さよならの気持ちを込めて振り返す。


 レンタカー屋に着き、店員と二、三回文でやり取りをし、お金を払った。

 来たときと同じ白い軽自動車に乗って、車道に入る。しばらく走らせてみて分かったことだけれど、視界に自動車や人が入らない事が無い。大分普通の生活に戻っているんだなと実感した。けれども約30kmのスピードで運転し続けるという事態は普通ではないと改めて思わせられる。特に歩道にさしかかると緊張感が一気に増す。右折する時も細心の注意を払って、確実に安全だと確かめてからでないと曲がれない。


 一時間走り隣駅のレンタカー屋まで着いたときには、くたくたになっていた。たまたま借りた時と同じ店員でまた寂しそうだったので、

『車借りる人増えました?』

『電車が動き出すまでは忙しかったんですよ。でもガソリンの高騰のせいかめっきり減っちゃいましたね。ガソリン車がこの店の売りだったので』

などとしばし話していると、教えてもらった電車の時間になりそうだったので、店を後にした。


 駅に着いて周りを見ると、思ったよりも人がいた。切符を買って改札に通し、ホームまで歩く。向かいのホームは人が殆どいない。電車が発車したばかりなはずだから当たり前だけど。

 時計を見ていると、足元が急に光り出した。驚いて一歩後ずさりしてしまった。すると、電車が到着した。なるほど、音声アナウンスの代わりなのね。ゆっくりとドアが開き、降りてくる人はいなかったので乗車した。座席にはまだ空きがあったので、一駅だけだけど遠慮無く座らせてもらった。ホームの床がもう一度点滅し、たっぷり時間をかけてドアは閉まった。

 景色は静かに横に流れていく。一ヶ月振りに見る街は何も変わっていないように見えた。


 「まもなく~」と電光掲示板に最寄り駅の名が表示され、ほどなくして停車した。開いたドアからは光る床が見えた。電車を降りたのは私だけだったようで、何となく歩調が早まる。

 駅を出て家に向かう。変わっていないと思ったけれど、あったはずの家がひとつ無くなっていた。少し離れた隣の家の生け垣が黒ずんでいるから火事があったのだろう。もし消防が上手く機能していれば助かったのかもしれない。その家の住民が助かったことを祈って通りすぎた。

 幾度と無く使った階段を上り、2-8号室に着く。ドアを開けると「帰ってきたな」と思える落ち着く匂いが私を刺激する。

 行く前と何も変わっていないことを確認するとソファーに腰を下ろす。そして荷物を開け、ひとまず中身を全て出す。貰った食料は痛むといけないからすぐ冷蔵庫にしまう。そして洗濯機の開始してからベットに向かった。


 仮眠くらいいいよね、だって珍しく運転して疲れてるし。起きてても片付け以外にやることないもん。お腹空いても困るし。

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