十一日目
聞こえなくなってから一週間と三日が経った。私は当たり前のように階段を降り、家族のいる居間に行く。お父さんはスーツ姿で新聞を読んでいた。公務員だからか、三日前の金曜日から仕事が始まっている。と言っても、帰って来てから聞いた話では職員や取引先の安否確認をすることで精一杯だそうだ。
私の会社としゅんの会社からは、まだ連絡すら来ていない。もし出勤命令が出されていても、安全を考慮してか未だに電車は復旧していないので人はそれほど集まれそうに無いだろう。電車が止まっている代わりに、自動車は増えた。
直接会えない人と会話ができる数少ないメディアであるネットは強化されて、多くの人にとって欠かせない物と化していた。
というのは昨日の新聞に書いてあったことだ。私はSNSだとかはやってないので、情報が得られるならば後は構わない。
今日の朝食はご飯と野菜炒め。お母さんに「しのかも一緒に買い物に行かない?」と誘われたので、久々にスーパーに行く予定だ。そろそろ冷蔵庫の中が寂しくなってきたんだろうな。
食べ終わって食器を流しに持っていっている時にしゅんが起きてきた。酷い寝癖で、少し長めの髪が鬣のように立ってしまっている。欠伸をしながら洗面所に消えていったしゅんは、30分ほど籠っていた。
車はお父さんが乗っていったので、歩きで行くことにした。お母さんと並んで歩くなんてもう何年振りだろう?覚えてないや。いつの間にかお母さんより背が高くなっていたことに改めて驚いた。
日曜日に車で来たときと変わらず、道に出ている人はいない。足を動かしていると、畑を耕していたおじさんが、ふとこちらを見て手を振ってきた。お母さんと私も小さく振り返した。田舎だからか挨拶なら子供の頃から当たり前にしていたけど、手を振るのはなんだか恥ずかしかった。声で挨拶できないから仕方ないけれどね。
ふと下を見れば二人の足は右、左、と揃っていて、私の目線に気づいたお母さんは微笑んでいた。そうこうしている内に、外装がなんとも言えない味を出しているいつものスーパーに着いていた。
この店に来るのは今年二回目かな?などと思いながら入ると、店内は年始に来たときから全く変わっていた。地元や市内で採れるような野菜や卵は幾らか売られていた。ところが、ちょっと奥に入って水産物コーナーに差し掛かると、途端にボックスは空になっている。日持ちしそうな乾物類しか置いていない。精肉コーナーに至っては『ただいま扱っておりません』と赤で書かれた張り紙しか見えない。パンのコーナーも同様だった。
私は携帯を取り出して、メール画面にすると、
『野菜しか買えないね…』と打ってお母さんに見せた。
お母さんも携帯に打ち込むと、
『先週はもう少し残っていたのよ。どうしましょう、ちょっと遠いけどもう一軒行ってみる?』と書いて私に見せた。
ちょっと遠いと書いてあるけれど、徒歩だと1時間はかかるだろう。それに、この店よりは大きいけれど立地条件は変わらないし、きっと品揃えも同じだろう。
『ひとまずここで買おうよ』
『野菜とレトルトだけでもあるなら良いものね』
かごにギリギリ収まるくらいの野菜と紙箱を入れてレジに持っていく。一ヶ所しか開いていなく、そこには先客がいた。店員がお辞儀をして客が去ると、レジには『いらっしゃいませ』と表示された。商品が赤いライトをくぐらされて、隣のかごに入れられる。いつも聞こえる高音は無いが、リズムよくかごが空になると、店員はレジの画面の数字を指差した。会計を済ませると、持ってきた買い物バックに詰め替える。バックを肩に掛けてスーパーを後にした。
結局行ってはみたものの営業しておらず、二人でとぼとぼと帰った。往復で三時間近くを無言で歩いたからか、心身共に大分疲れていた。
しゅんは居間で読書をして待っていた。私たちが居間にはいると、ボードに書き出した。私はまずは買ってきた物を冷蔵庫にしまう。
『おかえり。ちょっと遅かったね。危ないことは無かった?』
『二軒寄ってみたのよ』
『それなら良かった。事故多いみたいだし心配だったんだ』
『心配ならメールしてくれればよかったのに』
『忘れてた』
今になってから昼食を何も取っていなかったことに気づき、手軽なものをとカップラーメンを食べた。ヤカンから湯気が出るのを必死に見てるのは面白くもあった。食欲が満たされると、今度は睡魔が襲ってきたので抗わずベットに向かった。
目が覚めたら既に三人で夕食を食べ始めていたのは、ちょっといただけなかったな。