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四日目

 目が覚めるといつもより天井が低い。そうか私、二段ベットで寝てたのか。そういえば夢の中では耳、ちゃんと聞こえてたな。変なの。

 起き上がると、昨日運転したからか肩が凝っていた。たった一時間にも満たない程だったのに、慣れてないのと、こんな異常な中走ってきたせいだな。

 とりあえずベットから出ると、ちょうど同じようにドアに向かおうとしていたしゅんとぶつかった。お互い顔を見合わせて、ごめんと言い、笑った。声は出ていなくても、今の『ごめん』のタイミングは確実に揃っていた。


 そのまま二人で居間まで行くと、すでに朝食は出来上がっていた。ハムとチーズの乗ったトーストだ。席の前には置き書きのように、メモが置いてあった。

『おはようございます。お好みで温めて食べてね』

 レンジで温めてから食べるとチーズがよく伸びる。食べ終わると、新聞を読んでいたお父さんが磁気ボードを持ってきた。

『おはよう。ところで二人とも、ニュースは見てるか?』

 昨日は避けたあの話題だ。

『少しは。でも昨日の朝以降は見てない』

 ボードをお父さんに見せ、渡そうとすると、しゅんが私の肩を叩いてボードを催促してきたので、しゅんに渡す。

『オレは今朝もみたけど、分かんない』

 するとお父さんは立ち上がって紙と鉛筆を持ってきて、ボードにこう書いた。

『そうだよな。だから一旦分かっていることを整理してみないか?三人寄ればなんとかって言うし』

 そして鉛筆に持ち替えて、次のように紙に箇条書きをし出した。


・17日の22時に発生した

・全世界で起きている

・原因はよく分かっていないが、鼓膜が振動しなくなった事だろうとされている

・治療法等は見付かっていない

・大半の企業は休業している

・交通機関は再開の見込みがまだ無い




 鼓膜が振動しなくなったからというのは初めて知った。耳を触ってみるが、変化は無いように感じた。それもそうか。

『私が知ってるのはこんな感じだ。しゅんは?』

 しゅんはひとつだけ付け足した。


・声は出る


 私はそれを見て、大きく頷いた。自分で試してみたから分かる。そして、しゅんは再びボードを取り、こう書いた。


『声は出てるのに、こまくが振動しないと聞こえないってイマイチ分からないんだよね』


 すると、お父さんがもう一枚紙を取り出してきて、図と共に以下のように書いた。


――――――――――――


 例えばしゅんがしのかに手紙を出すとする。まずしゅんは手紙を書くだろ?そしてポストに入れる。その後手紙は郵便局に届けられ、配達されてしのかの手元に届く。それをしのかが読むことで、初めて内容が伝わるわけだ。

 でももし、ポストに入れた手紙が回収されなかったらどうだ?しのかは手紙の存在すら知らないだろう。


 つまりは手紙が声で、しゅんから発せられた声は、しのかの耳が拾うことには拾うけれど、鼓膜までで止まってしまい、その後に続かないって訳だ。


――――――――――――

 そしてお父さんは

手紙を書く=喋る

手紙を読む=聞いたものを理解する

と書き加えた。


 しゅんは納得したような顔をしていたが、私には疑問に思うことがあったので、ボードを取った。


『じゃあ郵便局に直接手紙を出しに行くように、鼓膜の先に音を届けることが出来たら音は聞こえるの?』

 少し考えてから、

『そうかもしれない。でも私はもうお手上げだ』

父はそう書いて、苦笑いをした。まだまだ情報が足りないのだ。地震や台風などの異常事態の時は、家族四人でテレビを見たり、いつも見ているような信用できるネットから情報を得て、落ち着くのを待っていたものだった。

 けれどもこの前例の無い現象に、メディアは混乱を招くだけだった。仮に新聞は比較的信憑性が高いとしても、今では誰でも簡単に情報を発信することが出来るようになったネットは、様々な憶測が雑多に飛び交っていて、どれも信用できそうにない。加えて、サーバーがダウンしている有名サイトが幾つもあって、得られる情報は限られている。

 最も、だから今こうして話し合っているのだけどね。それにしても分かっているのがこれだけとは。私は一枚目の紙を手にして、肩をがっくりと落とした。

『姉ちゃんは?』

『これ以上の事は知らないや。私達これしか把握できていないのね…』


 三人は黙りこんでしまった。そこへ洗濯物を干そうとしているのお母さんがやってきたので、私はボードを掴んで

『手伝うよ』

と書いて見せて、干すのを代わった。四文字分くらい口が動いていたから、お母さんは多分『ありがと』とか言っていたんだと思う。このくらい当たり前じゃない。

 昨日着ていたしゅんのTシャツ、似たようなの持ってた気がする。なんか嫌だな、弟と同じなんて。でもやっぱり姉弟似るんだな、なんてちょっと感心してしまった。

 ベランダに干しに行くと、近くの畑で作業している人が見えた。こんな事があっても、変わらずに農作業をしなきゃならないんだ。こういう人達のお陰で食べ物が食べられ、そして私の職場も成り立っているんだよね。需要があってこその仕事。仕事いつ頃から再開されるのだろう?

 それにしても緑が多いと空気が美味しい。一人暮らしをしだすまではなんとも思わなかったけど、良いね。新鮮な空気と共に懐かしさを運んでくる風は気持ちがいい。そして決して目まぐるしくは変わらない景色と新緑は、いかにも目に良さそう。

 そして部屋に入ってて三人を交互に見た。

 なにより家族がいるのが安心する。都会ではいつも何かしらの"音"に囲まれることで、淋しさを紛らわせていたのかもしれない。

 都会が嫌いなわけじゃない。でもたまには充電も必要なんだよ、うん。


 窓の前でぼーっと立ちながらこんなことを考えていたら、『どうしたの?』と心配された。大丈夫だよと軽く首を振ってから、部屋に戻る。もうちょっと現状を把握しとかなきゃ。


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