三日目
もしや私の心の内が読めるのでは無いかと疑うほど空模様は今日もシンクロしていて、雲は厚く空を覆っていた。
冷水で顔を洗い、着替えを済ませて眠気を醒ます。そして冷蔵庫の中の最後の食品、冷凍の焼売とチャーハンを電子レンジに入れると、スイッチひとつでそれらは回りだす。コップに水を汲んで箸を並べて出来るのを待つ。雨降らないといいけれど。携帯で天気を確認すると、降水確率60%…微妙だなぁ。
そろそろできる頃だろうと思い出して電子レンジを見ると止まっていた。…そうか、鳴らないのか。いや、もしかしたら鳴ってはいるのかな?何だか温まっていないようだけれど、皿からは湯気がしっかりと立ち上っていた。手を合わせてから食べ始める。さして美味しくもない冷凍食品をさっさと片付け、再び手を合わせてから食器を洗い、棚に戻す。
荷物の確認をし、窓やドアも全て閉めた。昨日は引きこもっていたので、二日振りにドアノブを回した。外に出ると、新聞を忘れていたので家の中に置いておき、改めて閉めて鍵をかける。今日の気温は、半袖の私には幾らか涼しすぎる。
誰ともすれ違うこと無くアパートを後にすると、電車は止まっているので店のある隣の駅まで40分程歩くことになる。道に出ても、二、三人歩いている位しか人は見られない。車は何台か目の前を通りすぎていく。更に駅前の商店街まで歩くと、軒並シャッターが降りていた。まるで道路が閉め出されているようだった。音の発生源そのものが無いせいか、シーンとしていることが当たり前だったのではとさえ思えてきた。スーパーだけは開いていて、ちらっと見えただけだが、何十人かお客はいたようだ。それでもドアの向こう側だけが動いているようだった。
もう10分程歩いた頃、脇をシュッと自転車が通りすぎていった。気配が全く感じられなかったので、思わず声を上げてしまうほどヒヤッとした。もちろん聞こえてはいないのだけれど。危なかった、それからはより歩く速度が遅くなってしまった。何歩か歩く度に後ろを振り返っていたので、もし私を見ている人がいたなら、大層変人に映っていただろう。
そうこうしている内になんとか隣の駅に辿り着いていた。100メートルほど先のレンタカー屋は確認するのを忘れていたが、今日から営業を開始していた。
店員は私が入ってくるとお辞儀をし、メモ用紙とペンを見せた。メモ用紙には既に
『いらっしゃいませ。このような事態ですので、筆談で対応させていただくことをご了承ください。』と丁寧な字で書かれていた。馴れない紙の上だけのやり取りでもなんとか私は無事に車を借りることができた。実家の近くにも同じ系列のレンタカー屋があるので、返却はその店にする。
荷物を乗せ、エンジンをかけると車体が小さく揺れ始めた。車が来ていないことを確認して、車道に入る。見える範囲では自動車は5台しか走っていない。都会の整備された道路を走っているとは思えない光景だ。いつもなら走行中はラジオや音楽を聴いているのだけれど、ラジオは当然のごとく放送休止で、音楽も言うまでもなく聴けない。信号の待ち時間は退屈でしか無かった。だって待つ相手も、いるかいないかなのだから。
走行していると緑が多くなってきて、見覚えのある景色が飛び込んできた。だが一旦脇に逸れ、車を返す。
店員は
『何か危ないことは無かったですか?』
と書いて話してきた。
『特には。ただ、信号待つのは長いですね』
私はそう答えた。
『近い内に交通は戻るのでしょうかね。今日はあなたで二人目のお客なんですよ』
この店員も一人で店番をしているのかと思うと辛い仕事だなと私は同情した。やはりこんな時に車を借りるなんて人はやはり少ないのか。
『戻るといいのですけれどね』
そして店を出て、荷物を持って実家を目指した。実家は東京の外れにあって、元から人とはあまりすれ違わない、そして緑が多い。というか山の近くにある。親がどちらも自然が好きでこの場所に越してきたらしい。
因みに私の名前は植物に由来している。それどころか家族全員の名前と苗字まで草冠やら木偏が付いているから、きっとそういう家系なのだろう。その辺詳しくは知らないけれど。
旧友に会うこともなく見慣れた実家の目の前まで来て、チャイムを押す。一応勝手に鍵を開けるのはどうかと思ったのだが、すぐ無駄だということに気づいて、今では一年に数回しか使わない鍵を取り出して開錠した。心の中で(ただいま)と呟きながら靴を揃えて家に上がる。とりあえず居間に行くと、家族三人、父‐柾柴、母‐花菜子、弟‐峻椰が私を待っていた。母は私を見るなり目に涙を溜めて抱き締めてきた。その時口が『しのか、おかえり』と動いていたように見えたのは間違いないだろう。頭の中であの優しい声を当てはめた。帰ってくると毎回こうしているのだけれど、何時にも増して強かった。私はお母さんの温もりに堪らなくなり、泣きながら同じように強く、抱き返していた。
家族全員が正月振りに集まった。机を挟んで向かい合った。お母さんの手には、私にとって小学生低学年以来というような懐かしいもの、磁気ボードがあった。三つの『おかえりなさい』の文字と共に。そういえば久し振りに見る家族の手書きの文字を消してしまうのはどこか辛かったので、少し空いていた下の方に
『ただいま』
と小さめに書いた。
机に置くとお父さんがボードを手にすると、四行の文字は消されて、"会話"が始まった。暫くは近況報告をしたが、自然と三日前までの話だ。お父さんとお母さんは特に変わったこともなかったが、弟のしゅんは三月にめでたく大学を卒業し、先月から無事社会人として働いているようだ。今は私と同じく自宅待機なのだけれど。
書いているとしゅんがお腹をさすり出したので、流れで昼御飯の話題に変わり、久し振りにお母さんのオムライスが食べたいと言ったら、ちょうど卵があるからと昼御飯はオムライスになった。熱々の卵からほんのり醤油が香る、我が家の味そのままだった。
食べ終わると、子供部屋(今はしゅんの部屋)に荷物を運んだ。いつ帰ってくる時もそうだが、私の勉強机の周りだけは、大学四年で一人暮らしを始めた四年前から止まった机上の置き時計が、時の流れを止めているようだ。音も止まっている今、尚更そう感じた。
そんな風にしみじみと椅子に座っていたら、お母さんがメモ帳を持って入ってきていた。
『いつまで家にいる?』
と書いて私に見せたが、反応を見てか慌てて
『変な意味じゃなくて、買い物とかあるから』と書き足した。
『まだ分からない』
『会社が始まったら戻るの?』
『それも1つの目安かなと思ってる』次のページに続く。
『そうよね。少なくともあと二、三日位は居る?』
『お邪魔させてください』
『良いですとも』
そして二段ベットの上段で転がっていたら、いつの間にか雲が紅くなっていた。慣れない運転なんてしてたから、疲れていたのかもしれない。
夕飯は白米に味噌汁、焼き魚と野菜炒め。お母さんの味噌汁の味、どうすれば出るんだろう?ちょっと薄いんじゃないかと思えてきた私は、きっとコンビニの濃い味付けに慣れてしまっていたのだろう。
こんな事を話題に食事できれば良かったのだけれど、食べながら書くという程でも無さそうで、また、食べ終わるとみな各々散ってしまった。
先ほど寝てしまったからあまり眠気は無いものの、特にやりたいこともないのでまたベットで寝転がっていると、しゅんも寝るようだった。
「懐かしいね」
そう言おうと口を開きかけて、携帯に手を伸ばす。ろくにメールしないしゅんの名前を開き、『二段ベットで揃って寝るの、懐かしいね』と送ってみる。
『そうだな。俺いつもここで寝てるからあんま感じないけど』
こうやってよく暗い中、寝るまで会話していた頃があった。何通かやり取りをし、返信が来なくなったのでそのまま目を瞑ってみたら、『おやすみ』というしゅんの声を合図に、夢の世界へと意外とすんなり入っていった。