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七十九日目

 今日は無事なぎの家の最寄りでふみちゃんと落ち合うことが出来た。この前と同じ二時に集合だった。メールで、

『話をしたいから、また家に来てほしい』

となぎから連絡が来たからなぎの家に行くわけなんだけれど、今日は会って話できるかな。メールしている限りでは、暗めな返信が減って、元の明るいなぎが戻ってきたように思うんだけれど。ふみちゃんとも二、三日前にゼリーの話で盛り上がってたみたいだし。この話から、今日のお土産はふみちゃんがオススメのゼリーを買ってきてくれた。

 バスに座ってから乗ったことをなぎに伝えると

『待ってます!』

と二人にすぐに返信が届いた。私は最初一斉送信だと気づかなくて、ふみちゃんに知らせようと左肩を軽く叩いたらちょうど手が交差して、私もふみちゃんに右肩を叩かれた。可笑しくって笑いかけたんだけれど、向かいの人の視線が痛かったので、込み上げてきていた物も吹っ飛んでしまった。

 バス停から歩くと、また「坂田」の表札が見えてきた。今度はなぎに着いたことをメールし、鍵を開けてもらった。玄関の外で待っていると、開いたドアからロングヘアですらっとした長身――二ヶ月ぶりのなぎが出迎えてくれた。元々痩せ気味だったのが更に細くなっただけで、あとは変わらず元気そうにみえる。ただ、私達二人は半袖なのに対し、なぎが袖に指を通す形の長袖の服を着ているのが気になった。会社では夏に長袖を着ている姿を見たことが無かったからだ。


 玄関でサンダルを脱ぐと、先導するなぎについてお邪魔させてもらい、居間に入る。なぎのご両親がまた座ってらしたので、挨拶する。既に机には紙とペンと共にお茶が五つ出されていて、居間で一息ついてからという流れになり、促されるまま二人とも座布団に座った。いつまでもふみちゃんがゼリーの入った紙袋を握り締めているので、目配せし、なぎに渡してもらった。なぎは顔一杯に笑みを浮かべているように見えた。早速食べることになって、皆が一口食べてから私もスプーンで一口掬う。口に入れた瞬間、桃の上品な甘さが一杯に広がった。うん、冷えていて美味しい。でもなによりなぎに喜んでもらえたなら良かった。


 食べ終わると、なぎに連れられて二階のなぎの部屋に移動する。ドアには「渚の部屋」と美術の授業か何かで作ったような木彫りのプレートが掛かっていた。

 入ってみると、中は物がとても少なく、机とクローゼットとベット、それと大きなタンスが置かれていた。家具は全て水色で、フローリングの茶色と合わさって、私は海を想像した。私達が来るから片付けた風では無く、いつでも整理されているように見える。入るのは初めてなんだけれど、私の想像通りの部屋だ。

 なぎはクローゼットから色違いのクッションを三つ取り出して渡してくれた。三人で向かい合って座り、なぎが『チャットで話をしない?』と打って携帯を見せてくれたので、私とふみちゃんも携帯を取り出して、三人でチャットルームという所にアクセスした。なぎは前からよく使っていたみたいだけど、私とふみちゃんは初めてだった。でも、ただ話をするだけだから心配しなくてよかった。


『しのちゃん、ふみちゃん、読めてる?』

『読めるよ』『うん』

『毎日迷惑かけちゃってごめんね。今日もこうして来てもらっちゃったわけだし』

『いいよそんなの』

『なぎは病気だっけ?もう良くなったの?』

 ふみちゃん、その質問は直球過ぎる気がします。

『病気と言うか、お医者さんには……鬱って診断されたんだ』

『言ってなかったっけ。まだ病院には通っているけれど、人と会って話せるくらいには精神は安定してきたんだ。最近は調子良い日が続いてる』

『そうだったんだ』

 メールの文面からもしやとは思っていたけれど、やっぱり鬱病だったのね。聞こえなくなってから爆発的に増えたとは新聞等で読んで知っていたけれど、身近にも鬱病に苦しむ人がいるなんて。

『辛いときはいつでもあたしたちでよければ頼ってね』


 返信が遅いな、となぎを見てみると、目が赤くなっていた。

『ふみちゃんありがと』

『私たちに出来ることがあったら何でも言ってよ?』

 なぎは悩んでそうでも難しい顔するだけで、何も教えてくれないんだから。この言葉は心の中だけで留めておく。

 なぎがこの調子なら、海行けるかな?

『そうだ、前になぎが三人で海行きたいって言ってたよね?再来週が会社お盆休みだからなぎが良かったら近くの海見に行けないかなって思ったんだ』

『海は見たいけど、迷惑かけそうだし……』

 なぎは振り返って窓の外の方に目をやった。行きたい気持ちはあるんだね。

『お盆休みなんてあったっけ。あたし把握してなかった』

『泳がなくても見に行くだけならすぐだし、きっと人も少ないよ』

『そうだよね……』


『…………考えてみる。でも水着はちょっと着たくない……』

『待ってるから決めたら教えてね。なぎが他に行きたい所あるならそこでも良いし』

『あたし海が良かったな』

『……私も行くなら海が良い』

『わかった。一応幾つか候補探しておいてみるね』

『私が言い出したのにごめんね』

『いいってそんなの』


 こんな感じで話している間にも日は傾いてきて、今度は行けたら海の時に会おうねと約束して、なぎの家を出る。なぎは笑顔で玄関まで来て見送ってくれた。

 鬱病の人には休養が大切だと聞いたことがあるし、実際休んでなぎの調子が戻ってきているなら、少しはほっとできる。原因の一つであろう聴覚の問題を解決することが、なぎにとって最善の治療法なのかもしれないけれどそれは現時点では叶わない。

 ともかく、なぎが元気な顔を見せてくれただけでもよかった。まだ会って三年しか経っていないけれど、友人が不調だと、私もどこか晴れないから。

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