七十七日目
早いものでもう八月。ここ最近毎年出る節電の呼び掛けには慣れてきたけれど、今年は例年以上に多い。電気の消し忘れが多いからというのも一理あるなんて新聞には書いてあったけれど、確かに多そうだ。音で確認していた事って結構あるんだなと思った。この前も何処かに行ってしまっていたリモコンを触ってしまったみたいで、テレビが付けっぱなしになっていたときはビックリした。何も映っていなくても、スイッチが入る音はするからね。そういえば水道から水が細く出しっぱなしになっていた時も冷や汗をかいたな。でもいつでも注意してろっていうのも神経が疲れるし。
そして、疲れると言えば仕事の事だ。開店初日は店の方は問題無く営業することができ、起こる事態を想定しつつ待機するだけで済んだ。けれど実はもっと大きな問題が発覚したのだ。いや、起こるとは思っていたけれど、正直ここまで酷くなるとは皆思ってもみなかった。
お客が来ないのだ。
輸入がほぼ途絶えてるせいで食料不足で外食を食べる余裕があまり無いことは分かっていた。実際私だって昼食は取らないことの方が多い。
しかし以前ならお客は毎日百人は入っていた。店舗の周りの会社も、先週の金曜日に外から見た限りではどこも仕事している様子だった。そして、飲食店の中でも早く営業再開した方だ。
けれども流石に初日に二組四名しか来ないとは思わないよ。せめて二桁はいくと思っていた。仕入れだって三十食分だと、先程もらった資料に書いてあった。今日で一週間となるが、昨日までの累計来店者数は十七名と書かれている。今は部長以上で会議をしているのだけれど、もしかしたらまた閉店に追い込まれるかもしれない。
輸出入再開に向けて各国が動き出しているとニュースでは読んだけれど、一体何時になるのだろうか。国内便の船や飛行機は先日から細々と運行しだしたので、早く貿易を再開して欲しいものだ。ガソリンの高騰やら物価の上昇やらで、働けないとなると生活出来るか怪しい。
こう考えていると、六日で十七名というのは良い方ではと思えてきた。どう捉えようが現状は変わらないんだけど。
開発部は改善策を考えろってそんな仕事無いよ。宣伝したら費用の方が高くつくに決まってるし、大体この地域には名は知れているはず。メニューを減らす事はとっくのとうにふみちゃんと矢衣さんが出しているし、営業時間の短縮は既に一時間早めているし、実質昼と夜以外は開店休業状態だ。極力電気やガスは使わないようにさせているそうだ。
部長以上の緊急会議が終わったら、開発部五人での会議の続きをする。会議って言っても社内メールで話すだけだ。緊急会議がいつ終わるか分からないから早く考えなければならないんだけど、私にはこれ以上の案は思い付かない。
結局何も思い付かないまま、会議室からはぞろぞろとお偉いさん達が出てきてしまった。やがて羽崎部長から緊急会議での決定事項が送られてきた。営業はこのまま続ける方針なのね。そして文末には返信を促す文句と最後にASAPと書かれている。気が重いけれど、思い付かないと正直に返信すると、私が送ってから二分後に、他の三人も同じような返信をしていた。なんだ、みんな案無かったのね。よって、羽崎部長お得意のチクリと刺すような一斉送信はあったけれど、個人宛に返信は来なかった。
メール会議も進展せず解散となり、定時になったのでふみちゃんと共に会社を出た。日曜にまたなぎの家を訪ねようと思っているから、その確認をしながら帰る。
『そういえば今年のお盆休みはあるのかな?』
と一段落してから私が聞くと
『あたしはあって欲しいな』
と返ってきた。ならば計画しても良いかなと思い、覚えていないだろうけれどふみちゃんに聞いてみた。
『三人で海に行きたいって話してたじゃない?休みあったら行けるかなと思って』
『そんな話したっけ?』
『ほら、三人で女子会した耳が聞こえなくなった日の帰りだよ』
『あ~そういえば女子会したのって聞こえなくなった日だったね』
『ふみちゃんアルコール回ってたから覚えてないか』
歩くのですらおぼつかない様子だったものね、記憶に無いのも頷ける。
『え?あたし二人の前で酔ったことあったっけ?でも海行きたいね』
酔ったことから忘れてましたか。なぎがいなきゃ電車すら乗れて無かったかもしれないのに。
休みがとれるならなぎ次第だな。言い始めたのは海好きな渚だし、外に出られると良いんだけれど。明後日までに近場の海を探しておこうかな。