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二話 『少年少女は前を向く』




 視線の先、魔導式対物狙撃銃のスコープの先。およそ五〇〇メートル離れた場所で戦闘行動が行われていた。

 片方は新人であるということに疑いようのない三人組の男女。

 片方は体長八〇センチメートルにも満たない、緑色の人型――一〇ほどのゴブリン。


 乱雑とも言える戦闘に、少年は思わず歯噛みする。

 新人たちとゴブリン、木々が、まるでこちらの思惑を測ったかのように、重なる。これではとても狙撃なんてできない。


「くそ……ッ」


 迷う暇なんてなかった。

 全長一四〇〇ミリメートルを超える愛用銃を背負うと、一切のためらいを見せず小高い丘の茂みから飛び出し駆け出す。


 腰のホルダーから拳銃とナイフを取り出し、それぞれ左手と右手に持つ。射程が八〇メートルにも満たない拳銃では話にならない距離だ。

 全力で、地面を蹴った。

 世界は細長い線の群れへと変わった。


 ひとつ地面を蹴れば大空へと飛び出してしまいそうな力のベクトルを、前へ前へと変換していく。

 このまま時空を飛び超えてしまうんじゃないか。

 そんな不思議な感覚と焦燥を覚えながら、少年は目の前に迫ったゴブリンの顔面に膝蹴りを叩き込む。

 ぐちゃり、と肉と骨の潰れる音。おそらく鼻骨から前頭骨までが陥没しただろう。

 作用と反作用により彼はその場で停止し、ゴブリンは赤く潰れた果実のような顔面とともに吹き飛び、何度も地面をバウンドしていった。


 すべての視線が僕に注がれ、すべての時間が止まる。

 そんなすべてを無視して、視線を周囲にやり、時間を動かし続けた。


 今にも女性に襲いかかろうとしていた三体のゴブリンに銃口を向け、連続でショット。乾いた音と共に一発目の弾丸は右眼孔を抉り、二発目は左眼孔、三発目は眉間を打ち抜いた。

 真っ赤な花が、緑の化物たちの後頭部から咲き誇る。


 残り六体。

 冷静に現状を把握し、次の行動に出る。まだまだゴブリンたちは呆然と行ったところで、あと一回、連続攻撃のチャンスが与えられていた。


 訳も分からず目を白黒させる冒険者三名を尻目に、さらに三体のゴブリンをナイフで切り裂き、銃床で殴打し、渾身の蹴りで殺し尽くす。


 ――そこで、やっと周囲の時間が動き出した。


 ノイズ染みた奇声を発すると、残りのゴブリンたちは、敵意をすべて僕に向ける。

 一体のゴブリンが他二体に対し声を上げると、おそろしく組織だった動きで一〇メートルも離れていない距離を瞬時に詰めてくる。


 およそ同時、コンマ一秒ほどの誤差でゴブリンたちは三方向から襲いかかってきた。

 手には、今までどれほどの血を吸ってきたのかわからないくらい、赤黒く錆びている大振りの鋸、鉈、棍棒。


 額から汗が滴り落ちるよりも早く、彼は行動に移る。

 何よりも救われたのは、その僅かばかりの、時間差。

 背中越しに銃を向けそのまま引金を引き絞る。同時、直線的に襲いかかってきたゴブリンにナイフを一閃。

 吹き出す血を巻き込むようにして、体を回転させる。ゴブリンのグロテスクな一撃を避け、そのままの勢いで槍のように蹴りを突き込む。


 爪先に骨を砕く感触がするが、決定打にはなり得なかったのか、水平に飛んだゴブリンはすぐさま体勢を整えると形勢不利と見たか、踵を返して森の奥へと消えていく。

 拙い、と溜まった冷や汗が一筋滴り落ちた。


 このままあのゴブリンを逃せば、今度は無数のゴブリンが群を成してやってくるだろう。

 その前になんとしてもあのゴブリンを仕留めなければいけないのだが、森の中を慣れた足取りで疾駆するゴブリン追いつけられるかどうか、自信がなかった。


 無数の策を取捨選択していき、一番信用できる手を選ぶ。


 背負った魔導式対物狙撃銃を瞬時に展開、既に三〇〇メートル離れ遁走するゴブリンに照準を定める。

 

 ――世界しかいに、だんだんとモノが消え失せ、やがて、ゴブリンと僕のみとなった。


 その瞬間、弾丸が、音速の三倍近い速度で吐き出された。強烈な反動と銃声が鼓膜に襲い掛かる。

 魔法をかける必要もないそれの威力は、射線上の木々を噛み砕く。

 引金を絞ったのと、弾丸がゴブリンの緑色の肢体を紅色の死体へ変えるのは、ほぼ同時。

 真っ赤な花は落ち、熟れた真っ赤な果実が深緑の森を染めた。


 おん、おん、おん――――。


 まるで魔物の類の遠吠えが、静けさを取り戻したはずの森に少しの間、響いていた。

 ふぅ、と息を吐き、スコープから目を離し、垂れた汗を袖で拭う。


 これで、全てのゴブリンを殺し尽くしたはずだ。安心しきった彼が振り向くと、死んでいた。

 誰が?

 新人の、冒険者全員が。

 人間と同じぐらい大きな、ゴブリンに。

 男は問答無用で、女は犯されながら。


 脳味噌が、沸騰する。全ての自分が否定される。

自分で自分を嗤いながら、彼はゆったりと構えて――


「――ふざけてんじゃねェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッ!?」


 数分後。地形が変わった森の中で、少年は血塗れの姿で立ちつくしていた。




     ……




 森の中にひっそりと佇む家屋の玄関口で、一つの別れが訪れていた。


「それは災難だったな。初の仕事にしては、気の重いものになってしまっただろう」


 白いローブを纏った銀髪の女性は、まだあどけなさの残る二人を心配げに見つめながら、そう言う。


「いえ、大丈夫です」


 少年は心にもないことを言う。そのことを銀髪の女性も察していた。

 そんな少年の隣に佇む少女は、人懐っこそうな、それでいて誰かの笑顔を張りつけたような顔をずっとしたままで、


「そうだよ。リンヤくんはそんなことじゃ挫けないよ。ね?」


「そうだな。こんなことぐらいじゃ、挫けれない」


 少年、リンヤ・カンザキは虚ろな目でそう答える。表情が変わらないという意味で言えば、この二人はとてもよく似ていた。

 そんな二人を見て、銀髪の女性、ソフィア・ネイサンは深くため息をついた。


「お前ら、少しは緊張感を持てよ? ゴブリンなんて、雑魚もいいところ。繁殖力が高いだけのゴミクズだ。お前らの目的を達するためには、単体で竜種の討伐など当たり前、魔人とも対等に渡り合わねばならん」


 それが何を意味するのか。

 上りつめるべき、人類最強の座。

 上りつめるべき、世界最強の頂。


 だが、二人は答える。


「分かってますよ、そんなこと」

「分かってるよん、それぐらい」


 その答えに、やはり溜め息をつくソフィア。だが、その口元には笑みが浮かんでいた。


「じゃあ、お世話になりました」


「お世話ありがとうでした」


「ふむ。辛くなったらいつでも帰ってこい。私はお前らをいつでも歓迎する」


 その言葉に、二人はぴくりと反応する。

 答えたのは、白髪が特徴的な少女、イアである。


「何言っちゃってんのソフィアちゃん。あたしたちの目的考えるなら、そんなこと言っちゃダメダメです。もう二度とくんな、ぐらい言っとかなくちゃ」


 声色を変えることなく、表情を張りつけたまま、イアは腕を組んでそう言う。

 しばし呆然としていたソフィアだったが、しかし突然笑い出す。


「あっはっはっはっ、そうだな、それもそうだ! ならば言おう。もう二度と来るなよ、クソガキども!」


 二人はその言葉に満足げに頷き、二年間過ごした家屋を後にする。

 幕を上げるのは、一組の少年少女が、ただ家に帰るのを目的とし、幾人もの人間や国を巻き込んでいく、ちっぽけな物語。





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