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第6話 想い

「え……くーちゃん、居たの?」


 居たよ。楽しそうに話してた二人をずっと見てた。もう分かってるから。だからもう「彼女居ない」だなんて嘘を吐かなくてもいいよ。だいたい、わたしに嘘を吐く必要がどこにあるの?


 涙でぐしゃぐしゃの顔を、漸く放された腕で拭う。しかし、号泣がそう簡単に治まる訳はなく、未だヒクヒクとしゃくり上げているわたしを、目を丸くして見つめていた彼はやがて、わたしから僅かに目を逸らして俯いた。

 その態度に完全にとどめを刺されて、地の底まで落ち込みながら自分の部屋に戻ろうとしたら「待って」と行く先を遮られた。


「それで……泣いてたの?」

「……ッ」

「俺に彼女が居ると思って、泣いてたの?」


 もう肯定する気力もなく、無言でその場を去ろうとしたけど、彼はそこを通してくれそうにない。

 それに、沈みきっているわたしに反して、彼は何故か口元を被って頬を染めている。

 彼女の事、思い出してるの? 目の前で私がこんなに泣いているのに? 幾らなんでも、それは酷くない?

 胸がズキズキ痛んで、呼吸すらも上手く出来ない。

 早く独りになりたいのに、どうして解放してくれないの?

 新たな雫が溢れそうになった時、彼がようやく口を開いた。


「……俺、期待してもいいのかな」


 期待? 何が? 意味が分からない。

 おそらく怪訝な表情をあらわにしたであろうわたしに向き直った彼は、さっき以上に顔を赤くして軽く首筋を掻いた。


「俺……ずっと前からすきな子が居てさ」


 何? 更に傷口をえぐられる話が始まるの?

 眉間に皺を寄せて眉尻を下げたわたしに気付いていないのか、止まらない彼の話。


「でも全然、男として見られてなくて」

「……」

「正直、半分諦めてたんだけど」


 その話、いつまで続くの? また泣いてしまいそうだ。

 一筋流れた雫を見られまいと下唇を噛んで俯いたら、不意に顔を覗き込まれて心臓が大きく跳ねた。


「……期待してもいいのかな、くーちゃん」

「………へ……?」


 なんで? 何でわたしに聞くの?

 まるで意味が分からずに間抜けな声を出したら、苦笑した彼の親指がふと頬の雫に触れた。

 そのまま、泣き濡れた頬を包む様にそっと雫を拭われて、体温が勢いよく上昇していく。

 ショート仕掛けの思考回路で認識しているのは、頬に触れている大きな手と、わたしを間近で見つめる真剣な彼の瞳。

 どうしよう。きっと、わたしの顔は真っ赤だ。でも、瞳が逸らせない。


「……葛葉くずは


 え?! 呼び捨て?! 愛称じゃなくて?!

 益々パニックに陥ったわたしに、僅かに口元を弛めた彼がゆっくりと尋ねた。


「俺の事、兄以上に見てくれる?」

「へ??」


 完全に理解を超えた質問に、間抜けな声を返す事しか出来ない。

 回らない頭で懸命にその質問を咀嚼そしゃくしようとして、浮かんだ答えはひとつだった。

 もう随分前から、兄だなんて欠片かけらほども思っていない。

 わたしにとっての彼は、片想いの相手以外の何物でも……!

 思考の途中でふっと近付いてきた彼の瞳に、顔から思いっきり火を噴いた。


「っちょ、亮ちゃん……!!」


 慌てて後退あとずさったわたしの心臓は、あまりの出来事に破裂寸前だ。

 何?! 今の、まさかまさか、キ……ッッ!

 その単語すらも心の中で言えず、勢いよく湯気を噴いたわたしに苦笑再び。


「……ダメ?」

「〜〜ッ」


 言葉に成らずに、ぶんぶんと首を縦に振るわたしに彼は、小首を傾げて柔らかく訊いた。


「どうして?」

「だって、亮ちゃん彼女……!」

「だから、違うって」


 ふーっと溜息を吐いた彼を見つめると、一息置いて「あの人は」と言った。息を呑んだわたしにニコリと微笑んで続きを口にする。


「母さんのスイーツ友達。結婚してるし、子どもも居る」

「……え?」

「クッキング教室で知り合ったらしくって、よく家で一緒にスイーツ作ってるんだ」

「……でっでも、亮ちゃん、なんか顔赤くなかった?」


 そう告げると、彼の頬が一瞬で染まった。


「……や、あれは、その……からかわれて」


 言い難そうにわたしを見ながら頭をポリポリと掻いて口篭もった。


「母さんから、この同居生活の話を聞いたらしくって、亮介くん中々やるわね、とかそんな話をさ……」

「やるって?」

「あー……だから、俺の気持ちとか母さんにバレバレだから、その」


 要するに『ずっとすきだった』わたしとの同居生活に舞い上がっている、という様な事をからかわれたのだ、といった内容だった。


 ほんと? ホントにホント? 何だか夢の様で、身体も心もフワフワしている。

 彼が、ずっと憧れて焦がれていた彼が、わたしの事を……!

 どうにも素直に信じきれなくて、呆けたまま彼を見つめていたら、幾度目かの苦笑を零した彼が言った。


「誤解、解けた?」

「……え、その……」

「未だ何か思う所ある?」


 彼がわたしの事をそんなに想ってくれているとはにわかに信じがたいけれど、これ以上泣き叫ぶ理由もないので、黙ってフルフルと首を振った。

 すると、にっこりと微笑んだ彼に、「で?」と首を傾げられた。


「で? って?」

「くーちゃんの気持ちが聞きたい」

「え!?」


 わたしの気持ちって、勿論彼に対する気持ちの事だよね? い、今ココで? 彼を目の前にして?

 カーッとおでこの先まで真っ赤に染めたわたしにハニカんだ彼が、ゆっくりと距離を詰めてくる。

 え、ちょちょちょっ……! 湯気を噴きながら後ろに下がったけれど、直ぐに背中が壁に当たって動きが止まった。


「ねえ」

「えっ亮ちゃんあのっ……」


 慌てるわたしの両側にトンと手を着かれて、新たな火を噴いた。

 近い。近いよ! 吐息が掛かりそうな距離に、思考回路は完全に遮断されて目がせわしなく游ぐ。


「……葛葉」


 囁く様に発せられた声が耳を撫でて、ゾクゾクッと何かが背中を駆け上がる。

 これは、言わなければどうにも解放されなさそうだ、と覚悟を決めて息を大きく吸い込んだ。


「亮ちゃん」

「……ハイ」

「わたし、亮ちゃんの事、が、その……ずっずっと前からッ」


 ……声が震える。

 一言発するだけなのに、緊張で変な汗は流れているし、鼓動は最早自分の体内で鳴っているとは信じられない程に大きく、まるで間近で和太鼓を打ち鳴らされている様に響いている。


「……すき、………ッッ!!」


 必死で絞り出した声の語尾が、彼の吐息に包まれた。

 視界がぼやける程にアップな彼の顔が直ぐそこにあって、唇には確かに柔らかい感触。


 予告なく訪れたファーストキスの機会に、完全に思考は停止して、顔からは幾度目かの湯気が噴きだした。


 これから始まる、本当の意味での『同居生活』がどんなモノなのか、まるで想像出来ないけれど、きっとこれまで以上にドキドキの生活になりそうだ。

 ゆっくりと離れた彼の瞳に映る自分を見つめながら、そんな事を回らない頭で考えていた。

 最後まで読んで頂き有難うございます☆

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