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第4話 迷惑?

「……ただいま」


 その日、友人と晩ご飯を食べて帰った午後8時頃、怖ず怖ずと玄関を開けて、静まり返った廊下に向けて帰宅した旨を伝えた。

 照明の消えた辺りには控えめなわたしの声が響いただけで、特に何の気配もない。

 彼は相変わらず2階に篭ってるのかな?

 そう思って、僅かに安堵の溜息を吐いた。彼とは何となく顔を合わせ辛かったから。

 ほんの一週間前、あんなに浮かれまくっていたのに、今は泣きそうな程沈んでいる。

 こんな筈じゃなかったのに。思い描いていた彼との生活は、こんな……


「亮ちゃん……」


 暗い廊下の真ん中にたたずんで、ほとんど声に出さずに口の中で呟いた。

 傍に居たい。でも迷惑は掛けたくない。

 こんな気持ちを彼にぶつけたら、一瞬すっきりするかも知れないけど、その後の行き場が無くなってしまう。

 妹以外の何物でも無いわたしが、異性としての好意を寄せても彼を困惑させるだけだ。

 そんな事、充分過ぎる程わかってる。

 ……でも、消せないんだ。

 それどころか、一緒に暮らし始めて益々膨らんでしまったこの想いは、胸の内に収まりきらなくて、今にも溢れ出しそうになってる。

 言葉に出せない分が雫となって流れ落ちそうで、熱くなった鼻腔をクスンと小さくすすり上げて階段へと脚を向けた。


「……くーちゃん」


 不意に背後から掛けられた声に全身がビクッとしなって、心臓がこれでもかという程に大きく跳ね上がった。

 本気で床から数センチ浮いたのではないかと思いつつ、バクバクと踊る鼓動を押さえながら恐る恐る振り返ると、表情の硬い彼がわたしをじっと見つめていた。


 というか、気配を全然感じなかったけど、一体何処に居たのかと視線を彷徨さまよわせると、リビングの扉が僅かに開いていた。しかし、その中は真っ暗だ。明かりも付けずに中に居たのだろうか。もしかして、疲れて寝てた、とか?

 申し訳ない気持ちが沸き上がるわたしの前で、視線を僅かに逸らして立ち尽くす彼を不安な気持ちで見上げる。

 ……何だろう。何か言いたそうに口を開いては閉じる彼に、どんどん不安が募る。

 ドクドクと嫌な音を奏でる鼓動が耳の真横で響いている事に、堪らず拳をぎゅっと握りしめて作り笑いを浮かべた。


「遅くなってごめんなさい。あの、わたし勉強しないと」


 彼と目を合わせられないまま早口で告げて背中を向けたら、ぐっと手首を掴まれた。

 それは、いつもの彼からは想像出来ない程強い力で、痛みに思わず顔を歪めた。


「痛っ……亮ちゃ……」

「………ごめん」


 泣きそうになって彼を見上げると、掴まれた手の力は弛められたけれど、その表情は和らぐ事は無くて、益々涙腺が刺激された。

 怒ってる? どうして? 8時帰宅って遅かった? 保護者の彼の立場が悪くなる?

 考えても答えらしいものは思いつかず、頭の中で軽いパニックが起こる。


「………なんで?」


 やや有って、漸く口を開いた彼の顔を見つめた。「なんで?」何が??

 およぐわたしの瞳が真っ直ぐ捉えられて、苦し気に言葉が吐き出された。


「俺、何かした?」

「………え?」


 質問の意味が分からずに反射的に問い返す。何かって……迷惑をかける様な事をしてしまったのは、わたしの方で……

 数回瞬きをして、揺れる瞳を彼に向けると、震え気味の声が耳に届いた。


「何でけんの?」

「えっ……」


 避けたつもりは微塵も無いけれど、言われてみればそう捉えられても仕方のない行動だったかも? いやでも、彼にとっては、子守りをしなくて済む自由な時間が増えた筈で、そんな怖い顔で責められる様な事は……

 パンクしそうな思考に言葉が追いつかず、只々びっくりして彼を見つめていると、切な気に眉を寄せた彼が、わたしの手首をそっと放して、その大きな手でクシャリと彼の前髪を乱した。


「俺……浮かれてたから、何かやらかしたかも知れないけど……」


 項垂うなだれた彼の、ボソボソとつむがれる科白せりふに耳を寄せたら、不意にがばっと顔を上げられてビクリと身体が震えた。


「……なんで避けるんだよ……」


 勢い良く顔を上げた動作とは裏腹に、段々小さくなる声で告げた彼は、わたしから完全に視線を逸らした。

 何でって……『亮ちゃんの事すきだから迷惑かけたくないんだよ』……いや、無理。口が裂けてもそんな事言えないよ。でも、顔を逸らす寸前に見えた、泣きそうな表情の彼に何か言わなければと、パクパクと開閉した口から言葉を絞り出した。


「さ、避けてないよ」

「……」

「亮ちゃんは、何も悪くないし……」

「でも」

「ホントに、何でもないから」


 それ以上言葉にすると、内に秘めた想いをぽろっと漏らしてしまいそうで、彼の顔を見上げて口をつぐんだ。

 彼は未だ納得いかない様だったけど、それ以上追求する事なく俯いて黙り込んだ。

 沈黙が重くて其処を去ろうとしたら、「くーちゃん」と呼び止められて怖ず怖ずと振り向いた。


「明日は、ちゃんと食べる?」

「……うん」


 ここで拒否したら、きっとまた哀し気な表情になる気がして素直に頷いたら、強張こわばっていた彼の顔にようやく僅かに微笑みが浮かんだ。

 でもやっぱり申し訳ない気持ちは捨てきれなくて、つい言葉を重ねた。


「あの、簡単なのでいいから」


 そう告げた途端に笑みが消えた彼は、傍目はためでも分かる程に落ち込んだ。

 失敗した? 内心冷や汗を流したわたしに沈んだ声で呟いた。


「やっぱ、迷惑?」

「へ?」

「俺が飯作るのが嫌なの?」


 嫌だなんて、とんでもない。慌てて首を左右に振るわたしに溜息が降った。


「ごめん」

「え??」

「喜んで食べてくれるのが嬉しくてさ……」


 え? そうなの? 義務じゃなくて、嬉しくて作ってくれてたの?


「でも、くーちゃんには迷惑だったんだな。気付かなくて、ごめ……」

「迷惑じゃないよ! 逆に亮ちゃんに迷惑だと思って、わたしっ……!」

「え?」


 彼の科白せりふの途中で思わず張り上げた声に、今度は彼からの疑問符が舞った。


「何で、俺が迷惑なの?」

「だって……ゴハン作るのって、すごく時間掛かるでしょ? 亮ちゃん卒論とかで忙しそうなのに、申し訳ないっていうか……」


 ごにょごにょと語尾を濁したわたしを暫くポカンと眺めた彼が、次の瞬間ふわりと破顔した。


「何だ。良かった」

「え?」

「くーちゃんに嫌われたと思ってすごい凹んでたから」

「え!?」


 嫌うわけないよ! むしろ、すごくすき。言えないけど!

 ニコニコと笑う彼に、胸がキュンキュンと痛いぐらい締め付けられてる。

 ダメだ、また容量オーバーで彼の顔が見られない。

 俯いて彷徨さまよわせた視線をふと上げたら、じっとわたしを見つめていたっぽい彼の瞳と真っ正面から目が合って、自分でも分かる程に赤面してしまった。

 しまった……!!

 慌てて下を向いたけれど、もう遅い? バレた? どうしよう、こんな気持ちがバレたら気まずくて、もう此処には居られない。

 熱かった顔から、一気に血の気が下がって身体が震えた。

 何とか誤摩化す方法は無いかと、回らない頭で懸命に言い訳を考えていたら、彼がコクンとつばきを呑んだ音が聞こえた。


「くーちゃん」

「はハイ?!」

「……お風呂湧いてるよ」

「え? あ、ありがと……」


 唐突に終わった話題にキョトンとしつつ、バレなかったらしい事に安堵して、着替えを取りに2階へと駆け上がった。


「……そんな顔されたら勘違いしそうだ……」


 口元を被ってボソリと呟いた彼の声は、階段を昇る足音に紛れてわたしの耳には届かなかった。

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