愛と平和の指導者 :約7500文字
いやあ、どうも。こうしてお会いできて、本当にうれしく思います。おなかは空いていませんか? よかったら何か食べながらお話ししませんか。私は人と食卓を囲むのが好きなんですよ。初対面でも、そうすることで一気に絆が深まるんですよねえ。
ええ、私はね、人におなかいっぱい食べさせることこそが、自分の使命だと思っているんですよ。
この世から争いと飢えをなくし、世界中の人々が愛を分かち合う世界――平和な世界を作る。それこそが神から与えられた使命であり、幼い頃から抱き続けてきた夢でした。
こう言うと「幼い頃からそんな夢を?」なんて驚かれることが多いのですが、でもそれってそんなに不思議なことなんでしょうか。平和な世界を夢見ることが、そんなに途方もないことですか? んー?
もちろん、本当に強く決心したのはあのときです。忘れもしません。ある明け方のことでした。
私はね、その頃毎晩のように夜通し祈りを捧げていたんですよ。どうしてこのような痛みと悲しみに満ちた世界をお創りになったのですか、と神様に問いかけ続けてきたのです。
すると……あるとき、風が吹いたのです。温かく、どこか甘やかな香りを含んだ風でした。そして次の瞬間、目の前が光で満ちあふれたのです。
私はゆっくりと顔を上げました。
すると、そこにはイエス・キリストが立っておられたのです。
そして、こうおっしゃいました。「私の後を継ぐのは君だ」「私が果たせなかった使命を果たし――」え? ああ、ご存じでしたか。さすがですね。
まあ、この話は他の場所でも何度か語っていましたからね。ええ、これまでにも多くの編集者が私の話を本にしてくれましたよ。実にありがたいことです。
ああ、私の過去の話が聞きたいのですね?
そうですねえ……今でも鮮明に覚えていますよ。生まれた日から、今日ここにいるこの瞬間まですべてをね。
私は記憶力がとてもよいんです。教科書などを一日で丸暗記してしまうような子供でしたよ。だから幼い頃は神童なんて呼ばれていましたねえ。
もっとも、あの頃はまさか本当に神様に愛される存在になるとは思ってもいませんでした。いや……予感のようなものはあったのかもしれません。ええ、ありましたね。それに、その片鱗もすでに表れていたのでしょう。
私を見た人たちは、みんなこう言ったものです。『この子の目には、宗教指導者の気質が表れている』とね。
――この子、性根の悪さが滲み出ているよ。
ああ、今でも時折、頭の中に言葉が響くことがあります。人々から送られた感謝の言葉や私自身が語った言葉がね。
もちろん、私の言葉は神のお言葉です。まるで遠くの鐘の音のように、ふとした瞬間に蘇ってくるのです。
幼い頃から、私は自分のことより人に愛を与えることに喜びを感じていました。たとえば、おなかを空かせている人がいると耳にすれば、家からお米を持ち出して届けに行ったものです。重い米袋を肩に担ぎ、何キロも続く険しい山道であっても私は跳ねるように進んでいきました。足が速くてね、普通の人なら二時間かかる道でも私は四十分ほどで行けたのです。もし陸上関係者が見ていたら、間違いなくスカウトされていたでしょうねえ。
そう、昔から頭だけでなく体力にも自信があったのです。身体が丈夫でしたし、睡眠も一日三時間あれば充分。食事だって二食で問題なかったのです。
もっとも、それとは別に、私の力の源はやはり人に愛を与える喜びでした。見返りなどは決して求めませんでしたよ。強いて言うなら、そうですね……人の笑顔でしょうか。
――これ売ってやるよ。あ? それっぽっちしか持ってねえのか。なら捨てたほうがマシだな。ほらほら、ガキどもが泣いてるぞ。……よし、それでいいんだよ。足りねえ分は貸しにしておいてやる。
その精神は大人になってからも私の中に強く息づいていました。私はホームレスや生活困窮者を支援する活動をしていたんですよ。街を歩き、一人ひとりに声をかけ、食事を配り、寝床を提供する。そういうことを地道に続けていました。
――こいつらは全員、票になる。信者を議員秘書に潜り込ませ、いずれ立候補させる。議員の大多数を信者で固め、国会に教会を作るのだ。
そうそう。親のお金をこっそり持ち出して、近所の子供たちに水飴を買ってあげたこともありました。もちろん、自分では食べませんでしたよ。人を喜ばせること。それだけで胸がいっぱいになるのですから。
――勉強しなかったからってガミガミ叱りやがってよお。仕返しだよ。ほら、食え。バレても「人のためにやった」って言えば、向こうも叱れねえからな。だけどよ、貸しだからな?
強欲な男がいましてねえ。蜜柑の木を育てていたのですが、これがまた見事な木でしてね。毎年、枝がしなるほど実をつけるんですよ。ところが、その男は一つたりとも他人に分けようとしなかったのです。
近所の子供たちが垣根の向こうから指をくわえて眺めているのを見て、私は胸が痛みました。木には食べきれないほど実がなっているのに、子供たちはただ見上げているだけ。何とも寂しい光景ではありませんか。
だからある日、私はその男にこう尋ねたのです。「一つ食べてもいいですか?」と。
男は一つくらいなら構わないと思ったのでしょう。了承してくれました。
そこで私はその夜、子供たちを連れて再びそこへ行ったのです。月明かりの下、私は木に登りました。枝から枝へ移りながら実をもぎ取り、下で待つ子供たちに次々と渡してやりました。私は木登りも大得意でしたからね。
子供たちは笑いを押し殺しながら夢中で頬張っていましたよ。口の周りを果汁でべたべたにしながらねえ。誰も彼も幸せそうな顔をしていました。私は嬉しくなり、みんなにおなかいっぱい食べさせてやりました。
あのときの笑顔は今でも忘れられません。
ところが、騒ぎを聞きつけたのでしょう。やってきた男はひどく怒りました。顔を真っ赤にして怒鳴り散らしながら、私に詰め寄ってきたのです。
でも私は一切怯むことなく、こう言ったのです。
「一人に一つも蜜柑も与えないのと、みんなに全部やるのと、どちらがいいんだ」と。
すると男は黙り込みましてね。やがて納得しましたよ。
――ひとり一つどころじゃないだろう! 吐くまで食いやがって! どうしてくれんだよ! 今年の稼ぎが全部なくなっちまった!
――うるせえ! お前ら、たたんじまえ!
私は一度こうと決めたことは、絶対に曲げませんでした。たとえ周囲から間違っていると言われ、自分でも薄々そう感じていたとしても、認めるより先に相手を言い負かしてしまうことがよくありました。相手が大人であっても、それは同じでした。
納得できないことには、どうしても首を縦に振ることができなかったのです。
学校で上級生と喧嘩したことがありましてね。先生が仲裁に入り、「ここはお互い謝って終わりにしなさい」と言いました。私はその場では大人しく頭を下げました。まあ、先生の顔を立てたわけですね。
ですが、その夜のことでした。布団に入ってもどうしても眠れなかったのです。胸の奥がむずむずして、頭がかあっと熱くなっていきました。どう考えても、あれは向こうが悪かった。そう思い始めると、もうじっとしていられなかったのです。
私は寝間着のまま家を飛び出し、その子の家まで走って行きました。
戸を叩き、親を呼び出して、その子がいかに悪く、どれほど間違っていたかを説明したのです。理屈を一つひとつ積み上げていくと向こうもだんだん言い返せなくなるんですよ。結局、親子そろって謝らせてやったのです。ええ。
――この子……頭おかしいよ……。
また、他の子供たちの喧嘩を見かけると、私はすぐ間に入って仲裁していました。どちらに非があるかを見極めて、悪いほうを大声で怒鳴りつけたものです。周りからは荒っぽく見えていたかもしれませんね。でも、本当はとても情が深い子供だったのです。
誰かが泣いているのを見ると放っておけなかったのです。だからつい熱くなってしまったのでしょうね。ははは、我ながら困ったものです。
人だけではありません。私は自然も愛していました。山や川でよく遊んでいたものです。今の子供たちには、きっと想像もつかないでしょうねえ。
一日中、山へ分け入り、川辺を歩き回って過ごしました。森の中は鳥や動植物の宝庫で、駆け回るだけで胸がいっぱいになるのです。草を噛み、木の実を採って食べ、水を飲む。それだけで一日中遊び続けられました。楽しくて、おなかが減ることすら忘れてしまうほどでした。
森の中に入ると体と心が平穏になることを、私は幼いながらに理解していたのです。風が葉を揺らす音、草の匂い、土の感触、川のせせらぎ、鳥の歌声――嗚呼、どれも素晴らしい。現代人はもっと自然を、生き物を大切にするべきですよ。
――鳥の雛のケツに棒をぶっ刺して地面に突き立てんだよ。ピーピー泣きながら蟻に食われていくのを見るのは最高だぜ。
私はね、幼い頃から人並み外れていたんですよ。神通力と言いますか……不思議な力がありましてね。人が知りえないことをよく言い当てたものです。
雨が降ると言えば必ず雨が降り、誰々がもうじき死ぬと言えば、必ずそのとおりになりました。写真を見るだけで、その男女がうまくいくかどうかも分かったのです。私が「うまくいく」と言えば、その二人は必ず幸せになれました。
もっとも、当時の私はそれを特別な力だとは思っていませんでした。誰でも分かることだと思っていたのです。だからどうしてそんなに驚くのか、逆にこっちがびっくりしたくらいでしたよ。きょとんとしてね。それがまた「可愛い」とか言われて、こっちは「え? 何が?」なんてね。しかし、驚く一方で周囲の人々は確実に私の言葉を信じるようになっていったのです。
大人になってからもその力は衰えませんでした。合同結婚式を開いてやりましてね。盛大なやつを。これまで何組もの男女を結婚させてきましたよ。みな疑うこともなく幸せそうでしたよ、ええ。
――あいつと、あいつと、それからあそこの女。おれのお古。
心身を鍛錬してこそ世界を救える――これが私の信条でしてね。一日二食の生活は青年になってからも続けていました。同級生たちは三食きっちり食べていましたが、私は平気でしたよ。むしろ空腹のほうが頭が冴えていましたし、勘も鋭くなったものです。生きている……そう感じるのですよ。
まあ、食べようと思えばカツ丼十杯、うどんなら二十杯は軽くいけましたけどね。実にいい食いっぷりだったそうで、店の人が何かおまけしてくれることも多かったですよ。なんでしょうねえ。ただ食べているだけなのに、女にも男にも惚れられてしまうんですよ。「ほわぁ……」なんて感嘆の息を漏らしてね。やれやれ。
あ、もちろん太ってなんかいませんでしたよ。体も鍛えていました。護身術を習いましてね、プロの格闘家でさえ簡単に打ち負かすほどでした。いやあ、恥をかかされたと逆恨みされてしまいましてね。あるとき、その格闘家が仲間を連れて私を襲撃してきたことがあったんですよ。
まあ、結果はお察しでしょう。最後には全員、地面に跪いて許しを請うていました。もちろん許しましたよ。私は豪胆な男ですから。
――こいつ、糞投げてきやがった! どこまで卑怯な野郎なんだ!
学校も好きでしてねえ。掃除などは進んでやったものです。それも一人でですよ。誰かに頼まれたわけではありません。え? なぜかって? ただ、愛する気持ちが止まらなかったのです。
放課後になると教室に残り、机を拭き、床を箒で掃き、さらには窓ガラスまで磨いていました。誰も見ていなくても構わなかったのです。綺麗になっていく様子を見ているだけで、満たされた気持ちになれましたからねえ。
私はどちらかと言えば寡黙なほうで、無駄なお喋りは好みませんでした。温厚で喧嘩もしないのに、なぜか同級生たちから怖がられていましてね。トイレで順番を待っていても、私が行くとみんなすっと場所を空けるんですよ。それに、悩み事があると先生より先に私のところへ相談に来る生徒が多かったですねえ。
きっと私のほうが頼りになると思わせてしまったのでしょうね。まあ、事実ではありましたけど。
授業中、私の質問に答えられず、先生が困ってしまうことがよくありましてね。きっとそのせいでしょう。ついには話をはぐらかして教室から逃げるように出ていってしまう先生までいました。まったく困ったものです。
いやあ、悪いことをしましたかね。でも私って、納得できないことや気になったことはとことん追及しないと気が済まない性格じゃないですか。この公式は誰が作ったのか、誰が最初に考えたのか。そういうことが、どうしても気になってしまう。そして考えているうちに、だんだん悔しくなってくるんですよ。どうして私が先に思いつかなかったのか、とね。
――おれが教祖になればいいんだ。あんなうまい商売はねえ。
その頃から、発声練習に力を入れ始めましてね。ああ、歌はもともとうまかったですよ。森の中で歌えば、近くの木の枝に鳥たちが集まってくるほどでしてね。私の歌声に魅了されて、いつの間にか周りに人々が集まり、そのまま友人になった者も何人もいたのです。
もっとも、発声練習をしていたのは歌のためだけではありませんでした。人よりも正確に、そして大量に。雨あられのように言葉を降らすためです。言葉には力がありますからね。それを分かっていない人も多いですが、私は早くから理解していたのです。だから磨き続けたのです。
あまりにも早口すぎて聞き取れないという人もいましたが、そういうときは簡単なことです。何度も耳元で話してあげればいい。理解できるまで繰り返し、丁寧にね。
――あなたの家系には恐ろしい因縁が深く刻まれている。そのため、先祖は今なお地獄で血を流しながら苦しみ続けているのだ。このまま放置すれば悪霊は必ずあなたに憑き、病気、事故、破産、家庭崩壊――あらゆる災厄が次々と襲いかかるだろう。手相にも姓名判断にもその暗い影がはっきり刻まれている。だが神はあなたを見捨てなかった。だからこそ、この場に導いたのだ。今ここで信仰を示さなければ、あなたも家族も取り返しのつかない不幸に沈むことになる。この特別な壺を持てば災いは退けられ、家族は守られる。印鑑を購入すれば先祖の霊は浄化され、未来は光に包まれる。さらに献金を捧げれば、先祖は救済され、あなた自身も神の加護を受けることができる。これは偶然ではない。神があなたを試しているのだ。今ここで決断しなければ、あなたの一族は永遠に呪われる。だからこそ、迷うことなく行動し、救いの道を選ばなければならない! さあ、すべてを捧げるのだ!
働いては、わずかな賃金を人に分け与え、質素に慎ましく暮らしてきました。私ほど苦労を味わった人間はいないでしょうなあ。ええ、言ってみれば私は苦労の王様ですよ。苦労という荒野を誰よりも長く歩き続け、それでもなお、笑顔を忘れなかったタフな男なのです。
身なりも決してよくありませんでした。質素すぎるほどでしたね。服は擦り切れ、靴底は剥がれかけていました。まあ、私は気にしませんでしたけどね。外見など、愛を語る上では取るに足らないことですから。
ですがねえ……逆にそこが不釣り合いで、どこか神秘的に見えたのでしょうな。周囲からは『謎の美男子』などと噂されましてね。遠方からわざわざ私の顔を見に来る人までいたほどでしたよ。はあ、まったく困ったものです。私はただ静かに生きていただけなのですがねえ。
宗教団体を立ち上げてからは、信者たちを連れて学生時代の友人たちの家を訪ね歩きました。三日三晩、不眠不休で神の話をしてあげるのです。
最初のうちは、みな怪訝そうな顔で聞いていましたよ。ですが、こちらが真心を込めて語り続ければ、人の心というものは必ず溶けるのです。日が暮れても語り、夜が明けても語り、昼になっても語る。そうしているうちに、やがて相手の目から涙がこぼれ始めるのですよ。そして最後には、みな決まって平伏し、こう言うのです。「あなたは私の師匠です」とね。神の存在を感じたのでしょう。
時には他の宗教家がやってきて討論を挑んでくることもありました。私のことを異端者だとか、危険人物だとか言ってね。まあ、嫉妬していたのでしょう。仕方ありません。彼らの信者が次々と私についてきてしまったのですから。脅威に感じるのも無理はありません。なんとか私を言い負かし、失った信仰を取り戻そうと必死だったのです。
ですが、私に議論で敵うはずもありませんからね。一人残らず打ち負かしてやりましたよ。最後には、その宗教家たちまで信者になってしまいました。みな、どういうわけか私の言葉に心を動かされてしまうのです。
そうして信者はどんどん増えていき、やがて巨大な宗派となったのでした。
――もう、もう解放してくれ……従う、従うから……。
私はね、これまで多くの国々を巡り、その土地に暮らす貧しい人々の声を聞いてきました。泥だらけで道を歩き、小さな村に入り、飢えに苦しむ人々に食べ物を与え、話に耳を傾けてきたのです。裸足の子供たちの頭を撫で、泣いている母親の肩を抱いて慰め、老人たちの皺だらけの汚い手を握ってきました。
――二人でそんなに取るの? もう少し安くしなさいよ。あっ、サービスは悪くしないでね?
そして彼らに説いてきました。誰かを憎むことなく、愛を広めなさい、と。
――信者の家族たちによる集団訴訟? 子飼いの政治家に連絡しなさい。判事へ圧力をかけさせるのです。
互いに認め合い、支え合って生きる。それこそが宇宙の真理なのです。
人は一人では生きられません。誰かが作った食べ物を食べ、誰かが建てた家に住み、誰かが作った道を歩いている。互いのために存在し、互いを支えながら生きているのです。それこそが宇宙の原理であり、神の意志なのです。
――献金献金献金献金。とにかく献金させなさい。家でも遺産でも学費でも、なんでも献金させるのだ!
ですから――え? ええ、ええ、わかっておりますとも。もちろん、おっしゃりたいことはよく理解しております。
……ですが、少し考えてみてください。
大勢の人間を不幸にし、互いに憎しみ合わせ、争わせ、地上を地獄のような場所に変えたとまで言われた私ですが……。それはむしろあなた様に大いに貢献したことになるのではないでしょうか? ねえ、そうでしょう?
だ、だからね……。
仲良くしましょうよお、サタン様ぁ……。




