9 人間がいる世界
次に目を覚ました時はフカフカのベッドの上だった。
目をこすりながら起き上がろうとすると、背中に痛みが走る。
「お姉ちゃん! 目を覚ました? ずっと眠っていたんだよ。心配したんだからっ」
ローニャが泣きながら駆け寄ってきた。
「ローニャ、大丈夫だった? 怪我しなかった?」
「私は大丈夫。お姉ちゃんが庇ってくれたから怪我一つ無いよ」
「ここはどこかな?」
「分からない。人間の世界なのは分かったけど、カタコトしか聞き取れないの。お姉ちゃん怪我してたでしょう? 人間の男の人がお爺さんを連れてきてお姉ちゃんの背中に何か薬みたいなのを塗っていたわ。その後、女の人が白い布でグルグル巻きにして服を着せて出て行ったの」
「そうなのね。ローニャはいつ目覚めたの?」
「少し前、かな。若い男の人に抱えられて部屋につれてこられた時に目が覚めたの。びっくりしたわ!! フサフサの耳が無いんだもの!」
どうやらローニャもここが人間の世界に来たことは理解したようだ。
「あ! 今、回復させるからね!」
ローニャはそう言うと、ネックレスから指輪を取り、指に嵌めてヒエロスと唱えた。
「ありがとう。ローニャのおかげで怪我が治ったわ」
「これくらい何でもないわ!」
ナーニョは背中の痛みも消えて妹の無事を知ると、少し余裕が出てきた。
部屋を見渡すと、とても豪華な部屋だという事に気づいた。
パサリと開けられた窓からの風で金色の刺繍の入ったカーテンが揺れている。
ここは王族とか貴族が住むような部屋なのかな? 私達が住んでいた教会の部屋は木の壁に硬いベッド、小さな机しかなかった。
白い壁にふわふわのベッド、小さな丸いテーブル、どれ一つとってもお金が掛かっていそうだ。
そうしているうちにノック音がし、妹と共にそちらの方に目を向けた。
部屋に入ってきたのは最初に見た男の人だった。
「……シタカ?」
どうやら私達を心配しているような感じで話をしている。後ろから女の人がコップと水差しのような物を持っている。
どうやらそれを飲むように言っているようだ。
私は起き上がり、言われるがままコップに淹れられた水を一口飲むと、キンッと頭痛がし始め、頭を抱えた。
「お…ちゃん!? 大…!?」
「大丈夫でしょうか? マーサ、すぐ医者を!」
!!!
驚いて男の人を見上げた。
「……言葉が通じる?」
私の言葉に男の人も妹も驚いた様子。
今度は上手く妹の言葉が聞き取れない。
何か水に仕掛けがしてあるのだろうか? コップの水を不思議そうに見つめていると、妹は私のコップを取り上げ、水を口にした。
「お姉ちゃん……?」
「ローニャ!!」
「言葉が通じたわ!!」
どういうことかは全く理解が出来ないけれど、この世界の物を口にした途端に言葉が明確に聞こえるようになった。
異界の穴を通ったせいなのだろうか? さっぱり分からない。
「あの、ここはどこなのか聞いてもいいですか?」
私は恐る恐る男の人に聞いてみた。
「ここはウィンワーズ国の英雄エサイアス・ローズド・シルドア様の邸でございます。私、家令のロキアと言います。隣にいるのは侍女のマーサといいます。お嬢様方のお名前を伺っても?」
「私の名前はナーニョ・スロフ。こっちが妹のローニャ・スロフです。私達は猫種の獣人で異界の穴から落ちてしまったのです」
するとロキアさんはなるほど、と理解したようにうなずいていた。
どうやら大昔は獣人や他の種族が異界の穴から落ちてきていたようだが、ある時から異界の穴の一部はすぐに閉じてしまうようになったのだとか。
開きっぱなしの穴からは魔獣や魔物が出てくる。すぐ閉じる穴には別の種族の世界があるのだろうと言われているらしい。
私達の世界にも人間が落ちて来たのだから繋がっているのだろう。ただ、行き来をすることは出来ない。
危険すぎるからだ。そしてこの世界以外の世界は異界の穴を閉じる術が確立されているため、すぐに穴が閉じるのだろう。
この世界はまだ異界の穴を閉じる術がないらしい。
未だ魔物が穴から溢れてくるようだ。
「ここの邸の主人であるエサイアス様は英雄と呼ばれていて魔獣をたくさん狩っているのです」
「そうなんだ。エサイアス様って人はすごいひとなんだね」
ローニャはロキアさんの話を興味津々に聞いていた。
「ナーニョ様たちの世界のお話をお聞きしたいところですが、お怪我をなさっておられますし、明日またお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい。私もこの世界のことをたくさん知りたいので教えていただきたいです」
「ローニャも!」
そう言って今日はこのままこの部屋に泊めてもらうことができた。
今日一日、魔獣に追いかけられたり、異界に来た衝撃もあって私もローニャも疲れてすぐに眠ってしまった。
翌日、朝食を終えてロキアさんとマーサさんにこの世界の事の話を聞こうとした時、部屋の外から騒がしい音がしてきた。
ドタドタ、バタバタと足音と共に怒号のような声も聞こえてくる。
ロキアさんは失礼しますと言って急いで声のする方へ行ってしまった。
「どうしたのですか?」
「お客様はどうかお部屋に」
侍女のマーサさんがそう言って扉を閉めようとしている。
「待って、私、見てくる!」
ローニャは私が止めるのも聞かずに走って声のする方へ行ってしまった。
「妹がすみません」
と言いながらローニャが戻ってくるのを気まずい思いをしながら待っていると、ローニャは血相を変えて戻ってきた。