8 異界の穴
車内は揺れ、悲鳴が聞こえる。
「魔物だ!! みんな掴まれ!」
誰かがそう叫ぶ。
ガタンッ。ガタンッ。
スピードを出した馬車は勢いよく大きな石を跳ねている。
私も振り落とされないように必死で馬車の椅子にしがみつく。スピードが出ているせいで衝撃が強い。気を抜けば振り落とされそうだ。
私は向かい側に座るローニャを見ると、ローニャも必死に椅子を掴んでいる。
ガタガタッ、ガタン!!
車輪は石に乗り上げたようだ。
衝撃でローニャの手が椅子から離れてしまった。
その光景がスローモーションのように過ぎていく。
「ローニャ!!!!」
ナーニョは馬車から放り出されるローニャの腕を掴み、引き寄せる。
二人はそのまま馬車から転がるように落ちてしまった。
私はローニャを庇い、強く地面に身体を打ち付けてしまい、動けないでいる。
「お姉ちゃん!! お姉ちゃん!!」
じっとしていれば魔物が来る、早く、逃げなくちゃ。
ゲホゲホと息苦しく、動けない身体を無理やり起こしてローニャの手を引く。
「早く、隠れ、るのよ」
ヨロヨロと歩きながら草むらの中に入る。隠れなければ、あの時のように。
大丈夫、大丈夫。
自分にそう言い聞かせて隠れる場所を探していると、隠れるのにちょうどいい茂みがあった。
「ここに、隠れよう」
ローニャは震えながらも私の指示に従う。自分が犠牲になってもいい、ローニャだけは守り切らないと。
その一心で茂みに手を掛けた時、違和感に気づいた。
異界の穴だ。
なんて事だろう。こんな所に異界の穴が。
さっきの魔物はここから出てきたの?
異界の穴があると言う事はここから魔物が出てくるかもしれない。
どうしよう。早く離れないと。
私はローニャの手を引き、異界の穴から離れようと後ろを振り向くと、そこにはグルルと唸りながら魔物がこちらの方へと向かって来ていた。
「お姉ちゃん!!」
ローニャが叫んだ時、魔物がローニャに向かって腕を振り上げた。
「ローニャ!」
私は必死にローニャを抱きしめると同時に背中に痛みが走った。
「ローニャだけは守る」
母の指輪を握りしめて魔法を唱える。
「ターフィル!」
魔法は握りしめた指から放たれ、いくつもの水刃が魔物に向かっていく。
グォォォ!!
魔物に命中したのは良かったが、魔法の威力が強く、ナーニョはローニャを抱えたまま吹き飛ばされ、そのまま異界の穴の中に落ちてしまった。
目を覚ますと、私は柔らかな芝生の上に倒れていたようだ。
「ローニャ!!」
私は慌てて妹を探すと、妹は隣で倒れていた。
……息をしている。
良かった。
怪我もないみたい。
さっきは咄嗟の事とはいえ、やはり指輪を握ったまま魔法を使うことは危険だった。
「……デス? ……カ?」
先ほどの出来事で頭がいっぱいだった私は突然の声に尻尾を膨らませ驚いた。
その時に初めて私達が今いる場所を確認した。
声がした方を振り向くと、かっちりとした服を着こなした人間だった。
!!!!
耳が無い! 私は驚きを隠せなかった。焦って周りを見渡してみるけれど、先程まであった風景はどこにもない。
見上げると、空の高い場所に異界の穴がぽっかりと空いていた。
……あそこから落ちたの?
これでは帰る事が出来ない。
きっと向こうから異界の穴はすぐに閉じられる。帰る事はもう出来ない。妹も道連れにしてしまった事を後悔した。
「……デスカ?」
人間に声を掛けられてようやく自分の置かれている状況を把握出来た。
ここは人間の世界。
人間の男の人が何かカタコトで話をしている。その後ろには国王軍で見かけた制服を着た女の人も寄ってきた。
魔物から逃げ、人間界に来てしまった。
あまりの情報量の多さに私の視界は暗転した。