アイドルのイベントに参加してみた
先日、とあるアイドルのトークイベントに参加してきたので、イベント参加を通じて感じたことを綴っていきたい。そもそも、なぜイベントに参加したのか。
2ヶ月ほど前になるが、私はカードゲームの大会に参加していた。これは、相手の顔色を窺い、疑心暗鬼になりながら、相手が嫌がることをより多く仕掛けた方が勝利を掴むという恐ろしい遊びだ。朝8時スタートで勝ち進めば夜遅くまで試合が続く過酷なスケジュールの中、相手を罠にかけることだけを考えながら、息も絶え絶えに紙の束をめくっていくのだから健康にも悪い。
満身創痍で昼休憩をしていた時のことである。会場はホールがいくつも集まった大きなところで、別のホールでは同時並行でさまざまなイベントが催されていた。ベンチでパンを齧っていると、隣のホールのイベントの参加者らしき集団を目撃した。みんな、おしゃれな格好をして、和気藹々と楽しそうだ。お互いに写真を撮りあったり、珍妙なポーズをとったりしている。気になってどんなイベントか確認してみると、昭和のコメディアンのような名前のタレントのトークショーである。
我が身を振り返り猛省した。なぜせっかくの休日を不機嫌な顔を突き合わせがら、心身ともに消耗する遊びに費やしているのか。今からでも遅くはない。キラキラした世界に飛び込もう。
その後の試合結果は散々だったが、私の心はすでに別世界にある。早速手近で参加できそうなイベント探した。先着順でまだチケットが余っているイベントがあったので申し込み、参加費の入金を行った。アイドルのトークイベントだったが、普段どんな活動をしているお方なのかは知る由もない。だが、アイドルというからにはキラキラしたイベントになるはずだ。
イベント当日を待ちわびる日々が始まった。失礼がないように服を新調し、美容院で髪をセット、普段使わないメンズの香水も購入した。実に楽しい準備期間だ。
イベントの詳細を読むと、お手紙は受付にお渡しください、とある。なんと言うことだ。高い参加費に留まらず、手紙の提出まで要求されるのか。これでは大学の授業や会社のセミナーと同じではないか。釈然としない気持ちを抱えながら、郷に入っては郷に従えの精神で、文房具店でレターセットを購入、ずっと昔に見栄を張るために購入した万年筆を押し入れから発掘した。
だが、手紙の執筆は困難を極めた。なにせ相手のことをほとんど知らないのだ。応援メッセージを書こうにもネタが浮かばない。また、いわゆるファンレターというものを一度も書いたことがない人生だった。作法を調べたが、さまざまな意見があり、かつどれも信用に欠ける。まるで自分の決裁起案文書や選挙立候補者の公約を読んでいるようだった。
しかし、中身のないことで字数を稼ぐ能力を学生生活、社会人生活で鍛え上げてきたつもりだ。季節の挨拶や一般論でお茶を濁しつつ、一晩かけて当たり障りのない手紙を書き上げた。
ついに迎えたイベント当日、会場に近づくに連れて胸の動悸が激しくなっていく。恐ろしい古参のファンやイベント荒らしがいたらどうしよう、何か暗黙のルールを破ったために吊し上げを喰らうのではないかといった心配が頭を擡げたか、単に猛暑で体がへばっていたのか、またはどちらでもないかだ。
いっそイベントが中止になってくれたらとと言う気持ちで会場の到着したが、入場は整理番号順で大きな混乱もなく、横入りや場所取りで喧嘩が起きる心配が杞憂に終わり一安心した。
油断大敵だった。手紙を渡す受付が見当たらない。入場受付はスピーディーに進行し、手紙を渡す隙間がない。何より他の参加者で手紙を渡している人も見受けられない。結局手紙をカバンに抱えたまま、大いに混乱して会場に入ることとなった。予想外の事態にイベントが始まる前に、体力は限界を迎えようとしていた。
イベントが始まった。アイドルが登場し、明らかに自分より年上の参加者に対して、まるで保母さんが出来の悪い園児に話しかけるように挨拶をする。そしてそれに歓声で応える参加者たち。異様な雰囲気に、自分は一体何をしにきたのかという疑念が生まれる。
トークの最中、周囲からは笑いと拍手が連発されるが、私は手紙のことが気がかりでそれどころではない。また、笑いのポイントもわからない。ファンの間ではお約束のことかもしれないが、私は完全に初見なのだ。軽率に参加したことを後悔しながら、縮こまりながらイベントの行く末を見守る。途中、企業とのコラボということで何やら商品の宣伝が始まった。イベント会場で販売しているから帰りに買うようにとの号令がかかる。これ以上出費をしろというのか。疑念は確信に変わった。知らないアイドルのイベントに軽率に参加するのは危険だ。
アイドルがさっと裏手に引っ込み、イベントは終了する。その後は物販コーナーへの誘導が始まり、流れに逆らえず私も値段のわりに作りが安っぽいキーホルダーをレジに持っていった。
なお、手紙は帰り際のどさくさで会場スタッフに渡すことが出来たが、本人の手に渡るかは神のみぞ知るである。
キラキラした楽しい時間を期待して参加したイベントだったが、結果的にカードゲームの大会と同じようなダメージを負うことになってしまった。
暗い気持ちで帰路についたが、振り返ってみると、イベントが始まるまでの準備期間が期待で胸がいっぱいで楽しい気分を味わえたし、終了後の開放感も格別だ。楽なことばかりして達成感や幸福感を味わうことはできない。機会があれば、またイベントに参加しようと考えを改めた。 終わり