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猫耳義務化

作者: 雉白書屋

 ある日の首相官邸。今日、総理から重大な発表があるということで、大勢の記者たちが集まっていた。いずれもベテランばかり。しかし、やがてテレビカメラの前に現れた総理の姿を見た瞬間、我が目を疑った。

 総理は軽く会釈し、何かを言いかけた記者を手のひらで制すと(その記者は呆気にとられ、口を開いたまま固まっていたが)いつも通りのゆったりとした口調で語り始めた。


『どうもぉ、国民の皆さん……内閣総理大臣の岩場です。結論から申し上げます……来月から、すべての国民に“猫耳”の着用を義務付けます、にゃ……。まず、猫とはぁ……』


 生中継を見た人々もまた言葉を失った。白くふわふわの猫耳を頭につけた岩場総理が、「猫耳法案」について真面目な顔で語り始めたのだ。

 法案の目的は、国民全体に癒しをもたらし 、犯罪率を抑制しGDPを向上させることらしい。


『よって、皆様にぃはぁ、ただちに猫耳をご準備いただきたい……にゃ。私が現在着用している、この猫耳を推奨いたします。このように、耳が動きぃ、大変かわいいいです、にゃ。低所得家庭にはぁ、政府が無償で配布いたします。猫がお嫌いの方も、ぜひ一度お試しください、にゃ。来週から全国の小売店に並びますのでぇ、ぜひご着用ください、にゃ。なお、着用義務に違反した場合は、罰金を課しますので、そのつもりで……』


 翌週、全国の小売店で猫耳が飛ぶように売れ、街には猫耳をつけた会社員や学生、子供、老人、あらゆる年齢層の姿があふれた。

 不景気が続き、治安の悪化の一途をたどるこの時代。こんなことで何が変わるはずがない。馬鹿な発想を越えて狂っている、辞任しろ――そう冷ややかな視線を向けていた人々も、いざ猫耳をつけてみると、妙に心が落ち着くことに気づき始めた。

 そして数か月後、驚くべき結果が明らかになった。

 なんと、全国の犯罪率が30パーセントも減少したのだ。

 それだけではない。離婚率が低下し、街頭でのトラブルも目に見えて減少した。人々の表情は穏やかになり、満員電車ですら、どこかのどかな空気が漂った 。

 考えてみれば、さほど不思議な話でもなかったのかもしれない。かつて『暴走族』を『珍走団』と呼び変え、暴走行為への憧れを削ぐという試みがあった。それと同様に、猫耳という可愛らしい見た目では、犯罪を犯そうという気が削がれるのだろう。また、猫耳をつけていない者は目立ち、周囲からの監視の目が自然と強まるため、犯罪行為がしづらくなるという副次的な抑止力もあったのだ。

 それまでは「見た目が汚い」「品性に欠ける」「猫というよりカバ」「きもい」「食い方がおかしい」など、何かにつけてバッシングされてきた岩場総理だったが、猫耳義務化をきっかけに、その支持率は空前の高さを叩き出した。


 そしてある日、再び岩場総理は記者会見を開いた。猫耳を揺らしながら、彼はいつものようにねっとりとした口調でこう語った。


『国民の皆さん……最近、この猫耳にぃ、微弱な電波発信装置が内蔵されており……政府の統治が円滑になるように、皆さんの脳波を操作しているといった、まことに悪質なぁ、デマが流れておりますが……完全な事実無根なので、信じないでください、にゃ。さて今回、新たに“猫の尻尾”の着用を義務付けたいと思います。これはぁ……専用アプリと連動し、相性の良い相手が近づくと、尻尾が反応し、互いに絡み合う仕組みになっております。これが交際のきっかけになり、結婚率の上昇、ひいては少子化の改善につながると考えております、にゃ』


 この発表も、国民は穏やかに受け入れた。

 その後、岩場総理は公務を終えると、猫モチーフのピッチリとしたボディスーツに身を包み、夜の街に出没するようになった。

 彼はネコである。

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