第9話 家主は何をしたいのか?
多知獺が茉歩に渡したのは、アクセサリーだった。
ただし、文字が刻まれた『切先』のような形にしてくれたネックレス。コードは金属製じゃなく、合成樹脂を長さ調節しやすいようにしてくれたものだった。
表は『三本杉』。
裏は『道河茉歩』。
なんとなく、身分証明書に近い風合いだったが、カッコいい手作りだと茉歩は気にしない。さっそく装着すれば、怪我しないように刃の部分を凸凹に叩いていて触り心地が良かった。
「それ、いちおう……この村にいるときの身分証明。鍵のコードも組み込んであるから、一部セキュリティ用のAIもある」
「え!?」
「住み込みで、福祉就労すんなら。そんくらいは持ってろ。ナンバーカードはこの村じゃ意味ないし」
「はえ!?」
「驚き過ぎぃ。シュー、こん子意外と戦力。慣らしていけば、うちらくらいの家事レベルこなせそ」
「……マジ、か?」
「ん。途中で成果見してもらったから、リクエストも軽く聞いた」
ごはん食べよ、と璐羽に引っ張られたかと思えば。何故か璐羽の膝の上に抱っこされてしまい、ごはんのぶっかけそばはトレーの上に。
「……その姿勢でいろ。投薬の馴染みが良い分、慣らしておけ」
「あ、はい? なんか、あたし……赤ちゃんみたい」
「枕と思えばいーよ。シューは助手兼でぬいぐるみぽくしてるけどぉ?」
「……枕」
そう思えば、気持ちがいいかもしれない。鼻につく甘いフレグランスはAIだから調整してくれているのか、ごはんが先なので食べることにした。
せっかくの、採れたてで揚げたての山菜天ぷらを。水だけをつなぎにしている分、軽くてサクサク感がたまらなかった。適当に食べていただけの、出来合いの食事よりもチェーン店の外食よりも美味しい気がしたのだ。
いや、むしろ美味しいもの。
「……栄養足りてなかったのか」
「シューが言える? 発症すると、寝込みがちだったじゃん。精神病はきっかけがほしいんだよ。そーゆーのの」
『茉歩ぉ? ボクが食べたい天ぷらとろっか? その間におそば食べてー』
「う、うん! おいひ……おいひぃ!」
仮入院もしたことはあったが、病院食のあったかい食事とも全然違っていた。
誰かと囲む、初めて食べている食事。
その温かみを、ずっと求めていたかもしれない。夢中で食べていれば、横から天ぷらがひとつ出てきた。振り向けば、多知獺が箸でひとつ摘んでいたのだ。
「ん、食いな」
「あ……はい?」
「自分で収穫したもんだろ? 余計に美味いか?」
「! はい! すっごく! 苦いの気にならないです!!」
顔に不機嫌のような表情が出るだけで、気遣いが出来ないわけじゃない。そんなひとつの気づきが分かれば、素直にかじりついてみた。あらかじめ、粒塩を振っててくれたのか余計に美味しく感じた気がする。
そばもつるんと喉越しが良くて、間接的に冷却したかけつゆとの相性も最高だった。
「具体的な診察は、明日してやっから。今日は璐羽に見てもらいながら寝な?」
「ふぁい……」
障がい者に認定されてから、ここまで健康的な生活は久しぶり過ぎて。琳は医師でもあるので、璐羽に抱っこされながら素直に頷いた。