第4話 久しぶりの癒しなのに
AIが導入される以前は、ふわもこの人形たちに囲まれた生活を送っていた記憶があった。茉歩の両親は世界各地を飛び交う営業職を仕事にしていたため、代わりにと子どもが喜ぶようなふわふわやもこもこのぬいぐるみを買ってくれるようになった。
いつもいっしょに居られないのなら、と慰めついでに寄越してきたそれを……茉歩は幼い頃は嬉しいとは思ったものの。年を重ねていけば、逆に虚しくなる気がした。
もともと、人恋しい気持ちがあったのだろう。増えていくぬいぐるみたちを眺めていくと、両親のいない空間を物悲しく思うだけ。保育園や小学校とかの入学式や卒業式は形式張って、半日来場する以外は戻って行ってしまう。自分の子どもへの無関心さを実感すれば、心労を患うのも意外と早かった。茉歩が自宅でぬいぐるみたちに埋もれても、埋めようの無い親の愛を求めるのもまた同じく。もごもごと埋もれてもやはり柔らかい感触と比例して、心が冷えていく。
進学しても、就職に道を歩んでも根本的には変わらない。虚しさが胸中を占めていて、他は何もかも無機質に感じてしまう状況に陥る。上司らからの嫌がらせ行為を、幼少期から知り合いの医者に伝えれば『心を病んでいる』と診断された。所謂、精神障害だと診断された時はショックを覚えたが、幼少期の医師が言うには珍しいことでは無いし、茉歩の養育方法では可能性はあったと教えてもらえた。記憶の行き違いもそこからだ。
(……私が変なの、周りの所為なの?)
医師は曖昧な説明をしてくれたが、茉歩の気落ちは傾くばかり。程なくしてドクターストップという措置で引きこもり生活を始めたが。虚しさは増すばかり。両親は、大学の在学中に飛行機事故で他界。焼死の死体を見た時も、悲しみより虚しさしか出てこなかった。数年ぶりに見た身内であっても、半端な親愛しかお互いないと湧き上がる悲しさがないのは悔しいと思っていたのに。
だから、自力で来た僻地での蕩けるようなふわふわに……初めて『癒し』を覚えた気がした。例えるなら、最高級の羽毛に包まれたうな。むぎゅっと抱きついていれば、ぐいっと後ろに引っ張られてしまう。
せっかくの、癒し効果から眠気MAXだったのを起こされれば。上を見るとエメラルドグリーンの目がギラギラと茉歩を見下ろしていたのに驚く。
「……キレー」
ただ、何処かで見たようなのは気のせいか。見続けていると、ぐいっと上に持ち上げられた茉歩はその目と向き合うことになった。
グリーンの目はもふもふのAIではなく、浅黒い肌の男性。苛立ちが全面に出ているが、茉歩はさっき見かけた美人イケメンでない彼には見覚えがあった。大声を出そうとしたら、もふもふに口を塞がれてしまう。横を見れば、さっきまでしがみついていたもふもふAIの璐羽だった。
『茉歩。この人がボクのマスター。多知獺柊司』
「ふぉのひほ?」
『うん。琳は途中まで運んでくれたんだよー? けど、マスターが来たらポイって』
「……こいつはなんだ、璐羽」
低い声なのに、涼音のように響き渡る気持ちになった。リラクゼーションの時に、鐘を鳴らすあのしじまに近い。体に染み渡っていくような、あの優しい響きだ。
聞き惚れていても、探していた本人は不機嫌丸出し。おそらく、さっきの美人イケメンに押し付けられたのが嫌なのか。もしくはいきなり他所者の茉歩が来たせいか。どっちとも取れる視線と言葉遣いに、ひとまず改めて挨拶しようとしたら。
目が合った瞬間に、一瞬向こうが呆けたかと思えば……茉歩の体を璐羽に押し付けていく。びっくりしたが、さっきも感じたふわふわもこもこには癒される気持ちがあふれてきた。子どもの頃に、ふかふかしたぬいぐるみに囲まれ……何度かは気持ちよく寝てしまったアレと。璐羽も腕をぽんぽんしてくれて、多知獺の指示なのか茉歩を落ち着かせくれていた。
「……気持ちいい」
「璐羽に包まれて、そんな状態だ。深層部分が傷んでんだろう? まずは休め」
「へ?」
「顔は知ってる。システム課の道河か。……馬鹿部長の命令で俺を戻せって言われたにしては、お前の方が重病だな」
今気づいたが、場所はあの滝の近くではなく。一軒家のような家屋の中に、どうやら移動させられていた。ふわふわのAIである璐羽には抱っこされるように抱えられて……今の茉歩は治療させられている。
予想だにしない展開ではあるが、璐羽の温もりはただふわふわ以外にも作り手のココロが伝わってくるような『優しさ』を感じたのだ。
意思レベルが確立しているAIだが、ぶっきらぼうに見える製作者の多知獺は……表情と行動が違う人物だと茉歩は興味を抱く。これでも食えと投げてきたラップの包みは大きな茶色のお饅頭。
「甘い……の?」
『マスターお手製! おばあちゃん仕込みの伝統お菓子!』
「……うっせぇ。糖分摂取は適度に摂れよ。豆類の甘味は特に重宝されているんだ」
あとを璐羽に任せたのか、奥の扉を開けて入っていく。一瞬、鉄が焦げた香りがしたが……両親から臭ったアレではなかった。もっと込められた何か、と感覚で違うものだと断言出来る。
それと、ここに来る前の家で見たあの特集を思い出す。彼が注目を集める特異な技法を持っていることを。
「……刀、って。作っているんですか?」
茉歩の言葉に、多知獺は中に入るのを止めた。振り返ったその顔は怪訝そうにしていたが、不機嫌なものではない。茉歩もその表情を見て、饅頭を手にしたまま首を折った。それに不可思議そうになるのは璐羽も同じだったが。
『茉歩?』
「私、ここに住むのダメですか!」
「は?」
「患者ですけど……ちょっとは掃除くらい出来ます。お仕事、邪魔はしません! 使いっ走りでもいいんで、璐羽ちゃんといっしょに仕事させてください!!」
『ボクと?』
向こう鉄炮な発言だとはわかってる。便利な都会とは無縁の生活なのも重々理解しているつもりだ。でも、だけど、と。この土地に来て『生きてていい』と素直に思えたのだ。
医師への連絡はもちろんだが、実質上司になる多知獺に頼み込んでいた。引きこもりがちで、障がいを抱えている女でしかないが。親以外にいっしょに居たいと思う相手が出来たのだ。人間でない存在と、ぶっきらぼうでも底辺女へ不器用な気遣いをしてくれる温かさ。
勝手ではあるが……離れたくなかった。そのわがままからだ。
多知獺と向かい合うが、茉歩は彼と向き合って言葉を待つ。患者で置いておくつもりだっただろうが……と考えているだろうが、と答えをそのまま待った。
ただ、回答をしたのは多知獺ではなかったが。
「いーんじゃね? 雑用つーか、家事教えればシューは修行に打ち込めるし」
「琳!?」
いなくなっていたイケメン美人。また綺麗な名前だと思ったら、目が合うと持ってた新聞紙を丸めてポンと叩いてきた。
「山菜取り」
「はい?」
「今日の夕飯の支度からやんな。璐羽に種類とか教えてもらいなよ。天ぷらにしてかけ蕎麦はうっまいよ」
「え、あ?」
『了解! 茉歩、いこーよ!』
「ちょ、ま!?」
茉歩と多知獺が慌てている間に、段取りが決まってしまい。璐羽が茉歩を引っ張って、籠とかを準備して行ってしまった。残された多知獺は言い出しっぺの琳を睨み込む。
「雇うとか言ってねぇ!」
「実際いーじゃん。就労支援ってことで居させれば、シューも居たあの会社には顔が立つ」
「……元部下をこっちでもって」
「それ以上の理由にもなんじゃない? 煌めきに惹かれて来た子。しかも『二回目』」
「バレ……てたか」
「気が熟せば来るさ。言う時は」
「……そうだな」
多知獺は首に引っ掛けてた手拭いを、頭に巻く。ここからは見習いではあるが『刀匠』の顔だ。