第3話 技術の秘匿
信じられない、としか茉歩の目には映っていなかった。ほとんどアンドロイドと同等の機械の個体。内蔵されているのはあくまで『AI』にしても。
開発者がこれから対面を望んでいる『顔も知らなかった上司』とくれば、納得してしまうのも無理がない。自然体に限りなく近く、環境に適応し易いアンドロイド型のAI。外見を人間体にしないのは、一応法律を守っているからだろう。
化学側では、クローン個体での国際問題が現在でも頻繁に起きる。そしてそれは生命体以上に『人間の精神』へ大きく影響されてきた。いくら同じ外見であれ、中身は他人。クローン体自身も、周囲にも自決する者が多発した事件はまだ新しい。
だから、政府や世界同盟は『アンドロイド型の人間体は、福祉支援以外では製造禁止』。と法律が可決されそうな状態にも進展している。精神安定、個体識別出来るようにまで構成しても……開発者として、そこは守ったのは。法律の関係か、メディアに掲載されたせいか。
居住先のここに、不評を持ち込まないためか。とにかく、茉歩も開発部門の下っ端だったのでそれくらい考察してまう。
「……マスター、があなたの製造者? 多知獺さん?」
『うん。ボクの製造者はその人。わざわざ、公共機関が改善されてない田舎へようこそ。……マスターを連れ戻しに?』
思考の回路事態も、ほぼアンドロイド。しかし、あくまでAI。攻撃手段も防衛機能として、搭載されていることは想定出来ても。茉歩はもともと、多知獺をあのゴミゴミした都会の中と腐り切った開発部門に連れて帰る命令に従うつもりはないでいた。
なので、警戒レベルを上げてきた璐羽にも首を横に振ることで意思表示する。
「いいえ。言い方が悪いだろうけど……連れて帰る命令には従わない。あたしも、あそこが嫌になっていたの。退職寸前だったし、使いっ走りにされただけよ。ここに来たのは……隣の県だけど、故郷に近いなって。ここまで不便なままなのはびっくりしたけど」
嘘はついていない。パワハラやモラハラの被害にて、精神障がいの手帳を持つように医師から提案された程だ。ドクターストップにて、休職願いは受理されるも……ある程度の在宅ワークだけはこなせと命令された。まだ障がい年金などの支援金の申請も出来ない段階だったため……医師の補助もあって、生活の生計程度には仕事をしてきたが。
いい加減、送信してくるレベルに限界を感じた。これはもう退職するしかないほどに。そのため、人事には無理矢理にでも退職届を押し付けた。主治医にも、受理するように顧問弁護士経由でそれは押さえてくれた。しかしながら、この命令を出したパワハラ上司は納得がいかないのか、精神障害を愚か者扱いにしか認識してないタイプなので。
茉歩に、最後の命令としてこの出張を寄越してきたのだ。それでも、茉歩は良心の範囲で突発的な行動中に医師にも相談していた。
『退職前の旅行にしておいてほしい。扱いは有給消化』。
もっともらしい事情にしておけば、あのパワハラ上司も下手に手出し出来まい。何故なら、医師経由で耳にしたが……辞令で降格と地方会社の左遷が決定済みだと。それが当人の耳に入るのは、上役の判断で茉歩の退職日にしてくれているそうだ。
それらを、目の前の動物型AIに説明もしていく。事情はどうであれ、茉歩個人としては多知獺にはきちんと挨拶したいし。場合によっては、福祉支援の関係でAI製造を依頼したいと……璐羽を見て思った程だから。
『……マスターに、依頼したい?』
「金額などの問題も大きいだろうけど……まずはちゃんとお話したいわ。無理を承知でも、『依頼希望者』であれば……あなたの判断は、どうかしら?」
『あ、うん。そういう人なら……ただ、ボク以外の個体はここにきてからまだちゃんとは創ってないけど』
「そうなの……?」
『普段は実家の稼業の修行をしているんだ。ボクの方も、あくまで趣味範囲って言ってた』
「いやいやいや!?」
開発部門でも、製造側の変わり者は多数いるのは知っていたが。この個体を『趣味範囲』で製造可能にする技術者の腕前に、感服以上に呆れそうになってしまった。データの内容によれば、まだ三十歳手前。たったひとりで製造したにしても、趣味の範疇を越えすぎていたと判断出来る。
「……うっさいね。璐羽、どーかした?」
茉歩が大声を出していると、横から男性が出てきた。多知獺本人かと思ったが、振り返えればデータで見た本人写真とは別人。あと、途轍もなく美人レベルのイケメンだった。
「……ど、どちら……様?」
「こっちの台詞。こんなど田舎に、なにしにきたのさ?」
美人の表情変化はなにしても良いとか、聞いたりはしていても。初対面でそのまでの顰めっ面をされるのは、さすがに心へ軽いダメージが。説明しようと口を開きかけると、いきなりもふもふした感触に包まれ。
『茉歩はだいじょぶ!! むしろ、患者さん!!』
「患者? 顔色悪く……なくもないね。心療内科レベルか。璐羽が認証してるなら、シューに会わせてもいいか」
『そ! 手帳所持手前レベル。療養させてあげよ!! マスターを追い詰めたあの野郎の被害者かも!!』
「ん。それなら、尚更だね。俺が村長には滞在許可出しとくから、璐羽はシューんとこに」
『はーい!』
包んでくれたのは、璐羽だったのはわかるが。体毛に使っている繊維が、人造毛じゃない本物と酷似した感触が素直に気持ちよくて……。
「ね……む」
これまで、導入剤無しで睡眠が困難だった肉体が。この感触のお陰で、気を失う勢いで意識が落ち込んだのだ。遠くで美人イケメンの驚いた声もした気はするが、とにかく眠くて堪らなかったのだった。