キセキの始まり
ある日楓が目を覚ますと、雲の上だった。
「貴女は異世界転生の権利を得ました!」
目を開けた瞬間に耳に入ってきた高音が不愉快に聞こえるのか、その声の主を睨みつける。
声の主は腰まであるストレートの赤髪で、天使のような純白のドレスを着ている。
「そ、そんな睨みつけなくてもいいじゃない」
「これが普段通りなのでお構いなく。ところであんた誰?」
「あんたって……。一応これでも神なんだけど……。」
「へー」
楓は無神論者だ。当然神とかそんなものに敬意の念を払う気はサラサラない。そもそも転生できるとかいう話自体、突拍子もなく馬鹿馬鹿しいと思うようで眉をひそめている。
しかしその瞳にはほんの少しだけ期待が見え隠れしていた。
「で、どうして私が?」
「貴女前世に満足していないでしょう?」
「それはそうだけど……」
核心を突かれたようで言葉が詰まる。
実際人生に満足していないどころか、やり直したいとまで思っているのだ。
「人生やり直せるのよ」
心を読んだかのような発言に息を呑む。
「……本当に?」
「ええ。でも、この世界にいる邪神全てを退治してほしいの」
最初からそうだったとはいえ、あまりにも現実離れした世界観に、もうついていけないようだった。楓はぽかんとした表情を浮かべている。
だが女神はそんなことお構いなしという様に話を続ける。
「……頼むわ。今私がワンオペでこの世界の安寧秩序を保とうとしているのだけれど、流石にもう無理で」
ふと楓はブラック企業で働いていた父親のことを思い浮かべた。
――ブラック企業で働くしかないやつって本当に馬鹿。
あいつだって結局体も精神も壊して自殺したしな。
「めんどいんだけど」
「なら転生特典つけないわよ」
「はぁ!?……わかったよ」
――転生特典が何かは知らないけど、よくわからない世界に無防備で飛び込むわけにはいかないだろ。
絶対に断れないようにしてくるあたり、こいつやってんな。
溜息をつき、ぶっきらぼうに楓は答えると、女神の目を見て言う。
「転生特典って何?」
「よくぞ聞いてくれました!なんと、楽々異世界攻略できるようになるチートよ!」
――楽々って……
曖昧なままで何も変わっていないと
「何が欲しい?少しぐらいは決めていいわ」
軽く呆れながら聞いていたがそう言われ、楓はつい本音が出てしまう。
「1つのことを気が済むまで、極めたい!!」
突然叫んだことが恥ずかしかったのか耳が赤い。それを隠すかのように女神の目を強く見つめる。
そんな楓を見て驚いたような顔をする女神。すぐに軽く微笑むとこう答える。
「この世界では炎魔法が最弱と言われているの」
「極めろ、と?」
「いい話じゃないかしら?1つを極めたい貴女にとって」
「……そうだな」
――流されている気もするが……。
1つのことを極められるなら、まぁいいのかもしれない
「あと、言語がわかったりとか、生活に困らなくしてほしいんだけど」
「それは当然よ。条件を呑んでもらっているのだから」
――そういうところはしっかりしてるんだな
一周回って感心している楓。
「特典の内容は終わりっと。ところで貴女の名前は?」
「……東雲楓」
楓は知らなかったのかと悪態をつきたい気持ちを抑えて答える。ここで機嫌を損ねてしまうのは愚策だと思ったのか。
「私はソール。暫くの間よろしくね、楓」
その言葉が聞こえると、目の前が暗くなる。
それと同時に楓は意識を手放した。
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――少しは太陽の女神の加護を与えてもいい、わよね?
この子のおかげで、私の“欠け”が埋まるのなら