貴方が抱き締めて③
私と
「夫婦になることだ。」
え
「ふうふ?……、え?」
侍の意外な言葉に頭は追いつかない。何がどうして、そうなるんだ。と繰り返している。
ふむ
突然の求婚に戸惑っている花嫁に(いやいや、すんなり受け入れてくれる方がどうかしていると思うが。)どう攻略しようか考えを巡らせていた侍は、何も無い所へ腰掛けると引き寄せているあかねの腰を自身の身体に
ぴたり
と付ける。そして、そのまま腕を肩へ回させる。ここまでしても、あかねの反応は無い。それ程までに衝撃を受けたようだ。侍はあかねが反応するまで、ちょっかいをかける事にした。
肩から鎖骨、首筋、顎に頬、そして、耳。ここまで来てやっとあかねが反応した。
みぎゃあ
怒った猫のような声を上げる。どうやら、一番弱い所のようだ。首まで赤くした。
何
「すんだよ。」
私の
「愛しい”妻”に口づけをしていただけだが?」
平然と言う侍に、あかねは怒った。
嘘
「つけ、そんな風に思ってないくせに。」
絶対からかってるだけだろ、とむくれている。
いや、あかねが言う以上に侍はあかねに心惹かれている。
あかねの”本心”は侍にとって心地良いものだった。自身の生命を削り傷を癒した時も、侍を叱り飛ばした時も、侍の為に死を選んだ時も、嘘偽りがないのだ。
(心地が良い。とはこんなにも満たされるものか。)
それは今まで感じたことの無いものだった。どうにかこの感情を言葉にする術を探す。
この娘の全てが自分を捉えて離さない。
この娘の隣で生きて、その心と温もりを手に入れられたならどんなに”満たされる”だろう。
…
「愛している。」
口をついて出た。しかし、合っている。今のこの感情を表すにはこの言葉が一番相応しい。恋しい、や慕っている。だけでは到底足りない。
え?
「何て?」
「愛している、と言った。」
??ん?
不思議そうな顔を浮かべる。そんな言葉は聞いたことがない。
私
「があかね、お前を心から好いているという事だ。」
…
「…それは、良かった。」
と、また斜め上の答えが返って来る。どうやら、伝わっていないようだ。ここまで来て何故そんな風に捉えるのか分からないが、このままでは
「何かを好きになる気持ちがあったんだ。」
と言いそうなので、早めに口を塞いでおくことにする。実際、あかねの魂からそれが
ひしひし
伝わってくるからだ。
もう
「少し、黙っていろ…。」
とあかねの唇を塞いだ。
んっ
「…ん……んぅ…ん…。」
侍は夢中であかねの唇を貪った。自分の感じている感覚に加え、あかねの感覚まで伝わってくる。最初羞恥と快楽とが入り混じったそれは、次第に快感一つに変わっていく。時々少し離しては、その
とろん
とした表情を見る。これであかねは分かってくれるだろうか?侍の中に流れて来つつある激情を。
(このままここでー、)
一つ
「になるのも、良いか。」
侍はあかねを離さないまま、仰向けになって倒れる。しかし、ここは心の中。
どさり
と行くわけもなく、まるでそこに柔らかい羽毛でもあるように、ゆっくり沈んでいき丁度何かに寝転んでいるかような体勢になる。
あかねの髪をかき上げ、逃げようとする腰を捕まえる。
が、そこでやっと動きが止まった。ゆっくりあかねの唇を離すと、胸に抱く。あかねは力が入らず、されるがままだ。
もう少し
「していたかったが、そろそろ限界のようだ。」
?
あかね
「これ以上居ては、自分の身体に帰れなくなる。それに、これ以上は生命力も送れないようだ。」
……?
何故か、声が出ない。
(あれ?声でない。)
さて
「あかね、これで私のお前に対する気持ちは分かったな?」
……
返事も無く、頷くことも無い。ここまでして分からない筈がない。ならばと、だめ押しの一言を付け加える。
私
「にとって、あかね、お前はこういう行為をしたくなる唯一の存在だ。他の誰でもない、お前だからだ。」
あかねは侍の言葉に顔を赤くする。勘違いしていたこともあるが、告白されたことなど一度もないのだ。それもこんなにも情熱的に。
あかね
「お前の身も心も全て手に入れたい。私の側で共に永劫の時を生きてくれ。」
……うん。
小さく頷く。それが伝わって侍は少し力を込めてあかねを抱きしめる。
(愛おしい、とはこういうことか…。)
ここ
「から、出るぞ。」
侍はあかねを抱き上げ、歩き出す。当然あかねは怖がった。しがみつくだけの力も無くなっていたあかねは、それでも目だけは瞑って侍の胸に顔を埋めようとした。侍はあかねの頭に口づけてから、
そう
「怖いなら、別の事を考えていろ。」
(…じゃあ、聞いていい?)
「……何だ?」
(やっぱり、聞こえるんだ。)
ああ
「全てな。」
侍の言葉に、あかねはまた顔を赤らめた。
(…じゃ、その、…してる時も?。)
「もちろん。」
…………
もう、蛸としか言いようがない。首筋まで赤くなっている。
(恥ずかしすぎて、もう無理。)
私は
「嬉しいがな。きちんと感じて貰えて。」
(………)
今ので完全に聞きたい事を忘れてしまった。
既に侍にまで伝わるくらい熱を持っている。指先までほんのり染まったその人は侍の眼には可愛らしく、そして愛おしく見える。
あかね
「ここから”記憶の渦”を通る。不快な記憶が多いが、許せよ。」
(記憶?)
ああ
いつの間にか周りは景色が出来つつある。暗いが石造りの城なのだろうか、大きな建物の前に血まみれで横たわる美しい女。
その前に佇む赤ん坊。赤ん坊の目に表情は無く、まるで地面に転がる小石でも見るかのように女を見ている。よく見ると2人の手には剣らしき物が握られている。ということは、2人はここで”殺し合った”のだろう。
場面はすぐに次へと変わる。少し大きくなった子供は大勢の兵士達に囲まれ攻められている。子供は傷つきながらも異常な強さで蹴散らしていく。それは子供が少しずつ大きくなっても変わらない。兵士達の格好が様々に出てくるのは、色々な国から生命を狙われているということだ。
子供はどんどん大きくなり、やがて特定の部族の中で暮らしているようだった。その部族の1人の少女と何か言い争うようにしている。
少女は息を飲む程に美しい顔立ちをしているが、着飾る事無くまるで戦士の様な格好をしている。周りの部族の者とは違い、その少女だけは尖った耳をしている。それが彼女の美しさに神秘性を添え、神々しささえ感じられる。この記憶が今までで一番長い。
そこからは記憶が過ぎていくのが早くなる。何も無い島国に、神子を思わせる様な人々が出てきたかと思えば、煌びやかな衣を着て長い髪を引きずる様にして歩く女や烏帽子姿の人々。が出てきたかと思えば、すぐにあかね達の村が出てくる。
しかしどの記憶も色褪せたような感じで映る。だけでなく、時折白と黒の2色のみで出てくることがある。それが何を意味しているのか、侍の心の中を見たあかねには分かった。
(こんなにいっぱい覚えてるのに。)
侍の記憶を見るに、恐らく生まれた時からの記憶があるのだろう。そしてー。
覚えて
「いても、碌な記憶がない。」
侍は温度のない声で言う。それ程に感心が無いのだろう。でも、それも分かる程に侍の記憶は辛いものばかりだった。あれだけ多くの者達から生命を狙われれば、他人を恨みたくなるというものだ。
だが、侍はそこまで腐ってはいないようだ。
それでもー、
(何でそんな事言うんだよ。)
ふふ
「怒るのはあかね、お前くらいだ。」
侍はもう、この娘の心遣いが嬉しくて仕方がない。
可哀想
等とは感じていない。そんなありふれた同情ならこの心は微塵も動かない。色々な感情を通り越して、自身に降りかかった事の様に感じている。泣いている今も、心の底から悲しくて泣いているのだ。そこには何の打算もない。侍に取り入ろうなどという気持ちも皆無なのだ。
その涙を啜り上げるように眼に口づける。もう、この娘から眼を離せそうにない。今すぐこの場で押し倒して滅茶苦茶に愛したい。
(馬鹿野郎、もっと怒れよ。怒っていいんだよ。)
ますます泣くこの娘はそんな事はお構いなしだ。
そう
「だな。だが、代わりにあかね、お前が怒り、涙してくれた。私はそれで十分だ。」
そう、過去の事などどうでもよくなるくらいに。あかねの魂から感じられるのは、深い海の様な温かい心。過去にも現在にも感じることさえなかったものがあかねから溢れてくる。それを全てかき集め、飲み干してしまいたくなる程に心は乾ききっている。あかねの心に触れた時、初めてその事に気付いた。
記憶はいつの間にか途切れ、周囲が次第に赤みがかってくる。何処だろうかと思っていると、体に力が戻ってくる感覚がある。
た
「立てるから、…もう下ろして。」
「断る。生まれたての仔鹿のような歩みより、私が抱えて歩いた方が早い。」
ぐ
とあかねは言葉に詰まった。が、高所に対する恐怖のほうが強い。侍はあかねを更に高く抱く。意地悪ではない。
私の
「肩に掴まっていろ。」
「…。」
あかねは素直に侍の首に腕を回した。それ程に怖いのだ。当然、また密着する形になるが、そんなことに構っていられない。半分侍の髪に埋もれる。しかし、さすがに侍の首の方には顔を向けられないので、肩の方を向く。それでもあのいい匂いはする。その香りにまた少しだけ、気持ちが軽くなった。
それから幾分も行かないうちに、侍が足を止めた。薄い赤と向こう側は白く見える。
侍はゆっくりあかねを降ろす。
あの
「白く見える所からが、お前の身体だ。」
暗い
「道の時みたいに落ちていったりしない?」
あの時の恐怖が
ふ
と脳裏を過った。あの時程生きた心地のしない瞬間は無かった。いや、死にかけていたのだから、”生きている”のとはまた別かもしれないが。
ああ
「大丈夫だ。肌と肌を密着させている。その心配はない。」
え?みっちゃく?
「………っ、な、何で??」
侍は胸元を開けながら
こう
「私の胸の上にお前を置いている。肌が触れ合っていなければ、そもそもお前を助ける事も出来なかった。」
と実演してみせた。あかねは赤くなったがぴったりくっついている侍を
ぐい
と押しのける。これ以上意識しないようにしなくては、またさっきのようになってしまう。
やって
「みせなくていいから。…じゃ、行くから。あっ、」
行こうとする肩を再び引き寄せ、もう一度口づける。が、すぐに離した。
や
「…びっくりするから、止めろよ。」
口元を押さえて俯くその人の赤く染まった耳に囁く。
あかね
「お前は私のものだ。目が覚めてもその事を忘れるなよ。」
その声は色みを帯びて、甘く聞こえるが屈してはだめだ。飲み込まれそうになるのを振り払おうと頭を振る。侍はそれを見て
ふ
と笑う。その時、あかねは初めて侍の魂から温かさを感じた。
あかねの手にまた口づけてから、
そ
と名残惜しそうに離す。そのまま行ってしまうかと思ったが、赤みの残った顔を上げて眼を吊り上げた。
何か
「上手く誤魔化された気がするけど、眼が覚めたら覚悟しとけよ!しこたま説教してやる!」
ああ
「楽しみにしている。」
もう!
と怒りながらあかねは消えていった。
ようやく身体に戻れるあかね。
と、あかねの事を好きになったと言う侍。
これから2人はどうなるのか?侍は、あかねを惚れさせることは出来るのか?
更新日は活動報告に掲載いたします。