貴方が抱き締めて②
「ここは、”私の心の中”だ。」
え?
聞き慣れない言葉に、頭が追いつかない。
こ
「ころの、なか?」
そうだ。と少年は深く頷いた。あかねはてっきり夢だと言われると思っていた。いや、もしかしたら夢であっても
これは、夢だよ。
なんて言ってくれないかもしれないが。
それよりも何よりも、聞き慣れない言葉を聞いた。”心の中”とはどういう事だろうか。今目の前にいる少年はあの侍なのだろうか。聞きたい事は山程あるが頭が追いつかない。いっそ考えるのを止めて寝てしまいたい。
普段使わない頭を
ぐるぐる
回転させていると、少年が手を伸ばし頬に触れてきた。
先程の
「あれは貴女の生命を削る。私には、必要ない。」
そう言う少年の目は何処となく寂しさを帯び、声にも一縷の期待も無いように聞こえる。この位の年の子が出していいものではない。それが悲しくて腹立たしくて、どうしようもない。
うう
堪えきれず、涙が出た。
あの暗い場所と違い、涙がでているのが分かる。
ぱたぱた
と少年に握られている手にも落ちている。少年は両の手で包んでくれた。
何故だ
「貴女が泣く必要はない。」
な
「んで、そんな事言うんだよ。」
あかねは少年の胸ぐらを掴んで引き寄せた。少年はその手を外そうとしたが、あかねのその眼に
は
っとした様子で、動きが止まった。
その
「眼、私は知っている、その眼を。何故貴女なんだ。」
目?
「って?」
あかねは、思わず手を離した。
よろよろ
2.3歩後ろに下がった少年の顔に、一気に赤みが差す。口に出したつもりがなかったらしい。
い
「や、何でもない。」
と言う割には相変わらず顔を赤くし、また
ぶつぶつ
言っているものだから、あかねはもうすっかり怒る気が失せてしまった。
はあ
「もう、いいよ。」
でもさ
と少年の眉間の皺を
ぎゅ
と押した。咄嗟の事に驚いて力が抜けた表情には随分と子供らしさが見て取れた。
あは
「は、そっちの表情の方がいいよ。こーんな、」
あかねが自身の眉を
ぐ
っと寄せて皺を作る。
さ
「難しい顔してたら、体に悪いよ。気も滅入っちまうしさ、”毒”だよ。」
ね
と少年の顔を両手で挟む。少年は一瞬沈んだ表情をしたが、直ぐに
ふ
と破顔った。哀しそうな笑みを浮かべてあかねの手に自身の手を重ね、そのまま口元まで持っていき、掌に口づけた。
え
口づけた瞬間、少年は
ふわり
風の様に消えた。驚いて辺りを見廻す。
きょろきょろ
していると突然後ろから、
何
「をしている?」
声がかかった。侍の声だ。あかねは飛び上がって驚いた。
うわ
「…な、何だよおどかすなよ。」
振り向くとやはり、侍がいる。しかし、あの暗い場所で会った時の様に赤と金の瞳で見た目も随分年若く見える。侍はあかねの様子を見て、
くすくす
笑っている。
(…へえ、こんな風に笑うんだ。)
それで
「お前、ここまでどうやって来た?」
先程とは違い、眼光が鋭い。何だか呑まれそうになるのを
ぐ
っと堪えた。大昔の吉二郎が怒ったときの気迫とよく似ている。だから、悪い意味で慣れっこなのだ。
わ
「分んないよ。気が付いたらここに居たんだもん。」
…
「ここは私の心の中の一番深い場所だぞ。」
そんな
「事言われても…、海で溺れて死にかけて、暗い場所で魂喰われそうになってるとこをあんたが助けてくれて、一緒に自分の体に戻ろうとしてるとこまでは、覚えてるんだけど…、そこから覚えてなくて。」
ここへ
「来る前に、魂自体が触れ合っていたということか。」
あ
「れ?覚えてないの?」
ああ
侍はここは記憶があるのではなく、心に刻み込まれたものの保管場所の様なものだという。だからこそ、何も無いのだとも。
それ
「じゃ、だめだろ。何だよそれ。あんた、自分で自分の事虐めちゃだめじゃないか。」
…
「私の周りには、悪意ばかりがあったのだぞ。」
静かに眼をぎらつかせたが、あかねには通用していない。それどころか、更に詰め寄ってくる。
だからって
「そうやって”いじけて”たって、何にもなりゃしないんだよ。」
いいかい
ずい
と寄ってきて侍の胸ぐらを掴む。
「あんた自分自身まで見放しちゃだめだろ!だーれも優しくしてくれなかったか?一緒に居てくれなかったか?誰かいただろう、1人くらい。」
言いながら、あかねは家族や村人達の事を思い出す。家族がいた頃、たった1人きりになっても気遣い優しくしてくれた村の人達。
その人達がいたからこそ、今まで生きてこられた。
忘れんな
「よ。大事にしろよ、そういう人達をここで覚えとけよ。生まれ育った所でなくてもいいじゃないか、あたしの村はどうだい?」
あかねは瞳を
きらり
光らせる。
(そうだ。村の人達と一緒に居れば、あの優しい人達と一緒なら、あんただってー。)
あたしの
「村なら、皆大歓迎さ。それでも駄目だってんなら、あたしが一緒に居てやるよ!ここに居て、どんな事が大事にしなきゃいけない事なのか、あんたに教えてやる!!」
あかねの勢いに押されたのか、侍は黙って聞いていたが急にあかねの腰を引き寄せ髪に口づけをした。
ここ
「に居るということは、お前は死ぬということだぞ。」
…
「そうなの?」
飛び出た意外な言葉に、あかねは首を右に左に捻った。
(うーん、死ぬと何か困ることあったかなあ?)
と考えていたが、思い当たらない。元々既に天涯孤独の身の上である。村の人達は悲しむだろうが、そこは仕方のない事だ。それに、こんな事で引き下がってはいられない。
いい
「よ、そんなの。」
……
なに?
「今更嫌って言ってもだめだからな。」
………
「お前、名は?」
名前なら、屋敷に着く前に言ったはずだ。が、そうだった。”ここは”そういう場所ではない。
「あかね。」
「あかね、か。良い名だ。」
侍はもう一度髪に口づける。だが先程と違い、何だか妙に長い。
あかね
ぽつり
と呟いた侍の聲が頭から全身を駆け巡り、何故か耳に残る。何とも不思議な感覚だ。
(何か、体あつい?)
「先程の話、どうやら本心の様だな。こうして触れていても、嘘だと伝わってこない。しかし、」
侍は髪から頬へ指を滑らせる。
私
「の為と言うならば、あかね、お前は生きて帰らなくてはな。お前が死んだとあっては、その村の人達とやらも良い顔はせんはずだ。」
う
「確かに…。」
当たり前だ。村人が殺されて、いや、表面上は溺れて死ぬのだから、村人達の中では殺したことにならないかもしれないが、だからといって素直に受け入れて貰えるとは思えない。
そう侍は話す。
もっと
「良い方法がある。」
?
「どんな?」
こう
「することだ。ー。」
こうするんだ。と言う侍の方法とはー?
強引なあかねを、侍は上手く言いくるめられるのだろうか?
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