貴方が抱き締めて①
またまた奇妙な場所へ来てしまった、あかね。今度は、”白い世界”?!ここは何処なのか、そして侍は何処へ?
絡まりだす”二人の糸”、紡ぎ紡がれ...。
ただ一色だけが存在する世界、一色だけが、存在出来る世界ー。
白一面の世界ー。
そんな言葉が、まず頭に浮かんだ。その言葉に相応しい場所はここ以外に考えられない。と、誰もがそう思ってしまいそうになる程に、そこには、"白”しかない。
左右上下、何処を見回しても何もなかった。在るのは、白、白、白。どんなに進もうと、それは変わらなかった。
もう
「飽きたー。」
響き渡るような大きな声で叫ぶ。当然、木霊が返ってくるはずがない。当たり前だ、ここは村近くの山ではない。
よし、状況を整理しよう。確か、漁の最中に何かに足を取られ、息が続かず気を失い死にかけていた。侍に助けられて、一緒に自分の身体へ戻ろうとしている最中だった。
筈である。
うんうん
合っている。それから……?どうもそこの辺りから記憶が曖昧になっている。”ここ”へはどうやって来たのか、そもそも”ここ”は何処なのか、侍は何処へ行ってしまったのか。
さっきのあの真っ暗な空間とは違い、妙な不安感は無いが、どうにもこの白一色というのが気味が悪い。それに加えて、着ている物が特に変だ。長い袖が腕に
ぴたり
としていて、上等な絹の様に滑らかな触り心地。首元は肩まで大きく開き胸と腹までは袖と同じ様に、身体に纏わりつき、腹から下は大きく裾に向かって拡がっている。
うーん
「これ、歩きにくい。しかも…。」
これも、”白い”。
い
「よっしゃ、これで歩ける。」
あかねは、大きく拡がった裾を
きゅ
っと結んでしまった。お陰で脚が太腿の付け根辺りまで見えている。当の本人は動きやすければ何でもいいのだ。あとは、
どうせ、誰も見てない!
から、いいではないか。……。気にしない、気にしてはいけないのだ!
と、兎に角も歩きやすくなったお陰で楽に進める様になった。
気を取り直して、
どんどん
進む。が、やはり行っても行っても景色は変わらない。
うん。もう慣れた。暗い道よりは遥かに歩きやすく、あの不安もないのだから。
それよりも、行けども同じ景色なので進んでいるのかも分からない。しかし、視界の端に何かが映った気がする。
?
何も無い筈だ。いや、もしかしたら何かある所まで来られたのかもしれない。そう思いながら、辺りを見回した。
あ
「待って。」
少し遠い所に、小さな子供らしき姿。
よろよろ
歩いて行くように見える。酷く小さく見えるが、遠くにいる所為だろうと思っていた。幸い、子供の姿を見失う前に追い付く事が出来た。
ねえ
「待って。君、何でいるの?ここは、…。」
子供が振り返ったその姿に、あかねは息を飲んだ。子供だと思っていたが、歩きたての赤ん坊よりも小さい。首が据わったかどうかのような、そんな頃合いである。しかし赤ん坊らしさは全くなく、鋭い眼つきと全身の傷が痛々しい。
だ
「大丈夫か、誰にやられたんだよ。」
触れようとすると、
ばしんっ
と何かに振り払われる。が不思議と痛みがない。
?
子供を見ると、手の甲に薄っすら血が滲んでいる。あかねの手を振り払った際に爪で切れたのかもしれない。強引にその手をとって上から押さえる。治りはしないが、血は止まるはずだ。しかし子供は何をするんだと言わんばかりに、何かを喚きその小ささからは想像出来ないくらいの力で手を引っ張っる。そして、もう片方の手であかねの手を叩き始めた。
やはり、痛くない。そしてまた、子供が叩いた方の手から血が出た。今度は素早くその手を押さえる。
駄目だ
「叩いちゃ。あんたが、傷付く。」
ぐい
と顔を近付けて言う。子供は
は
としたようにその表情を止めた。また何か言っているが、異国の言葉なのだろうか?言っている事が分からない。
あ
「あれ?傷が…。」
気が付くと、子供の手の傷が無くなっている。それどころか、元々あったと見られる傷まで無くなっている。何だかよく分からないが、消えるのなら消してしまえと子供の身体中に触れていく。当然子供は抵抗するだろうと思っていたが、最初の傷が消えた時に
ぽかん
と口を開いて、されるがままだ。最後に顔の傷を消す。すっかり綺麗になった子供の顔は少し大人びているが、案外可愛らしい。
「よかった、治って。」
あかねは子供を抱き締めた。子供は大人しく抱かれていたがやがて、あかねの服を掴み肩を震わせた。声を上げずに泣く姿はまだまだ子供らしくないが、
とん とん
と背中を優しく叩く。このまま抱き上げてあやしたいが、また抵抗されては子供に傷が出来てしまう。
(ん?あれ…。)
腕の中の感触が変わっていく。あっという間に自分と似たような大きさになり、腕を払われる。12、3歳位だろうか、何処かで見た気がする。
(うーん、お侍さんなんだろうけど、違うな。もっと前にどこかで会ってる。)
少年になったおそらく侍だろうと思われる者は、やはり聞き慣れない言葉を話している。会話を試みようとしているようだが、異国の言葉など聞いた事がない。そもそも、この世界の言葉なのかどうかも怪しい。
そのうちに少年は顎に手を当て、考え込む仕草をした。
あ
「…あなたは、誰だ?この言葉で理解出来るか?」
「うん、分かる。」
あかねが答えるのを聞いて、再び考え込んでいる。よく見ると少年の身体もまた傷がついている。数は少ないが、より深くなっているように見える。無意識に、手を当てた。今度はそこから、暖かそうな光が薄っすら漏れている。
傷を一つ触れて治すと、何かが身体の中から
ごっそり
持っていかれた感覚に襲われる。先程とは明らかに違う。
(何だろう、変なの。)
妙な感覚はするが、構わず続けた。幸い数が少ないので
あ
っという間に終わってしまった。
全て治し終えた頃には足に力が入らなくなっていた。
かく
と、膝から折れるように座り込んだ。
ちょっと
「休憩、……ふぅ。」
言葉で誤魔化したが、通じているだろうか。
いや、きっとバレているだろう。相手が侍なら、尚更だ。
(うーん、…まあ、いっか。)
その証拠に、少年はあかねの手を握ったまま不安そうに見つめてくる。
あ
「あのさ、ここって何処なの?」
仕方がない、こうなったら話を逸らすしかない。疲れなら、眠れば取れるだろう。くらいにしか考えていない。しかし、そろそろここが何処かというのが気になるのも全くの嘘ではない。
あの暗い所から、身体に戻れたという事なのだろうか。二人で?
それとも、身体には戻れたがまだ目が覚めないで夢を見ているのだろうか?
少年は黙って目を伏せた。瞬きの度に音がしそうな程の睫毛を再びゆっくりと動かしてからこう告げたー。
こ
「ここはー。」
二人がいる場所は一体何処なのだろうか。あかねの夢かそれともー。
次回更新日は、活動報告の中でお知らせしております。