月夜で待ってるから③
何やら不可思議な場所いる、あかね。
ここは、何処で、何故いるのか。
此処から出ることは出来るのか...。
うーん
目を覚ますとそこは、真っ暗な所だった。自分の身体だけははっきりと見えて、何だか気味が悪い。しかし、さっき迄は海の底だったはずだ。それに、着ているものも真っ白の着物で、どうにも可怪しい。
うん わかんない
半ば諦めたように息をついて歩き出した。
考える前に、歩いてしまえ!
と、何となく明るそうに見える方角へ歩き出した。
しかし行けども行けども、何も無く暗い。何故こんなにも暗くて
じめ
っとしてるのか。
やだなー 辛気臭いなー
と思いつつ進む。が、全く進んだ気がしない。
景色が変わらないっ。
いや、景色なんて無いっ。
もう やだ
心折れかけた時、
ちか
光が見えた。自然に足が軽くなる。光はやがて大きくなり、周囲を照らし出した。浮かび上がったものを見て、更に嫌悪感を抱く。
なにこれ 気持ち悪
上といわず、下といわず、周囲は蠢く何かが
びっしり
だ。人の腕の様な、脚の様な、胴体の様な、うねる何かのような、兎に角気持ちが悪い。
ぐにゃん ぎゅいん
と動いては、その形を変えているようにも見える。
うえ
気を取られすぎて、その奇妙な物に足を取られた。
いってー
何故か顔を嫌という程打ち付け、悶えていると、
ぐいん
何かに引っ張られる。
え
無数の腕達が引っ張っている。はっきりとした腕ではない、完成していない様な、作りかけのような、腐っている様な、
どろどろ
としていて冷たい。
いや やだっ
振り払おうとしても、解けない。それは次第に数を増し身体中に取り憑く。
手に足に、胴に。口までを塞がれ叫ぶ事も出来ない。
ゔゔー
そのまま腕達に引かれ、落ちていく。
また、薄暗い所へと来た。まだあの気持ち悪い物は張り付いている。しかしあまり抵抗しなくなったのが良かったのかどうか、引き寄せられることはなくなった。
その代わりに、
あ
目を疑う光景を見た。
会いたくて、会いたくて仕方がなかった。
何度夢に見ただろう。
何度思い返しただろう。
何度涙しただろう。
父 さん 母さん
それは、父と母の姿だった。
直ぐにでも駆け寄りたかったが、腕達がそれを許さない。
ゆっくりと近付いてきた二人は、微笑みの様な表情を浮かべ両手を差し出した。あかねの腕を掴むと、ゆっくりと
下へ
と引っ張る。その力はどんどん強くなり、腕が千切れるかと思うくらいだ。
父さん母さん 止めて痛い
抵抗しようにも、これ以上は痛くて無理だ。
ずるり
奥へ、下へと沈んで行く。
行きたくない 嫌だ
もう、千切れても構わないと思い切り力を込めようとした時、
しゃこん
鋭い音がして、”両親だった物”が
ぼたぼた
落ちていく。
あ ああ
本物ではない。そう頭で分かってはいても、どうしても体が聞いてくれない。近づいて、拾い集めようとしてしまう。
その時、誰かの腕が体を止めた。
行くな あれはお前の両親ではない
侍の声だ。
分かってる でも でもっ
侍の腕に力が入ったのが分かる。
ぐ
と、抱き寄せられた。
もう二人はいない とうの昔に死んだんだ
無慈悲に聞こえるその言葉に、立っていられなくなるが、侍の腕はそれを受け止め、膝の上に乗せられてしまう。
分かって た んだ 分かってたんだよ
何時以来だろう、声を上げて泣いた。侍の大きな胸に掴まって。
どれ位たったろう、一度堰を切った哀しみは直ぐには治まらず長い時間泣いた。泣きながらふと気づいた。涙が出ない、いや、出ていなかった。頬と目に触れたが何も付かなかった。哀しすぎて、涙を出すことさえも忘れていたのだろうか?
身体 おかしくなっちゃった
いや そうではない
侍は大きな身体で包んでくれている。それがなんだか嬉しいような、恥ずかしいような。
はっきりしてきた頭でよく見ると、侍の胸元は大きく開けて腹まで見えている。ごつごつと深く割れた腹筋に、山脈を思わせる胸筋。
美しい
思わず指でなぞってしまう。
凄い 筋肉
触れる度にぴくぴくと動いて、無駄な所が一つもない。村の中でも、ここまで立派な筋肉がついた男はいなかった。
落ち着いたか
心地良く響く低い声に、何故か身体がざわつく。侍は腹を擽っていたあかねの手を取り、甲に口づける。
あれ こんな顔だっけ
相変わらず綺麗な顔だが、何か違う。今までは落ち着いた感じの、ちょっと見ないくらいのいい男。だったが、今は神々しく見える。例えるなら、女に限らず男まで惹きつけてしまう神そのものの様な美しさだ。
長い睫毛の下にあの赤い瞳、もう片方は金色をしている。違う瞳の色が、一層彼の魅力を引き立てている。
あ そういやまだ乗ったままだった 降り…
急に頭が冷えてきて、侍の膝に乗せられているのが恥ずかしい。
立ち上がろうとして力を入れようとするが、上手くいかない。手や足は動く、首も。なのに、身体は持ち上がらない。
え なんで
もう一度身体を起こそうとして、逆に侍の胸に押し付けられてしまう。
無理をするな 奴らに生命力を吸われたばかりだ
生命 なに
侍は立ち上がり、あかねの身体を軽々持ち上げた。
や こわい
生まれつきではないが、高所恐怖症である。自分の身長以上の高さが怖い。
思わず侍にしがみつく。もの凄く身体と身体が密着していたが、今はそんな事どうでもいい。侍も少し戸惑ったようだったが、
ぎゅ
と抱き締め周りが見えないようにしてくれた。
いい匂い
匂い袋でも持っているのだろうか、その香りのお陰で少し落ち着いた。いつもなら、呼吸困難になるところだ。
あかねが落ち着いたのを見計らって、侍はゆっくり歩き始めた。光とは反対方向である。
だんだんと辺りは暗く、”ここ”で気がついた時のようになっていく。進むにつれ、何だか不安が増していく。そわそわが治まらない。
ここは
侍が話し始めた。
”魂の回廊” あの光の先は 死の世界だ
まだ後ろに薄ぼんやり見える光りを振り返る。暖かそうで、優しささえ滲み見えるような光りだが。
そして この妙な者達は”餓鬼” あの光に近付けば近付く程強くなり 最期には 刈り取られる
何を
ちらり侍はあかねを見た。小さく肩を震わせている。しかしその目に、恐怖の色は薄い。
無論 魂をだ 光で誘い安心させ 身体から切り離した後 その魂を喰らう
あたし 死んだの
侍は首を横に振る。
まだだ しかし危ない状況に変わりはない
そ っか
殆ど息のような返事だ。何だか、一度に疲労が押し寄せてきたような感覚に囚われる。
だから 私が来た お前を連れ戻しに
周囲はもう真っ暗闇。最初にここで気が付いた時のように、お互いの身体だけが浮かび上がっている。こんなに暗い場所が自分の中なのだろうか?
ただ侍だけが、迷いなく進んでいく。
どうしても不安が消えない。何に不安なのだろう、一体何にー。今までこんなに何かに悩んだことはない、こんなに不安に感じたことも。
いつの間にか侍の首に掴まっていた。侍は黙って抱き締め返してくれた。
長く、景色も何も無い回廊をただ抱き合って進む。どれ位の時がたったのだろう。
聞いていい
ああ
何で こんなに不安で苦しくなって来るの
侍は立ち止まる。その途端に、何故か全身に安堵が駆け巡る。何だろう、こんな感覚は今まで感じたことはない。
今 お前と私は魂だけの存在だ 分かるか
うん
さっき、そんな事を言っていたのを思い出す。それから、喰われそうになったことも。
魂は脆く 器に入っていない状態では不安定な存在だ その器が 身体
入れ物
だが 一度身体を離れた魂は肉体に宿っていた時の苦しみを知っているだけに 戻ることを拒否しがちなのだ
いや いやか
不安定な存在なだけに 器にいる時は安定しているが何らかの理由で身体から離れてしまった魂は 苦しく辛い思い出のある身体に戻ろうとしない
侍は少し振り返り、
あの光の先は本来 魂にとっての休息地 永遠の安らぎがある場所だからな
ふうん じゃあ えい やあっ て身体に飛び込んだら怖くないかなあ
あかねがそう言うのを聞いて、侍の表情が止まった。暫く沈黙が続いたかと思うと、
随分 面白い事を言うな
と、破顔した。本来の笑った顔ではない。何処か哀しい、笑顔ではない表情。その顔を見て先程まで感じていた不安とはまた違う”何か”が込み上げてくる。
泣いてるの
侍の表情が再び止まるのを見て、
あれ
と思った。今のは自分自身は”話して”いない。
始めから 話してはいない
言ったろう ここは魂の回廊だと
だから、会話も必要ない。正確には、”思うだけ”で会話が出来るのだと言う。
それから 一つ謝っておく 魂の状態で触れ合えば
”全て”何もかもが伝わる 気持ち 想い 記憶 全て
だからお前のも伝わってきてしまった
ふーん
と軽く返事をしたが、どうにもよく分からない。全部が伝わるとはどういうことなのか、そもそも他人の考えていることが分かるものなのか。
侍には分かったというが、自分にも侍の事がわかるのだろうか?
な 止めろそれだけは
侍の腕の中から突如としてあかねが消えたー。
再び”姿”を消したあかね。自身の身体に戻ったのか、それともー。
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