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名無しは神様か?!  作者: M.J


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15/15

貴方の心が...欲しい①

 その日の夕刻。何時ものように夕立ちが来たあと、赤々と夕日が海に飲み込まれていく。何もかもが夕日に支配され、紅く黒くその身の色を変えていき、少しの蝉と蛙の合唱が辺りに響いている。

庭では、あの梅の木がまた嬉しそうに雨粒で着飾っているのが見える。それを肴に、吉二郎と()の二人は

ふつふつ

話しながら呑んでいる。

龍は早くも呑み潰れて、2人の横で高いびきだ。


さあ

「どこからお話すべきか……、確か旦那さんとお会いしたんは儂が九つの時でしたなあ。」


人間の吉二郎にとっては半世紀以上も遠い遠い昔、()にとっては昨日と変わらないつい()()のことだ。


 ()と会う前の八つの頃。吉二郎少年は村の中でも特に元気が良く、また人当たりも良い。そのお陰で、子供だけでなく大人からも好かれていた。村は気候も良く、地形のせいもあって戦に巻き込まれることも、戦に便乗した賊に襲われることも無く、貧しいが平和な村だった。

吉二郎少年は毎日誰かを連れては野山に分け入り、遊びのついでに、山菜や茸、時には小さな猪、鹿まで採ってくる。村にはなくてはならない存在だった。

 ある日の朝何時ものように、吉二郎少年が山へ仕掛けた罠を見に行った。この日はたまたま連れが居らず一人だった。

そこで、吉二郎少年は見た。

今まで見たこともないような美しい生き物に。

それは鹿や馬ではない。朝日の様な毛色に馬の蹄、顔は竜のようにして眼光は春の日差しのように優しく、炎の鬣を持っていた。吉二郎少年はその美しさに見惚れていたが、その美しい生き物が自分が仕掛けた罠にかかっていることに気がついた。

慌てて罠を外そうと近付く。美しい生き物は警戒するように歯を剥き出して、唸り声を上げていたが吉二郎少年が手をついて何度も謝るうちに納得したのかそっぽを向いて一つ鼻を鳴らした。

許してやる

ということなのだろうと思い吉二郎少年は

そろり

と近付き罠を解いた。

その生き物は、解放されると

ぶるぶる

立ち上がって身体を震わせた後、罠に挟まれていた部分を念入りに毛繕いしてから 吉二郎少年を見据えた。暫くその黄金色の瞳に吉二郎少年を映してから頷く。


(…人間、お前は私を捕らえないのですか?)


頭に直接声が響く。優しく、美しいその声に吉二郎少年は

ほう

と頬を上気させた。が、すぐに我に返り否定した。

こんなに綺麗な生き物を捕らえるなど、考えられない。

と言う。


(それを……、いえ私を売り払ったり見世物にするつもりなら、罠を解いたりはしない。ですね?)


うんうんうん


吉二郎少年は素早く返事する。そんな事は頭の片隅にもない。

 ただ一つ望みがあるとするならば。


(…そんな事で、いえ、()()()()を知って言っているのですか?)


ただ、触りたいだけだ。

と吉二郎少年は言う。炎の様に見える鬣は、熱さを感じず側にある背の高い草を焼くこともなかったから気になって仕方がないと言う。

うずうず

地団駄を踏みながら言う吉二郎少年に、美しい生き物は笑いかける。


(ふふふ。面白い、人間。…しかし、それは断ります。私にとって鬣を触らせるということは従属の証。つまり、私が貴方に従うということ。)


また身体を震わせてから続ける。


(私は人間に付き従うつもりはありません。…そんな事はもう懲り懲りなのです。)

でも、もし、


生き物の眼光が一層優しく光る。


(お前が私の背に乗り、()()()()私の鬣に掴まって触れてしまったのなら、その範疇ではありません。)


そして

つん

とそっぽを向いて背中を見せた。吉二郎少年は戸惑ったが、揺れる鬣には逆らえなかった。生き物の高い背によじ登り、ついにその鬣に触れた。

 その時の感触は今でもはっきりと思い出せる程だったと言う。波打つように揺れる鬣は、生き物の動きとは関係なく動き、炎の様に見えているのは鬣自体が

ゆらゆら

とした光を放っていたからだと分かった。非常によく梳かれた人の髪よりも柔らかく

さらり

としていて、何時までも触れていたくなる程だ。

吉二郎少年の心は躍った。未知の生物に触れ、間近で見聞きする。それは遠い地に赴き、冒険をするのと変わらぬ程に心満たしてくれた。



吉二郎少年は慌てて美しい生き物の背から降りた。聞くと、今日は遊びにきたのではなく、病気の村人の為に何が何でも獲物を持って帰らなくてはならない。が、まだ何一つ捕まえられてない。急いで薬草と獲物を捕まえに行かなくてはいけない。

吉二郎少年は美しい生き物に残りの罠の場所を教えて飛ぶように山の奥へと消えてしまった。


その日の夕暮れー。

吉二郎少年が小脇に薬草と罠にかかっていた猪を

ずるずる

引きずって麓まで降りてきた。夕日に染まる山の切れ端に、朝の美しい生き物が目の前にこんもりと何かを入れた包みを前に置き立っていた。


(人間、待って居ましたよ。)


そう言って包みを鼻で押した。持って帰れ、と言うので吉二郎少年は何度も礼を言って背負って持って帰った。中に入っていたのは山菜に茸、木の実や貴重な薬草まで様々だったと言う。

 吉二郎少年は、2日と空けず山へ入った。だがまさかー、


(…やっと来ましたね。)


あの美しい生き物にまた会えるとは思っていなかった。その後も何度も美しい生き物はやって来て、吉二郎少年に様々な物をくれた。食べ物や薬草だけでなく、時には知識までも。


成る程

「相当気に入られたようだな。」


ええ

「今思えばですが、しかし儂はその時はちーともそんな事思とらんかったんです。」


ただ、その美しい生き物に会い遠い異国の話や、吉二郎少年が知らない山菜や、野草の知識を聞くだけで心が躍り、そんな事は欠片も思っていなかったと言う。

美しい生き物は何度か目に、突然、明日から別の国に行くと告げそのまま会えなくなった。


ただ

「その生き物が別れ際にこう言うたんです。」


(もしも、貴方が何か困った事があった時は私の事を思い出し、解決するように願ってみなさい。そして、望む物がある時はそれを強く想いなさい。きっと私の力が貴方の願いを叶えるでしょう。)


「と。それから、こうも。」


(もしも貴方の寿命が尽きたなら、その時は貴方の血を引く者がその力を引き継ぐでしょう。)


ふむ

「”麒麟”にそこまで信頼させるとは、流石吉二郎と云うべきだな。」


あれが

「麒麟。」


吉二郎はその姿を思い出し

ほう

と息を吐いた。その視線の先に、()は麒麟の姿を風と光で創り出す。

懐かしそうに吉二郎の目元が緩んだ。


しかし

「これで、あかねの力の正体がわかってしまったな。」


やはり

「麒麟の力は、あかねに?」


ああ

「まず、間違いはないだろう。だが、」


これは呪い(のろい)に近い、祝福だという。麒麟の力は、持つ者だけでなく周囲にまで影響を及ぼす。欲望のままにその力を使えば、何でも手に入るのだ。

それこそ、世界であろうと。

そして、その力は受け継がれる。本人の意思とは関係なく。

しかし、麒麟も吉二郎ならば悪用はしないという確信が持てたからこそ授けたのだ。


今まで

「麒麟がその力を分け与えた人間はいない。元来は人を嫌い関わったりしてこないからな。」


もし、あの時の吉二郎少年が、悪意や欲望を持って麒麟に近付いていたら、麒麟がその姿を見せることはなかっただろう。


しかし

「それだけでなく、恐らくその力を使って私の心の深層部分に入り込み、私と同調してしまった事で何らかの力がついてしまった。といったところか。全く、道理で色々と出来るわけだ。」


隣で、吉二郎が含みのある笑い方をする。


ん?


「いえいえ。」


良い

「私とお前の仲だ、言ってくれ。」


吉二郎は一層顔を崩す。恐ろしい程の力を持っているにも関わらず、目の前のこの()は昔からその力を使って村人に言う事を聞かせるどころか、手を上げたことすら無い。吉二郎の小さい頃は特に()の事をまだ知らない者が多かったから、何度となく暴言を吐かれたり、口汚く罵られる事もあった。なのに、()はその村人達を外の脅威から守る事で黙らせてきたのだ。

 だが、その()が今は恐ろしいどころか何故か可愛らしく見える。


では

「遠慮のぅ。旦那さん、”人”にお成りになったんやなあ。」


以前の()は何処か哀しげで、何を見聞きしても反応が薄く、驚く事も感動する事も無かった。

それが今では、孫娘には今まで見せたこともないような笑顔をみせ、目の前で優しげな表情をしている。

それがもう、歳をとった側にとっては可愛く写って仕方がない。

 吉二郎は()の手を取り、両の手で包んでから、その手を

ぽんぽん

とやった。本当なら肩を抱き頭を撫でたい程だ。流石にそこまでは出来ないが。


そう

「か、そう見えるか…。」


何となく吉二郎の言っている事は分かる。だが、その自覚は()自身には無い。


はい

「この吉二郎は、旦那さんが人としての”情”を付けられたと喜んでおります。旦那さん、あかねを宜しゅうお頼の申します。」


うむ

「何より、吉二郎の頼みだ。是非にもない。」


ふーーん

「二人共、大分お酒回ってるね。早く寝なよ、あたし、先に寝るからね。」


何処から二人の会話を聞いていたのか、あかねの声が廊下からする。


おやすみ


というのを最後に、愛おしい人の気配は戸を閉める音と共に消える。それにどんなに自身の顔が優しく微笑んだかも()は気付かずにいる。

 ますます、吉二郎の顔が綻ぶ。


夜は更けていく。闇色を濃くしながら、ますます迫り来る何かの気配を覆い隠すかのようにー。

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