その手で触れて②
その後あかねは丸2日かかってやっと自分で立てるようになった。
ここまで
「回復すれば、後は私の力で徐々に治せる。」
と、そこからは一気に侍が回復してくれた。全くの元通り、とまでは行かないが家で日常生活を送るには支障ない程度には動ける。しかし、あかねはすっかり以前の様に動けるつもりでいるので、ちょっとした事で身体のあちこちを痛めている。
いってー
筋肉痛と擦り傷に悩まされていた。
言ったろう
「全て元のようには、いかんと。失った筋肉は徐々に付けていくしか…っ!」
言われている傍からこけかけて、侍に支えて貰う。
だって
「早くちゃんと動けるようになりたいもん。」
子供の様に頬を膨らませて、むくれている。侍も、強くは言い返さない。あかねの焦りが分かっているからこそ、散歩という名の歩行訓練にも付き合っている。
そうして4日も過ごすうちにあかねはすっかり元の様に動けるようになった。
成る程
「確かに、綻びが見えるな。これなら、何とかなるな。」
あかねが落ち着いてすぐ侍は吉二郎と共に、小さな祠に来ていた。おまけ付きでだ。
おい吉
「お前〜、よう戻ってきたな〜。」
泣くな
「馬鹿たれ。戻って来たんやないわい。相変わらず泣きべそかきよってからに。」
吉二郎はげんこつを作る。頭を抱えて半べそ状態なのは龍だ。そんな2人を見て侍は
くすり
と笑う。この2人は幼い頃から変わらない。吉二郎は優しい性格で面倒見が良く、村の誰からも慕われていた。特にこの龍とは仲がよく幼い頃から本当の兄弟の様に育ってきた。歳は吉二郎が一つ上である。
ほれ
「よそ見せんと、しっかり持って置いていけ。」
人使い
「荒いのぅ、もうちょっと再会を喜んでもええやろうに。」
龍は
ぶちぶち
文句を言いながら吉二郎に言われた通りに、白い小石を並べていく。その傍から吉二郎が石に梵字を書いていき、そこへ侍が
ふつふつ
言いながら術をかけていく。
おい
「吉、これは何しに置きよるんじゃ?」
ああん?
「そら、お前。旦那さんの力を逃がしてこの石にこの土地の身代わりになって貰うためじゃ。」
はあ?
龍には理解出来ない。妙な顔をして首を捻るばかりだ。
だあ
「もう、見とれば分かるわい。」
小石は祠を囲む様に五芒星の形に並べられている。
吉二郎と龍はそれを並べ終わるやいなや、急いで侍の後ろに隠れる。
ゆくぞ
短くそう告げて、侍は術を発動させる。
正確には、術自体は侍の力自体を逃がす目的で使われている。吉二郎が作り上げた術を破るためには、ただの術返しだけでは不可能なことは吉二郎の説明でわかった。残された道は侍の力を使って無理矢理壊すことだが、侍の力はこの大地にとっては大きすぎるのだ。
以前、一度だけやらかしてしまった事がある。その時は火山の噴火に大地震に津波と、大災害だった。せめてもの救いはまだ人間が存在するよりもはるか以前だったということだ。
だから、対策無しに使っては何が起こるか分からない。
侍から光の矢のような物が放出され祠にぶつかる。金属が軋むような、ガラスが擦れるような複雑な音を響かせて吉二郎がかけた術が壊れていく。と同時に並べられた石達が次々に砕けていった。
ひぃやー
「ごっついのー。あの硬い石がまるで豆のように弾けたのー。」
まだ砂煙が少し残る中、侍の後ろから
ひょこり
顔を出して龍が唸る。吉二郎と同じく小さい頃から侍の不思議な力を何度となく見てきた龍は、子供の頃に戻った様にはしゃいだ。手を叩いたり、鼻水を啜り上げたり大忙しで。
砂煙がすっかり晴れ、祠のかわりに美しい布が現れる。吉二郎が侍から預り、目眩ましの術を組み替えた術で祠に見える様にしていたのだ。
布は”天の羽衣”という。羽衣は、
ふわふわ
とゆっくり形を変えながら浮いている。吉二郎と龍は
うっとり
と見惚れた。
ほお
「えらい綺麗や。」
儂も
「久しぶりに見たがまるで、天女さんでも見とるようやの。」
2人揃って
うんうん
とやっている。
そんな2人を他所に、侍は羽衣を手にする。
む
形の良い眉を
ぴくり
と動かす。吉二郎と龍は侍の顔色が変わったのを見て慌てた。
旦那さん
「なんぞ、ありましたか?」
何か
「まずいことでっか?」
吉二郎
「ここを知っている者は他にいるか?」
侍の言葉に吉二郎は記憶を呼び起こす。覚えている限りでは、ない。ただ、ー。
生きとる
「うちは誰にも教えとりません。ただ、死んだ後誰かがここを見つけたという可能性はありますが…。」
2人の視線が龍に集まったが、慌てふためく様子を見るとどうも違うようだ。
旦那さん
「一体、何が?」
…
「微かではあるが、何かが取り憑いている。」
えええ?!
大きな声を上げて、羽衣を確かめる。だが、吉二郎には何も感じられない。
遠く、遥か遠くに現れる蜃気楼の様に掴みにくく、儚い。侍には感じられるが、人型の吉二郎には無理なようだ。だが確かに、そこにいて消える気配がない。
まあ、
「いい。この羽衣にとり憑けるのだ、そう、悪いものではないだろう。」
お、
「お館様はそれをどうなさるおつもりで?」
ふむ
侍は羽衣を手に少し考える。
「持ち主に返そうと思っていたが、このままではそうもいかんが、…まあ、いい。」
持ち主に会ってから聞こう。というので、3人は(いや吉二郎は見えなくしているので正確には2人は)帰路に着く。ここへ来た時と同様、祠のあった洞窟から断崖絶壁を今度は昇っていく。昇ると言っても己の身体を使って昇るのではない。侍の力で浮き上がっていくのだ。
ほう
「こらぁ、何回乗っても凄いもんですな。」
こちらも来た時と同様、はしゃいでいる。下がそのまま透けて見えているので、這いつくばって覗いている。
はあ
「もう洞窟の入口があんなに小そうなって、吉、見とるか?」
見えとるわい
「子供やないんや、黙って立っとれよ。」
吉二郎は声だけは聞こえるようになっている。うっかり姿を見せてしまえば、村中大騒ぎになってしまう。龍一人でも吉二郎の事を明かした時には、大変な騒ぎようだったのだ。
村人が現れるまで2人の漫才は続いた。村人は龍と侍の姿しか見えていないおかげか、何事もなく通り過ぎていく。
何とか無事にあかねの家に辿り着いた3人は、吉二郎の部屋で再び話し合いを始める。
侍は布を取り出し、先程と同じ様に浮かべる。と言っても、羽衣は勝手に浮くようになっているので広げて手を離しただけだ。
侍は無言で羽衣を見つめ、いや、睨んでいる。その迫力に2人は呑まれて、声をかけられないでいる。
おーーい
「……3人共、ご飯だよー。」
元気に呼ぶ声は勿論あかねである。その声に
ぴく
と反応して羽衣を睨む侍の気迫が削げた。
旦那さん
吉二郎が心配そうに声をかける。
羽衣に吉二郎がかけた術は人間だけでなく、物の怪や幽霊にも”効く”ように術式が構成されている。そのおかげで、侍にも羽衣の気配すら感じる事が出来なかったのだ。しかし、どういう訳か羽衣には何かが”取り憑いている”。人にも物の怪にも、幽霊にも見えない物を見つけ出し、ましてやそれに取り憑くなど出来るのはどういった存在なのか。
そして、取り憑いている事も勿論問題なのだが、なによりも取り憑いているだけでそれ以上何もしてこないのが一番の問題である。触れた者を取り憑いて殺そうとしたり、呪おうとするならまだ対処も出来るのだが、3人の内誰が触れても何も起きないのだ。
入るよー
気の短いあかねは3人を部屋まで呼びに来たらしい。声をかけるとほぼ同時に戸を開ける。
わ
「何そ…れ?」
驚くあかねの瞳に不思議に浮かぶ布がうつる。
が、あかねの視線が少し可怪しい。羽衣ではなく、その少し先をみているのだ。
?あかね
侍が完全に羽衣から気が逸れたのを感じてか否か、
しゅるり
と羽衣があかねの身体に巻き付いた。
ん?
「何これ?勝手に動くの?!」
するする
と羽衣はあかねの身体の上を探る様に動く。
わ わ
「…な、何だよ、くすぐったいよ。」
羽衣がとある場所に触れようとした時、侍がまるで首根っこを押さえるように羽衣を素早く掴んだ。




