二人の出会い①
ここは、日本であって日本ではない。とある時代であってその時代ではない。
そんな時間と場所で出会う男女の物語。名の無い男と、優しいが無鉄砲な女の二人が紡ぐ、恋愛?!物語。
真夏の朝日の中、女が一人大きな"たらい"を抱えて、何やら
ゴソゴソ
している。年の頃は十七、八だろうか赤茶けた髪色に、下が見えているのかと思わんばかりの大きな胸が特徴だ。
ああでもない、こうでもないとぶつぶつ言いながら中の貝や烏賊を仕分けしていく。とそこへ、倍程は歳を重ねているであろう女が慌ててやってきた。
「ああ、あかねちゃん、ここに居たのかい。」
眩しそうに顔を上げると、前のめりになり、肩で息をしている。当然だ、村の端から中程まで(2キロ程)を一気に駆けて来たのだから。
「どうしたの?おばさん、そんなに慌てて。」
そ、それが
と、言いかけてから喉を込み上げてくるものに耐えきれず、おばさんは咳き込んだ。あかねはその背を優しく擦った。
「それが…また侍が来たんだよ。」
それを聞いた途端に、あかねの顔色が変わった。この村で
侍が来た
は、決して良いことではない。あかねは背筋に冷たいものを感じながら、蘇ってくる嫌な記憶を必死で振り払う。
「…分かった、あたし刀取ってくるから。おばさん、男衆呼んできて。」
たらいを放り捨てると、おばさんが来た方向とは逆に向かって一目散に駆け出した。
「あかねちゃん、頼んだよー。」
と、もう声も届かないのではと思われるくらいにまで遠くなった背中に声をかけ、自分はあかねとはまた別の方へバタバタと走っていった。
ざぁっ
と、波が激しく砂を打つ音と、今を盛りと言わんばかりの蝉の声が入り混じって、辺りは中々に賑やかだ。が、一角だけヒソヒソと人の声がする。小さい村にしては人の数が多い。その数が、一人の侍を中心に半円に囲むように広がっている。いつもなら、やってきた侍を問いただし用件を聞くが誰も前に出て、侍に声をかけようとしない。お互いの顔色を伺い、口火を切るのを躊躇っている。それもそのはず、やってきた侍は身の丈七尺はあろうかという程の大男。分厚い胸板に腰から下は
きゅっ
と締まり、白地に真っ青な模様の見たこともないような上等な着物を着流して、まるで一枚絵から抜け出てきた様だ。
大男というだけでも恐ろしいのに、高い身分の者を怒らせれば何をされるかわからない。首を飛ばされるだけならまだいい。何もかも取り上げられ、村が全滅、ということも考えられる。だから皆、迂闊に手を出せないでいた。
そのうちに、周りから押されてきたであろう体格だけはいい青年が侍の目の前まで
ずり
とやって来た。青い顔色で口を金魚のように
ぱくぱく
やりながら目を白黒させた。
ど…どち…ら、さまで…
ようやく出た言葉がそれだった。侍はそれをどう見たのか、袖にしまっていた手を刀に置いた。
ひぃっ
と、青年は尻もちをつき泡を吹いた。
ありゃ
やーぱ 吾助じゃだめだー
村人達が青年を抱え上げようとしたとき、人垣を掻き分けて侍の目の前に誰かが飛び出した。
あ あかねちゃん
だめだ あぶねぇ
抱えようとしていた吾助を放り出して、村人はあかねを止めようとした。可哀想に、おかげで吾助は後頭部をいやという程打ち、完全にのびてしまった。
「あんたかい?お侍ってのは。悪いがこの村じゃあ、あんたにやれる物なんかありゃしないよ!この刀だって飾りじゃない、甘く見てると痛い目みるよ!」
言い終えるが早いか否か
すらり
と刀を抜き去り、侍めがけて突っ込んだ。
刀が突き刺さった
いや、突き刺さった様に見えただけだ。すんでのところで
ひらり
かわされた。咄嗟に刀を引いたが、どういうわけか動かない。侍の指に挟まれただけの切っ先が、吸い付いたように離れないのだ。
「…全く、この村はいつから私に対して敵意を向けるようになった。」
軽く息を吐き、侍は言葉を発した。以外にもその声は優しく、こんな状況でなければ村人の殆どが聞き惚れていただろう。
続けて何か言いかけた時、少し後ろを振り返るように侍の頭が動いた。
あ
と思ったその瞬間ー。