6 裏話
【バレンタインの悪夢】
累から相談があると切り出された。何やら深刻そうな感じだったので、話を聞いてやることに。
ジムではイヤだというので、ジムの客が来なさそうなお洒落なカフェにやってきた。しかし、そこに来たのが間違いだった。
店内に一歩入ると、女性客ばかりで、男性客はオレ達だけ。みんな携帯で、見栄えの良いスイーツを写真におさめている。もしかしたら、SNSで話題の…とかいう店なんだろうか?まぁ入ってしまったから仕方が無い。
だが、やはりオレ達のような男性客が珍しいのか、店に入った時から、女性客達がこちらをチラチラと見ている。銀髪と金髪のコンビだから、そりゃ目立つんだろうな。
オレら場違いで、すみません。コイツの話聞いたらすぐ店出ますから許してください。…と心の中で、誰ともなく謝った。
店員が注文を聞きにきたが、メニューの絵面が恥ずかしかったので、メニューは開かず注文をする。コーヒー位ならあるだろう。
「オレ、コーヒーブラックで。コイツはカフェオレに、砂糖付けてください」
そうオレが言ったら、店内が少しざわついた。
何で?コーヒー頼むと場違い?あるいは、もしかして、累の希望聞かずにオレが注文してたから?
「…で? 相談っていったい何?」早く話を終わらせて店から出たくて、累を急かす。
すると累は、こともあろうか、赤いリボンのかかった、チョコレートの包みを出してきた。
「師匠、オレの気持ちっス」
ウソだろ?おまえマジでやめろ!
店内入ってから、ずっと女性客にチラ見されてたの気付かない?今オレら注目の的だぞ。小さな悲鳴まで聞こえるぞ。
(一斉にシャッター音)
累に覆いかぶさる様に乗り出して、オレの体でチョコの包みを隠し、そのままヤツの耳元に口を近付け小声で囁いた。
「後でありがたく頂いてやるから、とにかく今はソレを仕舞え」
「ハー」とため息をつきながら体を起こすと、累がフリーズして動かないまま、オレを見てる。どうした?耳まで真っ赤だぞ? そんな顔でオレを見つめないでくれ!
結局仕舞われてないリボン包みのチョコは、ヤツの手に乗ったまま…。
そのシーンが美味しかったのか、更にシャッター音の追い打ち。オレどうしたらイイの?
「帰るぞ!」
頼んだ飲み物も飲み干さず、チョコを手に持ったままの累の腕を掴んで、ヤツを引きずるように、オレは店を後にした。
ああ勿論会計はしたよ。レジの係りの人の、見てはいけないものを見たような対応が恥ずかしかった…。
そして、オレ達が店を出た直後、店の中から拍手が沸き起こり、小さな歓声が上がるのが聞こえた。本当に勘弁してほしい…。
◇◇◇◇◇
【店長:イチに聞いた秘密】
イチに以前、ウチのジムに決めてくれたポイントはどこか聞いた。
そしたら、トップ3を教えてくれた。
まず3番目、掃除が行き届いていたこと!
うんうん、そうだよね。マシンもトレーニングも分からない僕が、唯一できることだったから、毎日念入りに掃除していたからね。
次に2番目、マシンや用具の充実!
うんうん、そうだよね。マシンや用具は父さんが拘って揃えていたからね。
そして1番目は、何とシャワールーム!…だって。
理由を聞いたら、イチのアパート風呂無しなので、銭湯の代わりになるかららしい。この町、学生の為の木造風呂無しの古いアパートが、いまだにあるからね。
父さんもそんな学生のために、銭湯替わりに使えるように…と、作ったシャワールームだから、まぁ納得。
でも、僕の町には、貴重なことにまだ銭湯がある。
僕は銭湯の大きな湯舟に浸かるのが好きだから、イチに銭湯はいかないのか聞いてみた。
そしたら、銭湯は苦手なんだって。
イチ目立つから、裸をジロジロ見られるのがイヤなのかと思ったら、そうじゃなかった。
イチは以前、格闘技の事務所に所属していて、研修生時代にシャワー浴びるの、皆フリチンだったから、そんなこと気にしてないって。
では何が苦手か聞いてみた。そしたらビックリの回答…。
ああ、こんなイチの秘密言っていいのかな…でも言っちゃおう!
イチってアレが大きくて、椅子に座ると、先っぽがタイルの床に着いちゃうんだって。そうすると、他の人のシャンプー流した泡が付いちゃったり、あと、熱いお湯が流れて来ると「アチ!」ってなるからイヤなんだって…。
何その悩み。僕全然想像つかないんだけど。
だからって、下に着かないように、太ももの上に乗せてると、ギョッとされるらしい。
…そりゃ、そうでしょうね。
座らずに立ってシャワー浴びると、背が高いイチの飛沫が滝のように、両隣に人に降り注ぐから、これもダメ…。…っていうことで、もうどうしようも無いって言ってた。
だから、ここのシャワールームみたいに、仕切りがあって、立ったままシャワーを浴びられるのが、サイコーなんだって。
まぁ、そんな理由って、きっとイチだけだよね。