4 お隣君と累
日曜の11時。オレは10分前にジムにやってきた。
ロッカーに入ったら、既にお隣君がいた。会うの久しぶりだな。
オレに気付いてないみたいだったから、後ろから声をかけた。
「よっ、調子どう?」
お隣君、振り返った瞬間、オレを見て驚いて盛大にコケた。
ガッシャーン!
「大丈夫?ロッカーに腕をぶつけてたみたいだけど」
尻もち付いて座りこんでいるお隣君に手を差し出した。
「先輩…」
お隣君が真っ赤な顔で、こちらを見上げてくる。
「だ、大丈夫です…」
って言うけど、キミ、だんだん目が潤んできたよ。
お隣君の手を取って、起こしてあげたら、その手も少し震えてた。
「本当に大丈夫? 痛かったんじゃない?」
でも、お隣君は目を潤ませて震えたまま、オレを無言で見つめるだけ…
まぁ、いいか。特にケガはしてなさそうだし。
「今日、キミのトレーニング見せて」
彼は赤い顔のまま、ボーっとオレを見つめ続けていた。
その時入り口の方から、聞き覚えのある声がした。
「店長、チッース!」
その声に今度はオレが震え上がった。・・・ウソだろ?
「師匠、チッス!誰っスか、そいつ」
はぁー、面倒くさいヤツが来た。店長め、わざとだな!
コイツは風間 累。17歳の高校生。
ストリートダンス・コンテストで優勝経験もあるダンサーだが、パフォーマンス中の落下事故で骨折したらしく、術後の経過が悪く、リハビリを兼ねてオレのトレーニングを受けるために、ジムに来ていた。
コイツもイケメンでアイドルに居そうなタイプ。
17歳にしては童顔で、金髪のミディアムヘアなので、女の子に受けそうだ。ダンスも上手いから、韓国のアイドルユニットにスカウトされたこともあるらしい。
父親が一代で財を成した企業家らしく、ようは金持ちのボンだ。
住んでいるところは山の手で、わざわざこのジムまで車で通っているらしい。お抱え運転手が、ジムと自宅の送迎をしていて、他の客とは一線を画している。
今夏休みだから、この町に部屋を借りて通っているとか。
車で往復2時間って言ってたから、その方が集中して通いやすいのかもしれないな。聞けば相当豪華なマンションで、オレの部屋なんて、ヤツの部屋のウォークインクローゼット位だっていうから、腹が立つ。
リハビリはもう終えていて、今は全く問題が無い状態。
ダンスのパフォーマンスも元に戻っているらしいのに、まだオレにトレーニング強請ってまとわりついてくる。
その累が、目ざとくお隣君を見つけ、絡んできた。
「そいつ師匠の新しい弟子っスか? でもオレが一番弟子っスよね?」
ああ・・・めんどくせぇ!
おい、これどうにかしてくれ!って店長に目配せしたら、ニヤついてやがる。間違いない…店長め、オレらの予約をわざとバッティングさせたな?
「師匠、ひさしぶりに見てくださいヨー」
「わりぃ!オレ今日彼を見るって約束してて」
「な?」ってお隣君を見やると、驚いた顔でオレを見上げている。
おいおい・・・さっきオレ、トレーニング見せてって言ったよね?空気読んでオレに合わせて?
「まあ、そういうことだから!」
仕方なく彼の背を押して、トレーニングルームに逃げ込んだ。
お隣君のトレーニングを見ていると、着替えた累がやってきた。
「師匠、おれも!見てくださいヨー」
煩いので無視してみた。
「ねーねーねーねー、師匠、いいじゃないスか。おれも見てくださいヨー」
ああ、煩い…余計に煩い…きっと、オレがウンと言わない限り、ずっとゴネ続けそうだな。仕方ない…
「後で見るから…順番な!」
累は隣でトレーニングを始めた。
「師匠、見てください!これでいいっスよねー?」
だーかーらー、順番に見るっていっただろ?ほんと、オマエ聞き分けないなー。
ジムの客は比較的大人が多く、10代は累一人だった。そのせいか、累がごねると、他の客が遠慮して引いてくれたので、コイツは我儘言い放題になっていた。
ため息交じりに「累、後でちゃんと見てやるから、今は一人でやってろ」と告げる。
そんな言い方したのは初めてで、それが気に入らなかったのか、累がむくれて絡んできた。しかもお隣君の方に。
「はぁ??? 何なんスか? こいつ誰スか?マジで」
お隣君は累の方を見たが、オレは首を振りながら、ほっとけというジェスチャーをした。
そしたらお隣君、何を思ったか、トレーニングの手を止めて立ち上がり、累に向かって挨拶を始めた。
「失礼しました。俺、早乙女健志と言います」
いやいやいや…なに自己紹介しているの?お隣君、キミはキミで別の意味で空気読めないよね…。
累は名乗りもせず、お隣君にこう言った。
「オレは、師匠の『まなでし』っスからー」
「愛の弟子って書くんスよ」
「師匠にアイされてるっスから!」
オレひとっことも言ってないぞ、そんなこと!そもそも弟子とも言ってない!
誰だよ、コイツにそんなこと吹き込んだヤツは!…って、店長しかいないな。はあ…めんどくせぇ…。
仕方が無いから、お隣君と累をいっしょに見ることにした。そしてやっと、1時間が経過した。長かった…あれっ、今日オレ自分のトレーニングが全然できてないぞ?まぁ、いいか。明日また来て一人でやろう。今日はもう本当に疲れたから…
オレは早く二人から解放されたくて、さっさとシャワールームに逃げ込んだ。