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25 4人の会社と未来の夢

土曜の夜、ジムの営業を閉じた後、オレと店長(ユーリ)、累、お隣君の4人が事務所に集まった。


累の提案で、オレがお隣君を誘ったが、店長はお隣君のことが心配そうだった。


「早乙女君は将来の進路のために、今の大学に入ったんじゃないの?」

「学費を出して仕送りまでしてくれてる親御さんは? 僕らの会社に入るなんて知ったら、悲しまれるんじゃないの?」


その問いにお隣君ははっきりと答えた。


「大丈夫です! 両親には話して、恩返しができるなら、全力で頑張れって応援されました!」


「恩返し? どういうこと?」


店長がそう尋ねると、お隣君は過去のオレとの関わりを説明した。


海で溺れて意識を失っていた彼をオレが助けたこと。溺れたことがトラウマで水泳から離れていたけど、オレのトレーニングがきっかけで水泳に戻れたこと。

オレに語ってくれたことを二人にも伝えた。


店長も累も、それを聞いて驚いていた。


「えっ? イチに2度も助けられたの? 偶然に?」


お隣君は「はい」と力強く頷いた。


「そうだったんだ…。そしたらイチとの絆や運命を感じるよね…」


「実は僕も同じ。僕もイチに助けられたから…」


店長はそう言って、自分の過去を語り始めた。


モデルの仕事が頭打ちになっていたこと。

そんな時に、働き盛りの父親が急に亡くなったこと。

何の知識もスキルもないまま、ジムを継いだこと。

自分のせいで、客がどんどん離れてしまい、ジムが潰れかけていたこと。

でもオレがジムに入ってから、持ち直したこと。


「早乙女君じゃないけど、僕もイチが現れてくれた時、天の采配かと思ったよ」


「僕も早乙女君も、失敗やどん底からイチに救ってもらったんだね」


オレはそんな大層なことはしていないし、オレの方こそ、人生のどん底の時に、お隣君や店長に救われたようなものだ。そのことを伝えようとしたが、その前に累が話を始めた。


「これ親父の口癖なんスけど…人生に失敗なんて無いらしいっスよ」


「え? 失敗が無い? そんな人生あるはず無いじゃない! それは、キミのお父さんが成功者だから、そう言えるのよ」


「いや、親父、成功できたことの方がずっと少ないっス。おれが知る限りでも、積んでるんじゃね? って思うことも、ドン底じゃね? って思うことも山ほどありましたから。実際にはもっとあるでしょうね」


累の父親曰く、失敗と思って諦めたら、それは失敗になる。でも、諦めずに進み続けて別のゴールに辿り着ければ、それは失敗じゃなくて、成功のための経験や学習って言うそうだ。


実際に累の父親は、そうやって数多の試練を乗り越えて、成功を積み上げていった結果、会社を大きくしたらしい。


「おれだって、骨折後に元に戻れず、色々な医者やトレーナーに匙投げられましたけど、絶対諦めなかった…。そしたら師匠に出会えて元の体に戻れたわけだし」


累は真面目な話をし始めると、語尾の「ス」が無くなる。本当はこれがお前の「素」なんだよな。


「最後に笑ったもん勝ちっス!」

累がニカっと笑った。そして語尾の「ス」が戻った。


「だから、おれ達勝ちましょう!」

「どん底だって思ったことは、全部未来の成功のための布石にすればイイんスよ!」


「やだ、累ってばすごくイイこと言う…あんた本当に17歳?」


みんなの話を聞いてオレは思った。オレのあの苦しかった過去は、失敗ではなく、今こうして仲間に出会うために必要なことだったんではないかと。


みんなは既に、オレのどん底の話は知っている。傷害事件でデビューが取り消され、デマのスキャンダルで団体から追い出されたことも。


でも実際に週刊誌は見てないだろうし、オレの写真がどういうものだったかも知らないはず。


それで、オレも皆に話すことにした。

オレの格闘家のデビューが本当はどういうものだったのか。


オレの体格が大き過ぎて、日本では対戦相手が見つからなかったこと。

それで海外でのデビューが決まったけど、ポルノ紛いの衣装を着せられたこと。

アウェーでのデビューは、恐らくヒール扱いだったであろうこと。

クリーンな勝ち方は望まれず、一生ヒール役のままだったかもしれないこと。


改めてこう考えたら、あのままデビューしていても、天国の爺ちゃんを喜ばせることが出来たのか自信がない…。


きっとヒールとしてブーイングを浴びながらリングに立ち、負けたら観客に喜ばれて、勝ったらイヤな顔をされていたかもしれない…。


そんな格闘家になっていたとして、オレは本当に爺ちゃんに誇れたのだろうか?


すると、累がややキレ気味につっこんできた。

「師匠、それ全然ダメっスよ! 全然師匠らしくないっス!」


店長も声を上げる。

「そうよ、そんなことなら辞めて正解よ!」


お隣君も大きく頷いてくれている。


そして累が続けた。

「師匠はヒーローが似合うっス! おれ達全員ヒーローになりましょう!」


累、おまえイイこと言ってくれるな…。


「じゃあ、オレ達の会社、ヒーローズって名前にするか?」


みんなが一瞬黙る。いきなり社名の話は先走りすぎたか?


すると、累がスマホを取り出し何やら調べ始めた。


「いっスねー! 調べたら、カタカナの『ヒーローズ』も英語の『Heroes』も、画数11画で大吉! 縁起いいっスよ!」


えっ…画数? 大吉? なんのことだ?


「師匠のトレーニング・メソッドで、誰もがヒーローになれる! って、明確な会社のコンセプトも出来るし、一石二鳥っス!」


あっけにとられるオレ達を尻目に、累はどんどん続ける。


「会社作るいじょう社名は必須だし、もうそれで決めちゃったらどうっスか?」


「えーと、累、さっき言ってた、カクスウって何?」

オレが聞くより早く、店長が質問した。


「文字の画数の運勢占いっス! どうせなら縁起良い方がイイじゃないっスか!」


「あんた、若いくせに、そんなの信じてるの?」


「親父の影響っス。親父は『どんな運でも全部拾え!』って、縁起担ぐ方なんスよ」


累の説明が止まらない。


「因みに、会社の登記は、『一粒万倍日(いちりゅうまんばいび)』と『天赦日(てんしゃび)』が重なる日が最高っス! 両方とも縁起が良い日なんで」


「いちりゅう…? てんしゃ…? 何それ? 累、あんた本当に17歳?」


「全部親父の受け売りっス! 親父は成功者なんで、言うこと聞いておいて損はないっスよ」


オレは累のその意見に賛成だ。先人に教えを請い、その通りに実行するのは成功への近道だと思っている。オレも爺ちゃんの教えを素直に聞いて、全て実行し、今のオレがあるから。


だからオレは言った。

「みんな、累に任せてみよう。起業のことは、この4人の中ではきっと累が一番だろう」


店長もお隣君も賛成してくれた。


「おれ、師匠に会ってから初めて信頼を得た気がするっス!」と累はケラケラと笑った。そりゃそうだろ。オマエわざとキャラ作って、ずっと傍若無人にふるまってたんだから。


「じゃ、早速司法書士に連絡取って、定款(ていかん)のひな型作ってもらうっスね!」


お隣君が、初めて耳にしたであろう単語を復唱した。

「しほう…しょし?…ていかん?」


「定款は会社のルールブックのようなもんス。会社を作るのに必要なんス」

「司法書士は、ワントップで定款から登記まで全部やってくれる、その道のプロっス!」


うーん、回答が明快だ! オレでも分かった。

店長じゃないが、本当に17歳か?




こうして社名も決まり、もうお開きかという頃、お隣君が訴えかけてきた。


「一緒に会社をやるなら、先輩にお願いがあります」


「いいよ。オレにできることなら、何でも言って」


「俺、先輩にずっと『キミ』って呼ばれてて…。仲間なら名前で呼んで欲しいです」


えっ、名前? オレ心の中では「お隣君」って呼んでたんだけど、確かに本名一回も口にしてないな…。


「累君のことは、名前を呼び捨てにしているじゃないですか。だから俺のことも『ケンジ』って呼んでください!」


「分かった」そう同意して、お隣君の顔を見ながら「ケンジ」と、丁寧にその名を呼んでみた。


すると、お隣君…いやケンジは、顔を赤くしながらも、満足気な笑みを浮かべた。そして今度は店長の方を振り向き、「店長も、俺の苗字の君付けじゃなく、名前を呼び捨てにしてください!」と言った。


店長は「わかったよ! ケ・ン・ジ❤」と、ウィンクしながら応えた。


「累とケンジも、オレのことイチって呼んでいいぞ!」と提案してみる。


「うーん、おれは師匠のままでイイっス」と累。

「だってみんな『イチさん』って呼んでるじゃないっスか。『師匠』って呼んでるのおれだけなので、特別感があってイイっス!」


ふーん、そんなものか?


「じゃあ、ケンジは? オレのこと『イチ』って呼ぶか?」


するとケンジは、赤い顔のまま、しどろもどろで答えた。

「あ、え...と、俺もまだ『先輩』のままでいいです…。先輩ともっと親しくなれたら、その...」


わかったからもうイイよ。何かオレの方が恥ずかしくなってきた...。


「そしたら、当分『イチ』って呼ぶのは僕だけだねー!」と店長。そして続けて「じゃあ、僕のことは? みんな『ユーリ』って呼んじゃう?」と聞いてきた。


累がすかさず「あっ、店長のままでイイっス」と、あっさり却下。

ケンジも「俺も、店長が慣れてていいです」と、さっくり却下。

そして「オレも」と右手を上げた。


「えー、なんか僕だけ疎外感あるんだけど?」と、店長が冗談っぽく返し、最後はみんなで笑った。


◇◇◇


こうしてオレ達4人は、株式会社ヒーローズを立ち上げ、会社経営に船を漕ぎ出すことになった。上場という0.1%のゴールを目指して。


しかし、その道のりはこれまでの厳しさの比ではなく、更なる波乱万象の物語の幕開けだった。


ここで第1章は終了です。拙作をここまでお読みいただき、誠にありがとうございました!


第1章では、それぞれに挫折を味わった4人の男たちが、互いに影響を与え合いながら立ち直り、会社設立という大きな目的に向かって進んでいく姿を描かせていただきました。


第2章では、彼らの会社の物語が展開されます。

設立早々にサービスを盗まれ困難に陥るヒーローズ。裏切者は誰なのか?大企業を相手に勝てるのか?


この後も引き続きお楽しみいただければ幸いです!



※辛口の点数でも結構ですので、この小説への評価を頂けますと、リアクション嬉しく励みになります。どうぞ宜しくお願い致します。

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