24 健志の今:新たな未来
ジムに行ったら先輩がいた。今日はラッキーデーだ!
しかも、先輩は俺を見つけるや否や、声をかけてきた。
「今日、ジムの後用事ある? キミと話したいことがあるんだけど、少し時間もらえないかな」
どうしたんだ? ラッキーにもほどがあるぞ!
その様子を見ていたジムの周りの客がザワザワし始めた。先輩が誰かに個人的な誘いをするのは珍しいのかもしれない。
当然ここは「はい!」の一択だ!
トレーニングを終えると、帰りに先輩が待っていてくれた。先輩と待ち合わせてどこかに行ける日が来るなんて、夢みたいだ!
「どこか座って話そうか。場所オレが選んでもイイ?」
「はい!お任せします!」
先輩の後をついていくと、商店街の脇の路地に面した通称「せんべろ」のお店に着いた。
「ここでイイ? 酒飲まなくてもジュースやウーロンもあるし…。オレ、ファーストフードとかコーヒーショップとか苦手で…わりぃな!」
「俺もおしゃれな店より、こういうとこの方が好きです!」
「それにこの前、ここに来ましたよ!ジムの進さんっていう方に連れて来てもらいました。安くて沢山食べられる店って」
「進さんと仲イイんだ?そりゃ良かった!」
そう言いながら、先輩は外にあった一番隅の椅子に腰かけ、俺もテーブルを挟んで向かいに腰かけた。テーブルといっても、ビールケースの上に板が載せてあるだけの簡素なもの。
プラスチック製の椅子は、幅も高さも先輩には窮屈そうだが、先輩は店の中だと邪魔になると考え、そこを選んだのかもしれない。それくらい、お店には既に沢山の人がいて、ワイワイと賑やかな雰囲気だった。寄った客達が大声でしゃべる声が、外の俺達にまで聞こえてきた。
店員が来て注文を終えると、先輩は「キミはA大学の学生だよね。もう進路決まっているの?」と尋ねてきた。
「俺二年なんで、まだそこまで決めてないんですけど、水泳を続けたいんで実業団に入らせてもらえたらな…位で考えてます」
すると先輩は俺の目をまっすぐ見つめながら、真剣な顔で話し始めた。
「何から切り出してイイか分からないから、唐突で申し訳ないけど、率直に言うね」
「オレ、店長達と株式会社を作るんだけど、キミも仲間になってもらえないかな?」
「オレのトレーニングのメソッドや、店長のプライベートレッスンを売るための会社なんだ」
「キミは、オレのトレーニングを水泳用にアレンジしてるって聞いたから、それも商品として一緒に売っていけたらイイなと思ってさ」
先輩が会社を作る? しかも先輩のメソッドを売るための? そして俺を誘ってくれている?
俺は驚きでしばらく声が出なかった。
「急にゴメンね!嫌なら聞き流して。でも少しでも興味あったら、ゆっくりでイイから考えてみて欲しい」
俺が先輩の役に立てるなんて夢みたいだ! 絶対にやりたい! やらないなんてあり得ない!
「俺やりたいです!やらせてください!」
飛び跳ねる勢いでそう言うと、今度は先輩が驚いた顔をした。
「そんな急いで決めなくていいよ。大事なことだから」
「いいえ、今決めます!これはきっと俺の運命です!」
俺の気持ちは止まらない! これは神様が俺に与えてくれたミッションだ! 先輩と三度引き合わせてくれたのは、きっとこのためだったんだ!
「先輩、俺大事なことで、どうしても先輩に聞きたいことがあります」
「いいよ。もちろんこれは大事なことだから、何でも聞いて。オレに答えられることなら全部話すから」
俺は、ゴクリと唾を飲み込んだ。ずっと先輩に聞きたくて、でも聞けなかったこと。先輩が俺の命を救ってくれた恩人か確かめたい!
目の前のグラスの水を一気に飲み干して、覚悟を決めて先輩に尋ねた。
「先輩。5年前、海で溺れた子を人工呼吸で助けたことありますか?」
「えっ?」
思いがけない質問だったせいか、先輩は戸惑っていた。
そして一点を見つめ、何かを思い出すようにこう答えた。
「・・・うん、確かにそんなことがあったけど」
そして俺に視線を戻して「何で?」と聞いてきた。
俺は先輩に話をした。
15歳の時に水泳のインターハイで優勝し、舞い上がっていたこと。
溺れた小学生助けようと海に飛び込んで溺れたこと。
救急車の到着が遅くて、それを待っていたら命を落としていたかもしれないこと。
でも救急救命の処置をしてくれた人がいたお陰で、命拾いしたこと。
「あの時、俺を助けてくれたのは、先輩ですね?」
先輩はこの上なく優しい顔で俺を見つめていた。
「そうか、キミはあの時の少年なんだね。無事で良かった。元気で本当に良かった…」
やはり先輩だったんだ、俺の命の恩人は!
感動で胸が震える…。先輩は俺の運命を変えてくれた人なんだ!
「俺が今生きているのは先輩のお陰です!本当にありがとうございました!」
俺は深々と頭を下げた。
5年前から心に抱えていたお礼の言葉を、ようやく先輩に伝えることができた。
そして、この後の続きも聞いてほしいと、俺は話を続けた。
元の健康体に戻れたのに、溺れた恐怖がトラウマになったこと。
そのせいで水が怖くなり、水泳から離れてしまったこと。
でも再度先輩に会ってトレーニングを習ったお陰で、水泳に戻れたこと。
「先輩と3度も出会えたことが、俺には奇跡か運命としか思えなくて…」
「1度目は俺の命を救うため、2度目はトラウマを克服するために、先輩が現れてくれたんだと思っていました」
「でも3度目に会えた理由が分からなかった…俺はもう立ち直ってるから」
先輩はただ黙って俺の話を聞いてくれていた。
「だけど、先輩の話を聞いて、今度は、俺が先輩に恩返しをするために、出会えたんだと思いました!」
「俺、先輩の会社で何でもやります!やらせてください!」
先輩は目を細め、嬉しそうに頷いた。
「ありがとう。キミが仲間になってくれるなら、とても心強いよ」
先輩の言葉を聞いて、俺は血が滾るのを感じた。何か不思議な力が湧き上がる様な、鳥肌が立つような高揚感。
そして思わず、口を付いて宣言をした。
「俺水泳で役に立ちたい!オリンピック選手になって、先輩のメソッドがどんなに凄いか証明したい!」




