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2 お隣君とジムへ行く

お隣君にジムを紹介する約束をしたので、今日彼をそこに連れていくことにした。

なんだかとても嬉しそうだ。確かにオレも初めてのジムに行くときはわくわくしたものだ。


日の光の下で見る彼は、とても均整の取れた筋肉と骨格の持ち主だった。横から見ると胸板も厚く、姿勢もキレイだ。間違いなくスポーツをやっているアスリートの体。


見たところ、彼は20歳前後だろうか。

あのアパートに住んでいるなら、近くにある大学の学生だろうな。


そんなことを考えながら、お隣君を見ていたら、彼は唐突にオレに話しかけてきた。


「俺、3年位前に、先輩と会ったことあるんですよ」


「え?オレと会ったことあるって?」




3年前だと、オレは全てを失った後で、自暴自棄になっていた頃か…。


正直に言って、その頃のオレは記憶らしい記憶がほとんど無い…。毎日生きていくだけで精一杯だったから。当然彼のことも記憶にない。


オレは彼に正直に応えた。

「ゴメン、全然覚えてないや、どこで会った?」


話を聞くと、それは国道沿いのファミレスでの深夜営業の時間帯のことのようだった。

ああ、あそこか…。深夜は少しガラの悪い客のたまり場になっていたところだな。

車でしか来にくい場所で、ファミレスと言いながらも、ファミリー層より暴走族とかその辺の連中が多かった。


ガラの悪い客が集団で店で騒いでいても、店の従業員は誰も注意ができなかったらしい。それで、用心棒代わりにオレを採用したみたいだった。


用心棒代わりといっても、特に何かをしたわけではなかったが…。オレが注文を聞きに行って配膳するだけで、なぜか彼らは大人しくなっていたからだ。

店もオレのビジュアル効果を期待したんだろう。少なくても期待通りだったということかな。


「そう言えば、オレが店を辞める間際に若いコが入ってきて、引継ぎをしたっけ…。もしかして、その時のコがキミかな?」


オレが思い出したことがよほど嬉しかったのか、彼は目をキラキラさせて何度も頷いている。


すぐに思い出せずにゴメン!

あの頃のオレは本当にどん底にいて、周りどころか自分自身にも何も興味が持てなかったから。


「あれ?キミ、その時もオレの筋肉を褒めてくれなかった?」


彼はさらに目を輝かせ、大きく頷いた。


オレの体を褒めてくれる人はいても、「美しい」とまで言ってくれる人は、なかなかいない。

引っ越し挨拶の時に感じたデジャブは、間違ってはなかったんだな。


「確かキミ、水泳やっていて…それで、トレーニングの方法、少し教えてあげたんだったね?」


彼は興奮しながら、オレに教わったトレーニング方法がどんなに効果があったかを、熱く語ってくれた。


嬉しいよ。オレのメソッド、ちゃんと人に教えたのは、あの時が初めてだったから…。それを実践して、ずっと続けてくれていたんだね。


そんな話をしているうちに、ジムに着いた。





ジムの客は、もう全員顔見知りだ。「こんちは、イチさん!」と声をかけてくれる人、目を合わせてニコリと会釈をしてくれる人。


オレの名前の「イリイチ」は日本人には発音し難いので、みんなには「イチ」って呼んでもらっている。幼い頃からずっとそうだ。


厳つい男性ばかりのジムだけど、みんな気心知れた人達ばかり。オレはアットホームなこのジムの温かい雰囲気を、とても気に入っている。


いつも通りの挨拶の後、彼らはお隣君を視線に捉えると、皆目を丸くして驚いていた。オレが初めて人を連れてきたから、余程珍しいんだろう。



「店長いる?」受付に向かって声をかける。


「あっ、店長は今、出張中です」バイトの受付のコが返事をした。


そうか、店長居ないのか…でもまあいいか。

オレの管理下での体験ということにして、今日はジムの様子を見てもらうだけにするか。



オレは今、このジムで不定期のトレーナーをしている。

店長よりもオレの方がずっと、マシンの使い方やトレーニング方法に詳しいから。


自分のトレーニングに来る傍ら、他の客のトレーニングも見て指導をしている…っていう程度なんだけどな。ジムではそんなポジションだから、わりと自由だ。



オレが受付で話をしていると、何やら他の客がざわつき始めた。


何事かと振り返ってお隣君を見て、オレはぎょっとした。もう上を脱ぎ始めてる!


ちょっと待て、ここはまだロッカールームじゃないよ!


「先輩に教えてもらった通りにやってきました!」


うん、わかった、トレーニングの成果を見せたいんだね。

そうか、入り口脇は全面ガラス張りで、外からの光がよく入るから…


でも周りをよく見よう。皆驚いてるよ!二度見されているよ!

水泳やっているから、人前で上半身裸は何ともないのかもしれないが…。

ただでさえも目立っているんだから、紹介したオレの立場も考えてくれるとありがたい。


オレはお隣君を、ロッカールームに引っ張っていった。


とりあえず、オレに褒められたいようなので、彼の筋肉を褒めてあげた。

お世辞抜きに、彼の体形はとても素晴らしいと思うので、これはオレの本心だ。


するとそれが余程嬉しかったのか、満足げな笑みで俺を見つめてきた。

何故かまた、実家で飼っている、柴犬のクロを思い出す。

キミにしっぽが生えていたら、今千切れんばかりに振っているよね?


でも本当に良く鍛え上げられていて、自慢したくなる気持ちも分かる。

それに、適度に焼けているのも、ポイントが高いな。


「イイ色に焼けてるね。どこで焼いてるの?」


そう聞いたら、お隣君、スマホで写真を見せてきた。

海の前にいる写真。「毎年夏休み、部活が無い時は、実家の海で俺ライフセーバーをしてるんです」


なるほど、日焼けサロンではなくて、天然なんだね。ライフセーバーの資格も持っているんだ?


オレも救急救命のスキルは一通り持っている。

医者の爺ちゃんに教えてもらって、実際にそれを役立てられた時もあった。

人の役に立てるスキルがあるのは良いことだ。


「さて、着替え終わったし、そろそろ行くか」



一緒にトレーニングルームに入ると、そこでも客達が驚いていた。

やはり、オレが誰かを連れているのが、とても珍しいんだろうな…。


早速お隣君にトレーニングの様子を見せてもらった。

すると、それを見ていた周りの客は、更に驚いていた。


基本のやり方がオレのメソッド通りだからか?

初めてこのジムに来るのに、オレのやり方を知っているから?


うーん、何か良からぬ噂を立てられそうな気配だな…。

まぁこれだけ出来てたら、もうオレが見てあげる必要はないかな。


「キミは良く出来ているね。オレが教えることは無いよ」


そう言うと、彼は満足そうに笑みを浮かべた。うん、良い笑顔だ!


それにしても、ほんの少し触りの部分だけ教えた位のはずなのに、彼はすっかり自分のものにしていて、オレも驚いた。でも、彼は彼なりにアレンジしているようだった。


それはそうか…お隣君は水泳のための筋肉作りで、オレの目的とは違うもんな。

彼なりのトレーニング・メニューになっているなら、オレの方が勉強になるかもしれないな。


お隣君はジムに入るというので、帰りに受付によって申込書をもらった。

そうだ、1000円の割引券ももらわないとな。


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