17 店長とイチ
イチのトレーニングを受けたい客は沢山いたから、僕が遠慮をしていると、イチは夜遅くまで残って、ジムを閉めた後で、僕のトレーニングを見てくれた。
客が誰もいない夜のトレーニング・ルームで、僕らは色々なことを話した。
僕はモデル時代の愚痴が多かったけど、それでもイチは自分の知らない世界だからと、興味を持って熱心に聞いてくれた。
イチは、家族のことを話すのが好きだった。実家の両親のこと、自分に全てを教えてくれたロシアの祖父や、姉妹同然の従妹達のこと。その話を聞いていて、彼の周りの家族は優しくて暖かい人達ばかりだと思った。そしてイチが何故こんなに優しくて誠実なのかが納得できた。
勿論僕も家族のことを話した。亡くなってしまったけど、誰よりも頼れてカッコ良かった父、美人の母や妹。妹は念願の大学に合格してハッピーで、それはイチがジムを助けてくれたおかげだと改めてお礼を言った。
イチの名前の由来も聞いた。ロシアってそんな素敵な伝承があるんだなって思った。
「イリイチは日本人には呼び難いからイチでいいよ」と言ったけど、イリイチって祖父の思い出の詰まった大事な名前じゃない、それなのにイイの?と聞くと、ロシアの親戚達は皆イリイチって呼ぶから、それで十分なんだって言っていた。
そして面白い話を聞いた。
僕の名前の優吏、ユーリってロシアの男性の名前にあるらしい。だから僕の名前にすごく親近感を感じたって。
イチは、二人だけでプライベートの時は、僕をユーリと呼ぶけど、ジムでは僕を店長と呼ぶ。彼なりに公私を分けてくれているみたい。
それなら「店長ではなく、オーナーってカッコ良く呼んでよ!」って言ったら、それはイヤだと笑われた。まぁ、他の客が皆僕のことを「店長」と呼ぶから、当たり前か…。
イチは一人っ子で、僕は妹だけ。二人とも男兄弟がいなかったから、僕らはだんだんとお互いを兄弟のように感じていた。
僕は25歳で、イチは24歳。僕の方が年上だけど、でも見た目はイチの方が年上に見えるかもしれない。
僕はイチが兄のように頼もしく感じる時と、弟のように愛しく感じる時がある。兄でもあり弟でもあるイチ。僕はこれ以上ステキな関係はないと思っている。
そして僕とイチの仲が良いのは、客も皆知っていて、それはとても良いことだと思っている。
店のオーナーと人気トレーナーの仲が良いことは、皆に安心感を与えるから。
今では客も全員僕たちと仲が良く、ジム全体が大きな家族のようだと僕は感じている。
そのことをイチに言ったら、イチも同じ気持ちだって言ってくれたっけ。
今ではこのジムが、掛け替えのない場所になっていて、イチはここが第三の故郷だって言ってくれた。嬉しいね!
僕はイチに何でも話しているから、僕がバイだということも知っている。
イチに正直な気持ちを…気持ち悪く思わないのか聞いたけど、研修生時代にも周りにそういう人は何人にもいたから、特に何とも思わないと言っていた。
僕はイチの全てが大好きで、特にルックスは最高に好み!モデル時代にもあんなにキレイな男の人は見たことが無かった。
でもイチを欲望の目でみたことは一度も無かったよ。何故ならイチは僕の父の面影に似ていたから。
僕は重度のファザコンだから、仮にイチがゲイだったとしても、絶対にイチとはそういう関係にはならない自信がある!
◇◇◇
イチのトレーニングを続けて、僕の体は数年間でどんどん変わっていった。
以前は、ほとんど運動せず、これがジムのオーナーかという、情けない筋力だったけど。今は全身に程よく筋肉が付いて、俗に言う「細マッチョ」なキレイな体に生まれ変わった!
ジムの客達も、僕の変わりっぷりに驚いている。
僕は元々、骨格はバランス取れている方だと思っている。
モデルをしていた位だから、手足は長くて頭も小さい。
でもメリハリの無い、ひょろっとした体形だった。
でも本当に、イチのトレーニングで見違えるほどキレイな体になった。
自分で言うのも何だけど、鏡に映る自分の体を見て、ほれぼれする位!
ウエストが締まってお尻が上がって、ヒラメ筋もキレイな真っ直ぐ伸びた脚!
二の腕も締まって、首も長くなって、ホントにこれが自分の体?って思うほど。
勿論僕だけじゃない。イチのトレーニングを実践している他の客達も、どんどんとキレイな体になっていく。特にダイエットはしていないらしいのに、ぽっこり出ていたお腹がへっこんで、姿勢もよくなっている。
イチが言うには、筋肉と骨が正しい位置に収まると、人間の体って自然とキレイな体形になるらしい。
そしてその姿を美しいと思うのは人間の本能で、それが人間本来の正しい姿だからなんだって。
余計なところに脂肪が付くのは、正しくあるべき位置に筋肉がおさまってないからで、それを保護するために、不要なはずの脂肪が付くんだって。
だから筋肉を本来あるべきところに戻して、正しい動きをさせたら、不要な脂肪は消えるんだってさ。面白いよね。
イチに頼まれて、トレーニングルームの一角を空け、ストレッチ用のベッドを一台置いた。
イチはトレーニングを教えるだけでなく、筋肉が固い人の凝りを取る為に、自宅で簡単にできるストレッチの方法も教えたりしている。
筋肉が柔らかく柔軟でないと、トレーニングの効果は半減以下らしい。
ジムに来てマシンで鍛える以外にも、イチから習ったストレッチを自宅で実践することで、より一層キレイな体になっていくというわけ。
だから僕のジムにはどんどん客が入ってきて、もうこれ以上メンバーを増やせないところまで来ている。
支店を増やそうかとも考えたけど、このジムの売りはイチで、彼は一人しかいないから、実現は難しい… さぁ、どうしようか。




