15 イリイチの今:お隣君
ジムで久しぶりにお隣君に会った。
相変わらずのリアクションで、キラキラした目でオレをまっすぐに見つめてくる。そもそも、なんでキミの目はそんなにキレイなんだ?
彼を見ていると、実家で飼っている柴犬のクロを思い出す。
瞳は褐色なのに、幾つも光が反射してウルウルしていて、いつも輝いている。オレは今まで、こんなに瞳のキレイなヤツを見たことが無い。
彼の人懐っこくて素直な性格も、クロそっくりだ。
オレは、ファミレスでお隣君と出会った時に、初めて自分のトレーニング方法を人に教えた。
それまで、人に何かを教えたことなんて、一度も無かった。爺ちゃんや格闘技の研修生として、人からトレーニングや技術を学ばせてもらうばかりだったからだ。
今ではジムで色々な人に教えているけど、誰よりも一番理解してくれたのはお隣君だ。本当に素直にオレが言ったことを全て吸収してくれた。彼は水泳部やクラブで色々習ってきただろうから、合わないと感じることがあってもおかしくないのにな。
今から思えば、オレはあの時に『人に教えること』を学んだのだと思う。
お隣君は、伝えたことを全て聞き逃さずキャッチしてくれる。そしてその後、きちんと復習して、少しでも疑問があればオレに尋ねてくれた。
だから、お隣君の反応を通して、オレは自分の教え方を客観的に捉えることができたんだ。何をどう伝えれば、分かりやすいか、分かりにくいか。
彼の良いところは、全てに素直なリアクションを返してくれることだ。オレが言ったことを理解してくれた時は、本当に心から嬉しそうにしてくれる。そんな反応を返してくれると、オレも嬉しくなる。教え甲斐があるというものだ。
でも、それだけじゃない。
分からないことをハッキリ「分からない」と返してくれるところも、とても有難かった。
彼が「分からない」と言ってくれた時は、言葉を変えたり、補足を加えたりして説明をやり直す。それでもまだ分からない時の彼の表情は曇ったまま。理解の糸口が見えると一気に表情がパァっと明るくなる。教え方の良し悪しを測るリトマス試験紙のようだ。
『打てば響く』というのは、こういう人のことなんだろうな。
世の中の教師にとって、良い生徒とは彼のようなタイプではないだろうか?
きっと、彼の水泳部のコーチも、さぞや教え甲斐があったことだろう。
あの事件があった後、オレは自己嫌悪の塊で、全てを忘れたくて、爺ちゃんのことも、格闘技のことも、何も考えないようにしていた。
でも、お隣君にトレーニングのことを聞かれた時、無意識に「教える」という言葉が口をついて出ていた。そして、お隣君にトレーニングを教えることで、初めて爺ちゃんのメソッドを客観的に捉え、改めてその凄さを感じたんだ。
その頃、爺ちゃんの墓参りに行く気にはなれなかったんだが、ファミレスを退社した時、無性に爺ちゃんに会いたくなった。
だから、墓参りに行ってふっ切れたのは、お隣君のお陰なんじゃないかと思う。
あの時お隣君に出会わなければ、オレはいつまでも爺ちゃんの思い出を封印したまま、殻に閉じこもり続けていただろう。
そして、店長からある告白を聞いてオレは驚いた。
オレがジムに入ってなければ、その1か月後にはジムを閉じていたかもしれないと。
店長はジムのことは何も分からず、お客がどんどん離れていったらしい。
でもオレが、トレーニングを見るようになって、お客が上向きに回復したんだとか。
墓参りに行く前は、ジムに通おうとも思わなかったわけで。そして、あのタイミングで墓参りに行けたのは、お隣君のお陰…。
つまり、お隣君にトレーニングを教えたことが、巡り巡って今のジムの存続に繋がっていたのだとしたら?
オレはこのジムで必要とされることで、立ち直ることができたから、それがもし無かったらと思うとゾッとする。
奇跡のようなタイミングで、お隣君が現れてくれたこと。それがオレと店長の未来を救ってくれたことになる。
そう考えると、人との縁は本当に不思議だと思う。
もしかしたら、お隣君との出会いは、どん底に落ちたオレを救うために、天国の爺ちゃんが結んでくれた縁ではないかと思っている。




