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断罪されたので王太子を食べました

※グロ描写はありません。

「ぎゃあああああああ!!!」


学園のパーティ会場で豪華なドレスを身に纏った男爵令嬢の悲鳴が響いた。先生方や生徒達が真っ青な顔をする中、ショシャナ・ワイエール公爵令嬢は黙々と王太子の首を齧っている。


(うーん、食感はイマイチね…あと、ちょっと大味かも?)


※※※※※


ことの発端は7年前の春、晴れた昼過ぎの王宮。11歳のショシャナは幼馴染のヴィスターンと庭でサンドウィッチを食べていた時だ。


「はー!美味しい!!さすがうちの料理長!このサンドウィッチに入ってるハムはうちで作ってるんですよ!」


「…ショシャナ…」


「どうしました、殿下?」


「僕…旅に出ることにしたよ」


「ん"ゴホッ」


思わず咽せたショシャナは急いでリンゴジュースを飲む。


「お、お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」


「いや、構わない。むしろこんな話を急にして申し訳ない」


「あの…旅とは…?」


そっと立ち上がり、暗い表情のヴィスターンは語り始める。


「僕は一体なんの為に生きているのかわからなくなってしまったんだ…」


(あ、そういう系ねぇ…)


ショシャナは黙々と食事を続けた。


「僕は生まれてからまだ一度もこの王宮を出たことがないんだ。王太子教育であんなにたくさんの言語を習わされたのに皮肉なことだよ…


そしてある日気づいたんだ…」


サンドウィッチと一緒に入っていたプチトマトをバスケットからつまみだし、憂鬱そうにヴィスターンは言う。


「僕はこのトマトと同じだ…

生まれた時から食べられる運命から逃れられない哀れな野菜…


王の世継ぎになり、父上や母上、民が考える理想の王太子になる為だけに生まれた僕とこのトマトは何が違うんだ…


お前も…本当は自由に自分を見つけたかったよな…?」


(あ、やばい。トマトと会話を始めちゃった…これ、相当思い詰めてんな…)


焦ったショシャナは急いでプチトマトをヴィスターンから取り、慰めようとする。


「で、殿下のお気持ち、お察ししますわ…!

ご自分がどういう大人になるか考えさせられるお年頃ですもんねぇ!むしろこういう時期を蔑ろにしては、大人になってから大変ですし、思う存分悩んでいいと思います!


わたくしだって、そういう気持ちになることはよくありますわ…!」


「え、完璧な君でも僕みたいに悩む時があるのかい?」


「ええ、もちろんですわ。私は完璧ではありませんし、王太子妃になるためだけに辛い勉強やら習い事やら社交の場に立たされたのですもの。

そこに自分の意思なんてありませんわ。この婚約も、殿下だって本当は好きな方と結ばれたいのにー」


「いや、この束縛が多い人生で、君が婚約者であることのみが幸運だったよ…う…ううううう…」


ボロボロと泣き出した王太子に戸惑いながらショシャナはハンカチで涙を拭いてあげた。


「殿下が旅に出たいと言うなら、私は止めません。

でも、本当はそんなことはできないと、心の枷になっているのではないですか…?


もしそうなら、私があなたを自由にして差し上げますわよ?」


「それは、どういう…」


ショシャナは杖を取り出し、先ほどのプチトマトをそっと叩いた。

するとプチトマトは光りながらみるみると大きくなり、人の形に変わった。


「これは…僕…?」


「はい!殿下そっくりの人形です。これに私が作った人工精霊を入れれば殿下のように喋ったり、歩いたり、成長もしますわ」


「君のオリジナルの魔法か?いや、さすが魔術の天才、ショシャナだ」


「前にカボチャを馬車に変えたり、ネズミを従者に変える童話を読んだのですが、それにヒントを得て作ってみました!影武者とかの代わりになったら便利でしょ?」


ショシャナはヴィスターンの手を取る。


「王宮のことはこのショシャナにお任せください。殿下は自由に旅をして、本当のご自分を見つければいいのです。

前に読んだ英雄伝の剣士は10年以上も旅をしてから王になったそうですよ?その旅で得た経験のおかげで民の心が分かるようになったとか。

殿下が旅から戻ったら、このトマトと入れ代わればいいだけですわ!」


「ショシャナ…はは、君は本当に変わってるな…他の令嬢だったら僕をなんとしてでも止めようとしたと思うよ…」


「うちの父親は自由にできなかった若い頃の反動であちこちで女遊びをしていますし、亡くなった母がそのせいで苦労したのを見てますから…

あ、殿下がそうなると言ってるわけでは」


「わかってる。ありがとうショシャナ。

君にはたくさん迷惑をかけるが、いつか必ず戻ってくるから、それまで頼んだよ…」


2人は最後のピクニックを楽しんだ。


※※※※※


それから7年が経った。


旅に出たヴィスターン王太子の影武者になったプチトマトは立派に成長した。

ショシャナが生み出した人工精霊の質は高く、時間が経つにつれて自由意志さえ持つようになった。しかし、頭の良さや仕事の質は本物には追いつかず、公務や書類の対応はこっそりショシャナが2人分頑張った。だって本体はプチトマトだもの。


ショシャナが作った分身は非常に出来がよくて、周囲も多少の違和感があっても、王太子が入れ替わったことには気づいていない。

本物の王太子はそのおかげで世界各地を旅しながら、人助けやダンジョンの攻略に明け暮れているらしい。彼から時々届く手紙を励みに、ショシャナは今日も2人分の書類に目を通す。


ショシャナとプチトマトは、王立学園の生徒として、誰にも怪しまれず学生生活を送っている。


順調そうにことは運んでいたが、最近あることがショシャナを悩ませていた。自我を持ったプチトマトの態度が横柄になってきているのである。


いくら言い聞かせても勝手に外出をするようになり、挙げ句の果てには恋人まで作り、ショシャナが公務に忙しい中、堂々と2人で学園を闊歩している。どうやらプチトマトの知能は色んな男を侍らせている男爵令嬢と共鳴してしまったらしい。


フィアンナ・ダクトン男爵令嬢。彼女は分不相応にも王妃を狙う、最近やたらと絡んでくる女子学生だ。勝手に目の前で尻餅をついて「突き飛ばされたわ!」とか、トイレについてきて水をいきなり自分にかけて「虐められた!」と叫びながら走っていく、頭がおかしい女。


ここ数ヶ月、プチトマトと彼女は恋人繋ぎをしながら、見せびらかすように人目がつくところでイチャついていた。


(ヴィスターンの名前に傷がつくのは嫌だけど、私が2人分の公務をしていることの説明を周囲にできるからいいや!)


ショシャナは最近、忙しさのあまり優先順位が低い学園のことは「たぶん大丈夫」のメンタルでやり過ごしていた。


しかし彼女は誤算していた。なんと学園の卒業パーティの日、プチトマトが偉そうに大声で婚約破棄を宣言してきたのだ。


「ショシャナ・ワイエール!お前との婚約を破棄する!!この性悪女め、私の大事なフィーに対する数々の嫌がらせ、成敗してやるッ!!!」


「ヴィ〜!」


プチトマトに抱きつく男爵令嬢を見て、ショシャナはポカンと口を開けた。


「あ、あの、殿下…?

その、えーっと、どう言おうかな…『その身』でそういうことを言っては…」


「なんだ貴様!王太子の僕に無礼だぞ!!!」


(あ、やばい…こいつ自分がプチトマトだってこと忘れてるかも)


最近忙しくて人工精霊の制御メンテが疎かになっていたことを思い出して焦るショシャナを見て何を勘違いしたのか、プチトマトはさらに気持ちが昂った。


「ふはははは、今日は気分がいい!

よし、特別にここに集まった皆のものに僕とフィーの今後の計画を教えてやろう!

僕はフィアンナ・ダクトンを正妃にすべく、ヤグメレルダ伯爵の養子にする手続きを進めている!


そして、ヤグメレルダ伯爵と共に帝国へ向けて宣戦布告をするのだ!今こそ奪われたカチャータ半島の奪還の時であるガハハハハハ!!!」


「え」


(やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!!!!!!!!おい、クソトマト!!!なんことしてくれてんだ!!!!おおおいいいいい!!!!!!)


ショシャナは猛烈に焦った。ここには隣の強国、ラヴガース帝国からの留学生がたくさんいる。中には高官のご子息や、準皇族の者さえいるのに、彼らの耳にも届く声量でプチトマトが宣戦布告をしてしまった。

その上、王家が「あの」伯爵と婚姻関係に…ヤグメレルダ伯爵はカチャータ半島に領土を持つ貴族だったが、帝国に無礼な真似をして王が平伏しながら帝国に謝り、半島を無理やり割譲させた問題が多い家だ。元々は公爵家だったが、爵位を下げられても反省せず半島の奪還を目論む愚かな伯爵家である。プチトマトはきっと伯爵の口車に乗せられてこんなこと言ってしまったんだ…


(まずい…このままではプチトマトのせいで戦争が勃発してしまうかも…うう…ごめんヴィスターン…

嫌だけど、ここまで来たらあいつが本物の王太子じゃなくて、さっきの失言は影武者の戯言だって公表しなくてはならないかも…)


「み、皆様!!!これの言うことを聞いてはいけません!!!この王太子は偽物、影武者です!!

彼が言うことは王家の総意ではありません!!!」


困惑する会場の人々をなんとか落ち着かせようとしたが、ショシャナの言動はより混乱を招いてしまったようだ。


「ふん、婚約を破棄されて頭がおかしくなったのか?哀れな女だ。

こんな女の言葉など、聞く必要はない!では続きを」


(まだ何か言う気なのか、クソトマト…!)


「王太子の名のもとに、我が国で奴隷売買を解禁しようと思う!!父上は奴隷売買にだけは手を出すなと言っているが、他国が潤っているのになぜ我が国だけ奴隷を売れないのだ!!おかしいだろ!!!あれはめちゃくちゃ金になる!!!

あと、王立の娼館を作ろうと思う!!!金に困った女学生がいたら王宮の我が部屋に来い、僕が適性をー」


ガブッ


ショシャナはプチトマトの首にかぶりついた。もぐもぐと首を噛むショシャナを見て、会場がシーンと静まり返った。

倒れたプチトマトの首を齧りながら思いっきり吸うと、トマトの種が歯に挟まった。


次の瞬間、フィアンナが大きな叫び声をあげた。

会場の人々の動揺とは裏腹に、ショシャナはプチトマトが喋らなくなってホッとしていた。人工精霊を噛んだところから吸い取り、自分の体内に閉じ込めることができた。


気づけば、警備の兵士たちが彼女を囲っている。ショシャナは自分がしていることが如何に地獄絵図そのものか、やっと自覚した。


(あ、どうしよう…無我夢中だったからなぁ…アドレナリンって怖い)


彼女を拘束しようと兵士がショシャナの腕を掴んだ次の瞬間…


「待て!!彼女から離れろ!」


目の前のプチトマトと同じ声が、会場の後ろから聞こえてきた。


ショシャナは目を見開く。そこには、本物のヴィスターン王太子がいたのだ。


「ショシャナ!!!」


ヴィスターンは彼女に駆け寄り抱きしめた。混乱したフィアンナを含め、会場の全員の視線が2人に集まる。


「殿下…?本当に殿下なのですか…?」


「ああ、僕だよ、ショシャナ。ごめん、本当にごめん…たくさん苦労をかけたね」


向き合って、ヴィスターンの顔を見ると、そこには逞しい体をした美男がいた。あの泣き虫だった11歳の少年は、今は身長が高く伸び、筋肉がつき、逞しくも王族らしい気高い顔をしている。それて彼は立ち上がり…


「皆の者よ、このような混乱を招いてしまい、大変申し訳なかった」


ヴィスターンは頭を下げて、会場の人々を申し訳無さそうに見る。


「私の婚約者、ワイエール公爵令嬢が言ったとこは誠だ。そこに倒れている人形は私の影武者で、これが言ったことは全て私や王族の意見とは無関係である。

どうか…忘れてほしい…そして、影武者の人形が言ったことを全て撤回し、深くお詫びをしたい…」


恐る恐る人々がプチトマトを見ると、1人の学生が驚いて口を開けた。


「あれ、この齧ったところ断面、皮膚や肉じゃないぞ…よく見ると…なんだこれ、トマト…?」


次の瞬間、ボンっと煙が立ち、齧りかけのプチトマトが床に現れた。


この奇妙な卒業パーティは、最も有名な逸話として学園の歴史に刻まれた。


それからのことだが、ショシャナとヴィスターンは各方面への謝罪と対応に追われている。流石に11歳から皆が王太子として扱ってきたのがプチトマトだったとは言えない。なので、半年間、王太子が魔物討伐や民の救済のために不在にしていた間を埋めるためにショシャナの魔法を使った、という話でかたをつけた。実際に、ヴィスターンは冒険先で討伐や人助けをしていたので、思ったより簡単にこの話は信じてもらえた。


一方、婚約者のすげ替えをプチトマトと画策したフィアンナとヤグメレルダ伯爵は、それぞれ厳罰に処されるこになっている。

フィアンナはショシャナを陥れようとしたことや、ヤグメレルダ伯爵と共謀して帝国に宣戦布告しようとした罪で国外追放になった。ヤグメレルダ伯爵も、それらの罪に加え、前回の失態から反省していないということを重く受け止めた王から爵位・領地の没収のみならず、離島での監禁が言い渡された。

2人とも、プチトマトの失態もあったので、命までは取られなかったらしい。


ちなみに、プチトマトに入ってた人工精霊は後から吐き出して、今はショシャナの実験に使われている。だいぶ大人しくなったが、未だに暴れたり脱走しようとしたりと、ショシャナは管理に苦労している。


「はぁ…大変な7年間だったけど、今思うとあっという間だったわ…


ヴィスターン、私のせいでたくさん迷惑かけてごめんなさい…」


全てが落ち着いた一年後の夜、ショシャナは王宮のベランダでヴィスターンと夜空を見ている。


「何を言っているんだい。悪いのは全て僕だよ。

君に普通ならありえない我儘を言ってこんなに長期間冒険に出てたんだ…謝っても謝りきれない…」


「いいのよ、あなたは約束を守る人だって知ってるから私も無茶をしたの。それに、これは私の魔術の研究にも大いに役立つ素晴らしい実験だったわ。お互い様よ」


「ショシャナ…本当にありがとう…」


ヴィスターンがショシャナを後ろからゆっくりと抱きしめると、ショシャナの耳が真っ赤になった。


「それにしても、君は本当にすごいね…僕の分まで仕事をしながら頑張ってくれて…

王妃に相応しい人は君以外いないよ」


「みんなを騙してたのに…?」


「それは僕が頼んでやったことじゃないか。


それに…君のおかげで僕はあの泣き虫だった子供から大きく成長できた。君がくれた7年間のおかげで、僕は民を思う王とは何かをたくさん考えることができたよ」


ヴィスターンはショシャナの前に跪いた。


「ショシャナ、これからも僕の妻としてこの国を共に繁栄させてくれないか…?」


「ヴィスターン…」


2人が口付けをしようとした時、ショシャナの胸元のペンダントが光り、プチトマトが脱走したことを知らせるのであった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 大口開けて齧ったらプチトマトじゃあ丸ごといけちゃうんじゃないかと細かいところが気になりました。普通サイズのトマトじゃダメだったんでしょうか。 [一言] 人工精霊をそこまでたらしこんだ…
[良い点] プチトマトという所がとても面白かったです。 [一言] 精霊の暴走の理由に、メンテの問題だけじゃなくて、このトマトが腐ってしまったのでは?と想像したのに、それを口にする所も良かったです。 …
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