排他的な村 3
「取り敢えず、今日は僕の家に泊まっていくといいよ」
話し掛けてきた青年は、彼女が困っている状況を察してそんな提案をしてきた。そして唐突なことながらもそれは彼女にとって有難いものだ。そんな願ってもないことを突然言われ、戸惑いながらも少女は頭を下げる。
「え、あ、ありがとう、ございます…」
「どういたしまして」
彼女達が予想した通り、やはり宿屋でさえも今は他所からの人間を受け入れるつもりはないようだ、と彼は言う。そして肩を落とす少女を見かねたのか、そんな提案をしてきた。
少女からすれば願ってもないものだ。こういった状況を、たなからぼたもち、とどこかでは言うらしいと聞いた覚えがある。言葉の意味はよく解らないが、思いがけずに何かを得ることなのだろうか。
取り敢えず頼る当ても他にない少女は彼の提案を受け入れ、それを確認した彼は彼女のついてくるように促して歩き始めた。
「ごめんね。うちの村の皆が」
青年は彼女を連れて歩きながらにこやかな表情でそう言う。今までの村民とはまるで違う態度に、少々戸惑いながらも少女は彼についていく。しかしそんな様子などに気にも留めずに彼は続ける。
「本当は彼等もあんな攻撃的じゃないんだ」
「は、はぁ…」
そんな彼の弁解にも歯切れの悪い相槌を打つことしかできない少女。…彼が何を考えているのか分からないが、こういった一見人当たりの良さそうな者は、得てして腹に一物を抱えている場合が多い。そのように疑いを拭いきれなかった少女は彼との適切な距離を測りかねていた。
「…けど、この前に起こったことが原因でね…」
若干彼の声色が暗くなる。その瞬間だけ、彼の眼がこちらではなくどこか別の何かを見ているようだった。そんな彼の様子から、何かがあったようだ、という推測は容易にたてられる。それは少女も同じだった。
「な、なにか、あっ…」
「――まぁ、少し長くなるからそれは着いてからにしよう。そこならゆっくり話もできるからね」
それを訊ねようとした彼女だったが、それに察したのか否か、彼が微笑んで言ったその言葉に丁度遮られてしまう。そしてそう言われてしまってはこれ以上踏み込めなくなった彼女は、出し掛けた声を引っ込めて小さく頷く他なかった。そしてそのまま先を急ぐ彼の後を着いていく。
そのうちに、少し村の中心から離れた一軒の家に到着する。彼の足先もそこの玄関に向かっていることから目的地がそこであろうことがわかる。…家族で住んでいるのだろうか?決して小さいとは言えない大きさだが…。
「さ、入って。ここが僕の家だよ」
扉を開けてこちらを振り向く青年。…まぁ、そんなことは今は関係はない、か。そう思って少女は素直に招待を受け入れた。
「どうぞ、くつろいでね」
外見からの印象通り、中もそれなりに充分な空間が広がっている。加えて家具や内装、装飾品にいたるまで、僻地とまでは言わないがこんな外れにある村には似つかわしくないものばかりのように思えるが…。
「どうしたの?なにかあった?」
「えっ、あ、いや…その、なんでも、ない、です…」
室内を見渡してなかなか中へと入ろうとしない彼女を不思議に思ったらしい青年がそう首を傾げる。まさか資産について堂々と聞けるわけもなく、少女は慌てて取り繕って足早に彼の示すままに奥へと進んでいく。
「……えっと、そ、その、広い、です、ね…?」
「ん?あぁ、そうだね、やっぱり気になるかい?」
廊下を歩く間の、少しの静寂をようやく破ったのは絞り出したようにかすれた少女の小さな声だった。恐らくはこの沈黙の時間が耐えがたかったのだろう。なんとかそう捻りだしたようだが、次に続く言葉までは考えていなかったらしい。少女は自ら会話を始めておきながら、訊ね返されてわたわたと返答の台詞を探す。そんな少女の慌てる様子を見た青年はやはり可笑しいらしく、
「はははっ、落ち着いて。この村に起こったことと一緒に話すよ。ちゃんとその時間をとるから。ね?」
と優しく微笑みかける。そこで自分の戸惑いようを思い出したのか、少女は顔を真っ赤にして俯いて今度は黙りこくる。そんな様子も青年には可笑しかったようで彼は再び破顔し、そしてようやく目指していた部屋に到着したらしく、廊下を囲むようにして並んでいる扉のいくつかの内の一つに手を伸ばしてそれを開けた。そして、再び少女に向かって微笑んで言った。
「さ、今日はこの部屋に泊まっていいからね」