隔絶された町 6
――あれから幾日も時が過ぎた。その間、少女は町中を駆け回り情報をできる限り集めた。盗み聞きも容易にできる繁華街や日暮れ以降の酒場に足を運び、町に軒を連ねている数多の店舗にも全て訪れて一通りに目を通し、少し無理をしながらでも直接人に聞き込みをする回数も増やした。その結果、あの中年の女性が言ったように、魔王が今まさに実在していると確信した。
確かに”魔王”という存在はこの世界に君臨しようとしたことがある。しかしそれはもう百年以上も過去のことだ。彼女が周囲から伝え聞いていた限りでは、現在は勇敢なる人間の戦士によって討伐された、と伝わっている筈だ。…つまり、魔王なんぞが生きているなんてことはあり得ないのだ。かつてそんな脅威があったことが語り継がれているとはいえ、それは最早絵空事の空想的な伝承として風化しかけている。だというのに、この町の住人達は、まるで今この時に迫っている恐怖かのように皆不安の言葉を口にしていた。しかも掠れた文字のように曖昧になった記憶ではなく、その身をもって体験し脳裏に刻まれたかのように、鮮明に。
当然の如くそれを聞いた彼女は耳を疑い、そして困惑から首を捻る。だがいくら聞いても聞き間違いなどではなく、また伝承の変容などでもなかった。魔王討伐の知らせがここには到達していない可能性も考えたが、どんな辺境だとしても充分に伝わるほどには時間は過ぎているし、第一こんな大都市に入ってこない訳がない。
――そこで彼女は改めて気付く。この町の、異様なまでの魔法道具の数に。
これほどの流通量が確保できること。それについて誰も希少性を見出していないこと。これは魔法道具の供給が安定している証拠だと言っても過言ではない。…そして、安定した供給が望める状態にあるということは、それらを生産できる技術があると考えるのが自然だろう。
魔王が今だ健在、魔法道具の生産技術、そもそも魔法技具ではなく魔法道具という呼称…。以上等を加味して少女が辿り着いた結論。それは、”この町は過去の存在である”ということだった。自身でも突拍子が無さ過ぎると思ったのだが、この幾日かをかけて調査した結果からはそれに行き着くのが妥当としか言えなかった。
…そして更には困ったことに、この町から離れることが叶わないでいた。この町を囲む大きな堀。それを越えるために架けられている城門前の大きな石橋。その石橋を渡り切ることが出来ないのだ。町から出ようと橋を渡るが、何故か正面にその城門が再び近づいてくる。どこかで自分が踵を返したのか…そんな訳はないのに、まるでそんな事実があるかのように。
加えて、門番の兵士に自身が認知されていなかった。…いや、普通は余程のことがない限り記憶されることもないだろうが、今回のようにすぐに行って帰ってきてを繰り返していては流石に奇妙に思う方が自然だろう。更には、町中で声をかけたことがある者達にも、常に初対面かのような接し方をされていた。
「――なんだか妙なことに巻き込まれたね」
宿屋の一室で脱力して寝台に寝転ぶ少女に、枕元の壁際に立てかけられた剣がため息混じりにそう話しかける。彼女はそれにぼうっと天井を見つめたまま呟くように、
「…そうね」
とだけ返す。いろいろと試してみたのだが、どれも上手くいかず結局この町に居続けている。本来ならばおよそ訪れてから五日以内には出立している筈なのに…。
打つ手なし、お手上げ、といったようなどこか無力感に近いものを感じながら、彼女は物憂げな視線を窓の外へと向ける。…相変わらずの快晴。こっちの気も知らないで、勝手に清々としてるみたいに…。
「…まぁ、そう焦らなくていいじゃないか。そもそも先を急ぐ必要なんてないんだ。ここで暫く長居していても大したことじゃないだろ?
「まぁ、そうだけど…」
しかし今更どこかに留まるなんて、逆に落ち着かないのが今の彼女の心情だ。”旅が好きだ”と感じたことはないが、無意識のうちにあの晴天の下が懐かしくなる。
――と、
「――アンナ。どうやら、機会に恵まれたようだよ」
「…!…えぇ」
あの晴れた空の中、遥か遠くに見える位置に深い霧が現れる。そしてそれは瞬く間に広がっていき、この町を覆い隠していく。
「行くよ、ソード…!」
「はいはい。分かってるって」
少女は飛び起き、元々散らかってもいなかった荷物をすぐに纏め上げて宿屋を発つ。ほぼほぼ駆け足ともとれるような歩調で、路頭に溢れる雑踏の合間を縫っていく。
「もしかしたら、あれが…!」
この町に訪れたときには不可解な霧が存在していた。あれから全く見かけなかったが、あの霧がこの町に迷い込んだきっかけなのかもしれない。だとしたら、今ならば…!
明らかに焦燥感に苛まれている彼女に対して街の人間、露店の店主、門番の兵士などは怪訝そうな表情を向けるが、そんなことを意に介する様子もなく少女は城門を潜り抜け、濃霧に包まれた石の大橋へと迷いなく歩みを進める。足元の石畳しか見えない視界は前よりも一層悪く思える。
…また、正面に城門が見えてきたらどうしようか。彼女の拳が無意識のうちに固くなる。鼓動が速く、大きく頭の中で響く。踏み出す足に徐々に力が入らなくなる。だが、今はもう進むしかない。
――それからどれくらい歩いただろうか?ふと気づくと、整然と並んでいた石畳が乱れてきたかと思えば、その隙間から僅かに草花が生えていた。更に進む程にその度合いは酷くなっていき、ついには舗装もされていないただの道が露になる。
薄れていく霧。仄かに見えてくる周囲の景色。彼女が立ち止まり振り返ることが出来たのは、それが完全に晴れてからだった。
「ギーク王都、か…」
自身が通ってきた道であろう先を見つめながら、そうどこか空しそうに呟く少女。そうして少し眺め続けた後に、ようやく再び前へと歩き出したのだった。




