死が遠い町 6
あれから数日後。もう、聞き込みも買い込みも充分に済んだと言った頃合い。少女は、あの町の近くにある小さな集落の前に立っていた。この期間内に自身が腑に落ちなければ、あの老人に直接訊ねる。そう己に課した決断を、今まさに実行しようとしているときだ。
「どうしたの?行かないのかい?」
「…わかってる。急かさないで」
剣に発破をかけられ、深呼吸の後に竦んでいた足を踏み出す少女。今度こそは臆さず進む、などという既に達成が難しそうな決意と共に彼を探して寂れた集落に視線を巡らせる。
――やはり、というべきか、この集落を見渡す限り活気があるとは程遠い。ぽつぽつと見える人影から窺える様子というものは、穏やかではあるものの元来の性質というよりはそうならざるを得なかったという言い得ての方が近く、極端な解釈である、憔悴しているが故だ、などという余計な勘繰りをしてしまう。
こんな過疎地の中からあの老人を見つけ出すことに大した労力は必要がなかった。あっさりとその姿を捉えた少女は重々しくもしっかりとした足取りで老人へと近寄っていく。そして、そのうちに気配を感じたらしく振り向いた彼と目が合った。
その老人もまさか彼女と再会するとは思わなかったのか、驚いたような表情を浮かべつつもすぐににこやかなものに変えて少女を受け入れる。
「――おや?お嬢さん、どうしたんだい?こんなところにまで…」
さて、なんと切り出そうか…。話題が話題なために慎重に言葉を選ぼうとして、暫しの間少女は視点が定まらずに押し黙る。それを急かすこともなく笑顔待ち続ける老人に申し訳なさと、おおよそ彼にとって無礼になるだろう自らが行おうとしていることに若干の不安を感じつつも、意を決してその一言を発した。
「その…、少し、お話を聞きたくて…」
結局は不安感に負けたのか日和見をするように無難な切り出し方になった。そしてそのせいか、老人の顔にもなんだか怪訝そうな色が表れる。
「話?…はて、こんな爺にわざわざ、かね…?」
しまった。早速話題選びを間違えたか…?しかしやり直すことはできない。なんとか会話を続けようと不器用なりに言葉を紡ぐ。
「は、はい、えと…、お、お爺さんはいろいろ知っている、って聞いたので…」
咄嗟につい口を出たことだったが、それは決して嘘ではない。それとなく町民達に彼への印象を訊ねたとき、皆が博識賢明な人だということを言っていた。だから事実なのだと言えるだろう。…彼等の言葉が虚言でなければ、だが。
「儂が物知り、と?ふむ…、確かに他人よりは経験は少なくないだろうけどねぇ、儂はそれでも知らないことも解らないことも多い」
彼はあくまで謙虚な姿勢を崩さなかった。驕りもなく、だが過度な卑下の姿勢もなく、ただ率直で素直な回答をしているようだった。
予定はしていなかったが、この流れに沿うままに老人からも情報を得ようと試みる。すると彼は、町で仕入れたそれに、更に詳細を付け加えて説明をしてくれた。それも、理解もしやすく丁寧に。先程彼は自身の知識を大したことはない、と評していたが、それは過小評価であったようだ。…これもある意味予想通りではあったか。
…あまり他人をとやかく言いたくはないが、この老人は間違いなく少女が今まで出会った中でも秀でた人物だっただろう。この者はそれなりの地位についていてもおかしくない。彼女がそう思うほどに、この老人から才があることを感じ取っていた。
――ならば尚更違和感を感じる。彼のような人間が、自身の扱いについてどう思っているのか…。
「あ、あの…、ここに移ってくることについて、どう、思ってますか…?」
唐突な、更にはかなり踏み込んだ質問に先程よりも目を見開き少女を見つめる老人。流石に怒らせてしまったか…?と少女の不安が募る中、彼はすぐさま表情を穏やかなものに戻して、
「…儂の心配をしてくれるのかな?だったら君は優しい娘だ。そう気に負わずとも、儂は納得しとるよ」
彼が嘘を言っているようには見えなかった。良くも悪くも、こちらに気を使って真意を偽ろうとしているつもりはなさそうだった。
「…それは、どうして…?」
「儂のような老いぼれよりも、若くて元気のある者が恩恵を受ける方がよいからのう。限りある資源を奪い取るような真似は避けたいからねえ…。それが当たり前だろう?」
…ある種の自己犠牲精神とでも呼べるのだろうか、今の自分よりももっと庇護されるべき存在がいる筈だ、と老人は優しくも揺るがない意志の見える笑顔で少女の問いかけに答える。そこにはやはり虚偽など見えない。彼は本気で自らが切り捨てられることになんの疑問も嫌悪も示さなかった。…少女には、その合理性が狂気じみたものに思えた。
「…それでは」
「あぁ、さようなら、旅のお嬢さん。お達者で」
一頻り話したその後でも老人の様子は何も変わらなかった。きっと、とても合理的で聡明な人達なのだろう。だから、非合理的なことはしないのだ。少女はそんな一つの結論へと辿り着き、その場を後にする。
彼女を集落の入り口から見送る老人。もう会うことはないその人影は、集落が見えなくなるまでずっとそこに居続けた。




