死が遠い町 2
「じゃあ、お嬢さん。ありがとうね」
集落の前で老人と別れ、少女は元来た道を戻り再び町へと向かう。…あれよあれよと流され老人を送ることになり、そのままこうして来てしまったのだからまだ充分に聞き込みが出来ていない。
「随分と遠い寄り道だったね」
「…まぁ、そうね」
予定を大幅に遅れてしまったがまぁ仕方がない。元より期限も何もないのだ。少々出発がずれた程度で問題が生じるわけもない。少女は徒労感から溜息を吐きつつも、ただそれだけで済むと若干の余裕と諦めから前を向く。
再び石畳の小道を辿っていく。…改めて見ると、かなり古びた路地とはいえ荒れ果てた様子も見受けられない。頻度までは判らないが、少なくとも定期的な往来はあるようだ。…やはりさっきの老人はあの集落の住人なのだろうか…?
「…ねぇ、ソード…?」
長い逡巡の末に、ようやく少女はそう切り出す。…何分まともな会話の経験が少ない彼女が、自ら話題を持ち出すことに慣れている筈もない。
「ん?どうしたのアンナ?」
しかし剣は彼女のような大した様子はなく、相も変わらずあっけらかんとした雰囲気のままに訊ね返す。余程の事がない限りこうして彼女が話しかけてくることもないためか、何かあったのかと剣もどこか興味がある様子だ。
そして取り敢えずの第一声として相手の名前を呼んだが、その後に続く文言まではまだ想定していなかったようで、再び少女は考えあぐね始める。声を漏らしながら言葉に迷いに迷った結果、ようやく出た言葉は、
「…あのお爺さんって、あそこに住んでるのかな…?」
「――へぇ、君が他人に興味を持つなんてね」
彼女が誰かを、それも今日初めて会った赤の他人のことを話題に挙げるなんて今までにあっただろうか。少なくとも剣が記憶している中では寧ろ避けていたような気配さえ感じていた。…珍しいこともあるものだ。
「茶化さないで。…不思議に思わなかった?」
「はいはい。…そうだね。確かに、ただ町外れに住んでいるにしては違和感があったけど」
やはり剣も感じていたか…。まぁ、その違和感の正体を知ったところで何かしらに影響することもないだろうが。しかしこんな他に何もないような場所で一度引っ掛かってしまっては、気になってしまっては最早それのことが頭から離れない。思考を切り替えるきっかけも現れないまま首を傾げながら歩みを進める。
程なくして、あの町が再び近づいてきた。往きは老人がいたために歩調も緩やかなものだったが、此度は少女一人であるためにその歩幅を気にする必要もなく大した時間もかからなかった。
「――さて、情報収集再開、だね」
「えぇ、…気が進まないけど」
誰かに話しかけなければならない。それがとても憂鬱だ。旅をする上で必ず必要になることだが、彼女にとってなるべく避けたい時間。少女は大きい溜息とともに重い足取りで街路を戻る。
さて、彼女達は勿論これから聞き込みを再開するのだが、この町では普段とは仕入れる情報の質が少し違った。というのも、この町に関するとある噂を耳にしていたからだ。
それは、この町が”死と縁のない町”という俗称で呼ばれている、というものだった。…そんなことがあるのだろうか…?いや、そもそも死と縁のないというのはどういう意味だろうか…?
回復薬、呪術、魔法…、どんな状況にもよるが、死を遠ざける方法ならばこの世界にはいくらでもある。しかしそれはあくまで延命、遅延であって死そのものからの回避ではない。死とは縁がないという表現では似て非なるものだ。
「…縁がない、か…」
ふと、ぽつりと呟く少女。頭で思索を巡らせているうちに自然と口を吐いて出る。
「あの噂のことかい?」
「…ソードは、どう思う?」
彼女の独り言に応えるように剣が割り込んでくる。それに少女はゆっくりと頷いて剣に訊ねる。すると剣は少しの間思案するように声を漏らした後、
「…ただ噂に尾ひれがついただけじゃない?」
やはり、剣の提案する通り、ちょっとした医療技術などを誇張した表現だけが伝わっていき、その結果として更に文言すらもすり替わっていった、と解釈するのが妥当だろう。
「…まぁ、やっぱりそんなとこ、か」
「だと思うけどね、僕は」
今回もまた、言葉のあや、不確実性が生んだ些細なことだろう。彼女達は取り敢えず今はそう納得をして、この町での聞き込みを始めようと歩みを進めた。




