死が遠い町 1
とある町の外れにある、石で舗装された小さな道。何もない草原をただ一筋伸び続けているその上を、二つの人影が歩いていた。一方は腰も曲がり、おぼつかない足取りを素朴な杖で補強しながらゆっくりと歩き、そしてもう一方は使い込まれた黒い外套を羽織り、華奢な身体には似合わない自身の身長ほどの刃渡りを持つ黒煌の剣を背負ってその隣をついていく。
「すまないねぇ、わざわざこうしてついてきてもらって…」
杖を突く人影、もとい、かなりの年齢を重ねたことが伺える老爺はしわの多い顔でにこやかに剣を背負った人影へ話し掛ける。するとふとした拍子に話し掛けられた人影――少女は、黒いざんばら髪と揺らして淡い灰色の瞳を泳がせ、幼くも落ち着いた顔を驚きの表情に色づかせて、
「い、いえ…大丈夫、です…」
と微かな声量で呟くように応えた。その様子から彼女はおおよそ対人が苦手なのだろう、と爺は己の経験から容易に想像できた。人には様々な特性があるが、全てが一見して良いものに映るわけではない。彼女のこの態度も、決してこちらに対して敬意の無い、御座なりなものではないだろう。流石に詳細までは知ることはできないが、真意はきっと別にある。こういった若者に出会ったのは少なくない故、なんとなく判るのだ。どぎまぎとしている少女を微笑ましく思ったらしい老人はわざとらしく声を上げて笑い、余計に戸惑う少女に対して、
「そう慌てなくても構わんよ。こんな爺相手にわざわざ誠実に接する必要もないからねぇ」
と更に笑い飛ばした。
「は、え、えっと…」
…この人は何を言っているのだろうか…?今まで、己の扱いについて小言を言うような者は少なからず存在したが、まさか自らを軽くあしらうことを提案するようなことは初めてだ…。
少女は目の前の和やかな雰囲気の老人が理解できずに思考がかき乱される。少女には、彼の発言や表情から謙遜や卑下といったようなものは読み取れない。…つまり、ある意味で彼が本当にそう思っているのだと言える。それも、至極普遍的で平等な視点から。
…そもそも、何故自分が彼を目的の集落まで送ることになったのだろうか…。きっかけは近くの町で声をかけられたことだった。
彼女はいつもの様に新たに辿り着いた町で度に必要な情報を尋ね回っていた。その際、ある程度の戦いの心得があることを知った町の住民に腕を頼まれ、断る機会も失った状態のまま流され現状に至る。その頼みというのが、この老人を町の近くにある小さな集落へと送り届けて欲しい、といったものだった。
最初はただこの老人がその集落に住んでいるのだと思っていたのだが、どうもそうではないようだ。というのも、集落から町に買い出しに来ているにしては手荷物に日用品や食糧などの消耗するものがあまり見当たらず、そもそも持ち物すら少なく身軽だ。これでは頻繁に町と行き来することになるだろう。加えて、町の住人との雰囲気もどこか違和感があった。ただの顔馴染みとの交流というより、もっと身近な存在との談話というような、でも薄っすらと哀愁の漂うような空気が彼等を包んでいたような気がした。
「お嬢さんは、旅をしているのかね?」
少女が町での様子を思い返していると、ふと老人がおっとりとした口調で訊ねてきた。…まぁ、使い古した外套を羽織り身の丈程もある剣を背負っているならば、誰であろうとそんな予想をするだろう。事実彼女はあちらこちらを放浪しているのだから、何も間違ってなどいない。
「は、はい。まぁ…」
少女は小さく頷く。すると老人は高らかに笑い、
「そうかそうか。旅はいい。己が視野を拡げることができるからのぉ…」
そう言ってどこか感慨深そうに、独り言のように呟く。しかし、そう肯定的なことを言われてもどう返せばいいのかわからない。否定も肯定にも迷う彼女は、
「は、はぁ…」
と返すしかなかった。だが老人のささやかな問いはまだ終わらない。
「…しかし、お嬢さん一人では危険ではないかの?」
「それは、大丈夫、です…」
まぁ、疑問に思って至極当然であろうことを訊ねられた少女は、おずおずとしながらも背中の剣を指し示しながらそう答える。そして老人も首を縦に振りながら、
「なるほどなるほど。剣の腕も確かだということかのう」
相変わらず曖昧に受け応える少女だったが、老人の方もやはりそれに業を煮やす様子もなくずっと穏やかな好々爺のままだ。これまでにこのはっきりしない態度のせいで、相手を苛立たせたことも少なくなかった。只でさえ人が苦手だった彼女に、そんな経験が加わってしまえば余計に人を避けるようになるのは当然と言える。だが、この老人にはこちらに否定的な言葉を発する気配は一向に感じられなかった。
その温和な雰囲気に徐々に抵抗感も薄れていく少女。この老人となら、もう少し会話してもいいかもしれない…。
――そう思い始めた矢先、彼等の目前に古い家屋がいくつか建ち並ぶ、小さな集落が現れた。




