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襲われた村 6


「おい…なんだよ…!?」

突然何をされたんだと混乱を見せる青年と娘だったが、少女の雰囲気、己達の背後から漂う異様な気配を感じ只事でないと察知する。ぞわりと全身に走る悪寒が本能からの危機を示す。二人が震えながら振り向いたそこには…、

「う、嘘…」

常人よりも二回りほども大きい身長、薄ら明かりの中でも判る筋骨隆々な身体、そして最も特徴的なのは、振り上げられた両腕の先に煌く長く伸びた鉤爪。

――昼間に娘を襲い、少女が薙ぎ倒した魔獣。その姿がそのまま巨大化したような”怪物”がそこに立っていた。

「っ…!?早く逃げてっ…!」

瞬間、少女が声を荒げた同時に”怪物”の腕が勢いよく振り下ろされた。それをきっかけとして青年と娘はその場を駆け出す。間一髪で避けることが出来た二人。彼等が居た場所は鋭く重い一撃で地面が抉られていた。…あんなものを喰らってはひとたまりもない。不意にあれに裂かれる身体を想像し恐怖に震える。

「――なにしてるの!早く!」

しかし少女の怒号にも近い声に発破をかけられ青年がようやく動き出す。未だ恐怖で支配された娘の手を取り、

「ほら!行くぞ!」

「で、でも旅人さんが…」

「お前もあの人は強いんだって言ってただろ!?だったら俺等が居てもむしろ邪魔なだけだろうが!」

それでもまだ混乱から抜け出せない彼女を青年は強引に連れて駆け出す。

「ウウゥゥ…」

”怪物”の唸り声が重く響く辺りの空気を振動させ、”怪物”は彼等を追おうと踵を返す。

「通さない…!」

―しかし、切っ先をやつに向け剣を構えた少女がそれを遮った。

「…やれやれ、大変なことになったね」

緊迫した状況にそぐわない、他人事のような緊張感のない言葉。耳障りにもなり得る普段通りのそれが、今この時は不安と退かせる安寧となっていた。

「グウゥ…?」

行く先を阻む自身よりも小さな存在に、首を傾げるような仕草を見せる”怪物”。まるで彼女を警戒していない。それは己が力量の大きさからくる油断なのだろう。同時に、やつの脅威が圧倒的であることの示唆でもあった。

「文句言わないの。…いくよ」

「あぁ、いつでもいいよ」

月明かりの下で剣が黒く煌く。刹那の静寂が彼等を包み、かと思えば”やつ”が動いた。

「ギシャアァッ!」

予備動作もなく少女に飛び掛かる。その速さも瞬発力も、鈍重そうな巨体にも関わらず昼の小個体にも劣らぬ俊敏さだった。妖しく月光を反射する鉤爪が残像を伴って少女に襲いかかる。

―だが、その凶刃が彼女に触れることはなかった。

彼女はただ、僅かに剣をやつの爪にあてがうように切っ先を捻り傾けた。それだけの動作だった。しかしやつの爪は、剣に触れたその瞬間からまるで彼女を避けるように剣に沿って軌道を変えた。そして振り下ろされた勢いままに鉤爪は地面を抉る。土埃が飛び散り爪の形状に深い窪みが生み出される。その吹き飛んだ土の量が、その抉られた深さが先の二人を襲ったときよりも更に高い威力であったことを物語っていた。

けれでも少女は顔色一つ変わらなかった。明らかに重い筈の一撃を、些事を軽くあしらうように受け流して見せた。

――そして、彼女は既に次の一手を終わらせていた。

「ギャアァウッ…!?」

激しい血飛沫と共にぼとりと胴体と離れ、地面に転がる”怪物”の片腕。彼女はやつの攻撃の勢いも利用して、丸太のようなそれも容易く切り落とした。

反撃への驚き。鋭い痛覚への反応。重心がずれたことによる一時的な平衡感覚の喪失。そのどれかなのか全てなのか、”怪物”は叫び声とともに大きくよろめく。生じた隙を少女は逃すことなく、軸の脚を薙ぎ払う。その一撃は的確に健を斬りつけ、やつはなす術もなく倒れ込む。

「ウ、グアァッ!」

最早怪物の抵抗など無意味だった。少女は確実に、無慈悲にやつの首筋に刃を突き立て、そして一息にそれを貫く。

「グルァァ…ッ…!」

周囲に飛び散る大量の鮮血。辺りに響く潰れた断末魔。程なくして力なく四肢を広げる怪物。しかし少女は容赦なく、やつの首を引き裂くように貫く剣を横に振り上げる。血の滴る黒煌の剣と、それを持つ旅人の少女。彼等が此度の勝者だった。

「んま、僕達にかかればこんなものだね」

「調子に乗らないの。早く行くよ」

「はいはい」

血振りをし、彼女は先に避難させた二人を追って道を戻る。もう脅威は無くなったことを伝えるために。…だが、もう残党がいないとも限らない。なるべく警戒を解かず足早に村へと向かう。

少女は森を颯のように駆け降りる。先程の娘のように、…いや、それ以上に。あっという間に二人の気配が近付いてきた。どうやら傷を負っている心配もないらしい。ほっと胸を撫で下ろして声をかけようとした。

―が、

「――来るんじゃねぇ!どっかに行けよ!」

激しい剣幕の青年の声が轟く。一気に緊張が走る。彼等の身を案じて更に速度を上げる。

「リーゼルには指一本も触れさせねぇからな!!」

一層の焦燥感に苛まれながらも少女が彼等に追いつく。そこで彼女の目に映ったのは…、


――樹の陰に(うずくま)る娘と、娘を身を挺して覆い隠す青年の姿だった。


「あ、え…と…」

彼等が無事であった安心と見てしまっていいのかどうか判らない光景を見た気まずさから少女の眼は逸らされ宙を泳ぐ。暫くの間時が止まったかのように何も微動だにせず、それを怪訝に思った娘と青年が恐る恐るといった様子で少女の方へと振り向く。…そして、

「――うおっ!?な、なんだあんたか…」

安堵の溜息を吐くが、すぐさま自分達の状況に気付いたのか二人共が飛び跳ねるようにして距離を取った。互いにどこかぎこちなく、視線を退けようとしているようなのは気のせいだろうか。

「無事、だったんだね…」

「じゃあ、あの”怪物”は…?」

二人の疑問に少女は微笑んで頷き、

「うん。もう、大丈夫」

そのとき、騒ぎを聞きつけた村の大人達がぞくぞくと集まってきた。それをきっかけに娘と青年が緊張の糸が切れたかのように脱力して膝から崩れ落ちる。


――その後、事情を聴いた村人達による更なる大宴会の輪の中心に、少女は否応なく巻き込まれた。

誤字修正(おい…なんだよ…!?」を「おい…なんだよ…!?」に修正):2025/10/2

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