襲われた村 5
「乾杯!」
村の広場に並べられた広い食卓。その上に並べられた祝いの席に相応しい贅沢な料理の数々。並々に酒を注がれた樽盃を薄暗い空へと突き上げ、声高らかに笑う村民。見ての通り、ここでは小さくとも村を挙げての宴が開かれていた。祝祭の季節ではないというのに今宵は類を見ないほどの盛況を見せている。
そんな賑やかな盛り上がりの中心に、借りてきた猫のように委縮した少女がいた。
「どうした?嬢ちゃん。今日はあんたが主役なんだぜ?」
そんな目の前の料理にも手を付けず縮こまっている彼女に陽気に話し掛ける男が現れる。彼は少女の心境も知る由もなく、気安い態度で大胆にも彼女の肩に手をかける。びくりと更に身体を強張らせる彼女の様子など気に留める様子などない。…それになんだか酒臭い。あぁ、やっぱりこういう手合いの者は苦手だ…。
「ん?どうしたよ?嬢ちゃん。もう酔っちまったか?」
反応を示さない少女に変わらず明るい調子で彼は問いかけてくる。…酔っているのはそっちだと思うが……という不満も表に出せず、そして彼もそれを察する気配も微塵も見られない。
――どうしよう。今の状況を切り抜けるためにはどうしたら…。
「ちょっと、お父さん?またそうやって他人を困らせるんだから…。旅人さんも戸惑ってるでしょ?」
するとそんな様子を見かねたのか、一人の村娘が割って入ってきた。それは少女がつい先ほど魔獣どもから助けた娘だった。
「ん?なんだ?リーゼル、折角の宴会だぞ?楽しまなけりゃ損ってもんだろ?…な、嬢ちゃんもそう思うよな?」
「えっ、えと…」
「ほら、そういうところが駄目って言ってるの!まったくもうっ…!」
相も変わらず少女への一方的な交流を続けようとする男に、腰に手を当て膨れっ面を向ける娘。そうしてその間に挟まれ余計にすべき行動が判らなくなる少女はわたわたと双方の顔色を伺おうとする…。と、
「ほら、旅人さん。こんなの放っておいて行こう?」
娘が少女の手を取り、戸惑いで反応が遅れた彼女を強引に引っ張りその場を去ろうとする。
「あ、おい、リーゼル!」
男の静止の声も振り切って娘は少女を連れていく。賑やかな村の中心から少し外れた薄暗い森の影へと、足元も見えづらい中を慣れた様子で突き進む。その身軽さは、旅慣れた少女でも驚くほどだった。
すいすいと微かに見える樹々の合間を縫うように娘は少女を引き連れ、程なくして少し開けた小高い丘の上へと辿り着く。煌々と照らされる小さな村。その全てが見渡せる場所だ。
「ふぅ、やっと着いたぁ…」
一気に駆け上がってきた娘は深く息を吸ってようやく足取りを緩める。少女も一息つこうとするが、ふと視界の端に座っている人影が映った。彼女は反射的に警戒を取るが、
「お、なんだ。遅かったな」
しかしその人影は明るい声色でこちらに話しかけてきた。一瞬少女は混乱するが娘の方は何も疑問に思う様子もなく、
「そ、旅人さんがお父さんに捕まっちゃってね…」
と人影の隣へと歩み寄っていく。目を凝らしてみると、確かにその青年には見覚えがあった。…名前は…ハンス、だったっけ…?
「ほら、旅人さんもこっちにおいでよ」
ぼうっと立ち止まっている少女に気付いた娘は、そう声をかけて彼の隣に腰を下ろした。そして様子を伺いながらも二人に並んで腰かける少女を確認すると、
「ここからの景色、綺麗でしょ?」
微笑みかけてくる彼女の言う通り遠巻きの光源によって照らされている村の中心とその周辺は、幻想的に映し出されていてまるで切り離された空間のようだ。
「…うん。綺麗」
娘への返答なのか目の前の光景への感嘆の台詞なのか少女がぽつりとそう呟くと、娘は満足そうに顔を綻ばせてゆったりと語り始める。
「ここはね、ハンスと私の秘密の場所なんだよ。折角だし、お礼も込めて旅人さんにもここを見せてあげたいなぁって」
「最初に見つけたのはリーゼルだったか?…あのときからお前はお転婆だったなぁ…」
「ちょっと?ハンスだって同じくらいやんちゃだったでしょ?」
「俺は男だからいいんだよ。お前はもっと慎ましさをだな…」
「別にいいでしょ?私は私らしく生きたいの!」
「お前…、そんなんだと誰も嫁に貰ってくれねぇぞ?」
「ふんっ!いいもん!そうしないと駄目な人となんて結婚したくないよぉ~だ!」
「お前なぁ…」
…いつの間にか青年との口喧嘩になってしまったようだ。呆れながらも窘めようとする青年と、剥れながらつんとして突っぱね続ける娘。そんな二人の様子に少女は思わずくすりと破顔する。
すると二人がきょとんとこちらに顔を向けた。そして呼吸を合わせたように同時に首を傾げる。それも可笑しくて、つい口も緩む。
「…二人とも、仲、良いなって」
少女の言葉に青年と娘は顔を見合わせ、二人して否定する様子もなく、
「だってずっと一緒にいるんだもん。ね?」
「…まぁ、ほぼ腐れ縁だな…」
「…ちょっと?それってどう――」
再び口論が始まりそうになる。それを少女が止めた。二人の頭を、地面に押し付けるようにして。
――瞬間、彼等の頭上を何かが高速で横切った。




