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優しい村 5


 翌朝。警戒が解けないままでいた少女は満足に眠れずに、そのまま日の出を迎えていた。雨戸の隙間から徐々に漏れ出る淡い明かりに朝が訪れたことを察し、柔らかなベッドから身体を起こす。…その心地よさに反して少女の身体は大して回復していない。重く残る疲労感が、未だに微睡みを阻んでいた。

昨日の嫌な気配は既に消え去っていた。…あれは一体なんだったのだろうか?

「…あんまり眠れなかったようだね」

ぼんやりとした様子を見せる彼女に躊躇い気味に剣が訊ねる。流石に(それ)も今回は気を使っているらしい。

「…あなたには分からないでしょうね」

眠る必要がない(それ)にはこの辛さを共有することはできないだろう。そんなもどかしさと、だからであろうあっけらかんと言う(それ)の態度が気に食わずにそれが苛立ちとなって棘を含んだ言葉となる。…まぁ、彼女も本気で不快に思っているわけではないが。

「ま、そうだね。だからこそ訊いてるのさ」

そしてそれは(それ)も理解しているのだろう。それなりには共に過ごしてきた経験から、彼女がこう悪態を吐くのはある意味で気の置けない関係であると認識しているようだ。だからなのか、剣は八つ当たりに近い語気を浴びせられても大して動じるような様子は見せない。むしろ彼女を諭すように、普段の調子と変わりない声色で続けた。彼女はその反発しない態度に少し冷静になったようで、一呼吸置いて頭を冷やしてから、

「そうね……ごめんなさい」

「いいさ、いつものことだから」

(こいつ)のことだから他意は無いのだろうが、なんだか癪に障る物言いだな…。自身に原因があるために一旦は飲み込むが、やはり謝罪する必要はなかったか…?

…とにかく、気分は切り替えることは出来たらしい。大きく伸びをして身体をほぐし、ゆっくりとベッドから少女は降りる。そして剣を背負い身に着けてから、その部屋を後にした。

「あら、おはよう。こんなに早いのに、流石旅人さんね」

食欲をそそる香りとともに、婦人がにこやかな顔を覘かせる。

「あ、え……おはよう、ござい、ます…」

早朝からいきなり人と相対することになり、少女はすぐに調子をを失う。…まぁ、恐らく彼女なら、人と関わる時点で意気消沈はするのだろうが。

そんな様子の彼女にも婦人は快く笑みを向けて、

「そろそろ朝ご飯ができるけど、食べる?」

もう充分すぎるほどに施しは受けた。だからこれ以上は気が引けたが、心配は既に今更だということと、何よりその生唾の分泌を誘う魅惑の香りに彼女は抗えず、

「……はい」

「ふふ…、じゃあ、よそうから席について待っててね」

そう優しく応えて婦人は奥の台所へと消えていく。…本当に、何故こうも彼女は優しいのだろうか…?

「…じゃあ、訊いてみたら?」

突然背後からそう話し掛けてくる。…そう言われてもなんと言えばいいか分からない上、いきなり踏み込むことも失礼ではという気がする。

「…無茶言わないでよ」

「そうかい?そのまま言えばいいと思うけどな」

…簡単に言ってくれる…。――まぁ、でも、それしか方法はない、か。

やり取りの間にも湯気の立つ料理も運ばれてきた。急いで少女は席に着く。そうして目前に並べられるやはり美味しそうな食事。思わず眼が釘付けになる。

「さ、どうぞ」

「いただき、ます」

その言葉を皮切りに朝食を始める。透き通ったスープからはその見た目に反してしっかりとした野菜の味が舌に伝わり、共に出されたパンからはこんがりと焼けた穀物香りが漂ってきている。

「…美味しい」

「ふふ、お口に合ったようで良かったわ」

そう嬉しそうに微笑みながら婦人は自らも食事を進める。会話は殆どないながらも、その場には和やかな雰囲気が流れている。――今ならば…。ふと少女はそう感じて意を決し、

「あ、あの……き、昨日の、夜に…」

「…何か、見たの?」

その少女の言葉を遮るように、婦人が口を開く。しかし、その語気は今までのような柔らかい、優しいものではない。何処か重苦しい、気圧(けお)されるほどの何かが籠っている…。

その瞬間から空気が凍り付いたように肌に突き刺さる。…それは触れてはいけないものだったのだろうか…?

「い、いえ、その……ただ、霧…?みたいなものが見えて…」

何かを直接見たわけではないが、それに関する異変のようなものはあった。これが婦人のいう()()に該当するかは分からないが、変に隠し立てをしないほうがよいだろう…。

「……そう、外には出ていないのね?」

暫く少女に訝しむような視線を向けていた婦人だったが、そのうち鋭い視線を和らげて食事を再開する。いつの間にか彼女からも、もう威圧は感じない。…だが最早以前のように彼女を見ることはできない。少女は通りにくくなった喉に無理やりにでも食事を押し込むように、残りの料理を平らげた。

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