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マイページを見てくれた人に読んでほしいコメディ集

台座が聖剣をなかなか抜かせてくれない

作者: 伊藤 拓

「ようやくここまで来たか。みんな、ありがとう!」


 魔王を倒すことができると言われる伝説の聖剣『エクスカリバー』。


 ある冒険者パーティーの一行は、その聖剣を求め、苦難の道のりを乗り越え、聖剣の台座があると言われる湖の一歩手前まで来ていた。


「ここからは、僕の試練だ。一人で行く」


 戦士の格好をした若い男は、そう仲間に告げる。


 聖剣『エクスカリバー』は、何人もの戦士たちが求め、台座から引き抜こうとしたが、誰一人として成功する者はいなかった。


 聖剣の使い手として、相応しい者であることを証明しなければ、台座から抜くことはできないと言われている。


 その試練に、今、一人の戦士が、立ち向かおうとしていた。


「頑張れよ!」

「君なら絶対抜ける」

「そうだ、お前ならできるはずだ」


 戦士は仲間達に見送られながら、聖剣エクスカリバーの台座があると言われる湖に向かった。


 支流をたどり、湖に着くと、そこには、白いドレスを着た女性がいた。


(彼女が聖剣エクスカリバーの番人『湖の女神』か)


 戦士が警戒していると、


「お待ちしておりました」


 彼女は優しい声とともに、戦士に笑顔を向ける。


「お名前は?」


「田中と申します」


 戦士は緊張とともに答えた。


「戦士の田中さんね、こちらへどうぞ」


「あ、はい」


 戦士は、湖の女神に促され、聖剣エクスカリバーの剣先が刺さる台座の前に。


 その台座は、小さくて綺麗な花と草に囲まれていた。


 戦士は、初めて見る聖剣エクスカリバーに、



「ああ、なんて美しい剣なんだ」



 と、ため息とともにつぶやく。


 それに対し、女神は、ニコッと笑顔で答えた。



「さあ、手に取って、エクスカリバーを抜きなさい、勇者よ!」



 戦士がエクスカリバーに手をかけ、抜こうとした次の瞬間!!



 眩い金色の光が、渦を巻きながら、台座に集まり、






「お前に、エクスカリバーは、渡さぁーーーーーん!!!」






 台座から低い大きな声がして、光の渦に跳ね返されるように、戦士は吹っ飛ばされた。



「くっ、これが聖剣エクスカリバーの試練かっ!」



 倒れた戦士は、すぐさま起き上がる。


 そして、自身の剣を抜き、身構えていると…………








「い・い・加・減・に・してくださーーーーーいっ!!!」









 女神が、台座に向かって、キレる。



「いつもいつも、そうやって、ここまではるばる来た戦士を追い返して。エクスカリバーの気持ちを考えたことはないのですか?」



「し、しかし……」



 台座は、先ほどとは打って変わって、情けない声を出す。



「そう毎回毎回、拒んでいると、エクスカリバーが抜き遅れになってしまいますよ!」


 女神は物凄い剣幕で続ける。


「勇者がエクスカリバーで魔王を倒すところを見たいと、いつも言ってるじゃないですか」


「うっ……」


「エクスカリバーも能力が随分高くなってますし、今が抜きどきじゃあないですか」


 エクスカリバーはその言葉に反応したのか、持ち手の先端の柄頭ポンメルに埋め込まれたぎょくが光る。


「しかし、抜きどきだからといって、剣を大切にする勇者でないと、エクスカリバーが心配で心配で。そもそも、この戦士がエクスカリバーに相応しいかどうか……」


「田中さんはいい戦士じゃないですか。ここまで来る能力もありますし。道中を見ていましたが、仲間に慕われてますし、礼儀正しい人ですよ」


「…………仕方ない……話だけでも聞こう。自己紹介を頼む」


「立ち話もなんなので、ちょっと、お座布団用意しますね」


 女神は、戦士と自分に座布団を用意し、お茶とお菓子を出した。


 戦士は正座して台座の前に置かれた座布団に座る。



 小鳥のさえずりが聞こえる和やかな雰囲気の中、それは始まった。


「それでは田中さん、お願いしますね。あまり、ご緊張なさらずに」


「あ、はい。戦士の田中朝夫と申します。今は剣戦士をしておりまして、冒険者歴は7年です」


「レベルは?」


「ちょっと、そんなことを直接聞くのは不躾ぶしつけですよ。すみませんねぇ」


「いや、構いません。レベル850です」


 女神がニヤッとする。


「おお、勇者の中でも高めになるな。スキルはどうなんだ?」


「ええと、剣術に加え、聖属性の魔法が使えます」


「聖属性の魔法ができるのか? わしと同じじゃ。最初、君を飛ばしたのは聖覇気だよ」


「ごめんなさいねぇ、いきなり飛ばしちゃったりして」


「いえいえ、大丈夫です。台座ですから、しっかり守らないと。むしろ安心しました。聖属性使いであることを。聖覇気って、難しいんですよね。あんな強力なものはどうやってやるんですか。知りたいです」


「おお、そうかそうか。あれはな……説明が長くなるな。今度、教えてやろう」


「是非、お願いします!」


「いい戦士じゃないですか」


 しばらく、話が盛り上がった。



 女神がお茶を再び用意し、戻ったタイミングで、戦士は姿勢を改め直す。


 そして、



「是非、エクスカリバーを僕にください。一生大切にします!」



 正座している戦士は、台座と女神に深々と頭を下げる。


「魔王を倒したいんです!」


「ねえ、あなた」


「……うむ…………」


「あなた、なにか言ってください」


「だから、うむと言っておるではないか」


「それでは」


 戦士は顔を上げる。その顔には、今生の喜びが表れていた。


「手入れを欠かさずやるんだろうな?」


「はい、もちろん!」


「エクスカリバーは意外とじゃじゃ馬だぞ」


「精進して、使えるように身体を鍛えます!」


「田中さんは、レベル850だから大丈夫ですよ」


「田中くん」


「はいっ」


「…………エクスカリバーを、よろしく、頼む……」


「いえ、僕こそ、エクスカリバーにはたくさん支えられることになると思っています」


 その言葉に女神はニコッと微笑んだ。


「それでは、わしの台座から引き抜け」


「失礼します」


 戦士はそう言うと、台座に向かい、エクスカリバーの柄を持つ。


「あぁ、エクスカリバー……エクスカリバぁぁぁ……あんなに小さかったエクスカリバーが……エクスカリバぁぁぁ……」


 台座の涙声が周囲に響く。



「時々、遊びにくるんだぞぉぉ、エクスカリバぁぁぁ~~」


 台座の涙声は続く。



「いつでも戻ってきていいんだからなぁぁぁ、エクスカリバぁぁぁぁああああああ!!!」



(すんごい、抜きづらいんですけど……)


「気にしないで。ササッと抜いて大丈夫だから」


「えぇっと、それでは、失礼します」



――スポッ



 エクスカリバーは、輝きを持って、戦士の前に全身をさらけ出した。



「なんて、美しい……」



 戦士はその美しさにしばらく見とれる。


 その後は、台座や女神からエクスカリバーの使い方、特技、弱点などを学ぶ。



「あのー、仲間を待たせてますので、そろそろ……」


「あら、もうこんな時間」


 湖に映った太陽はオレンジ色に変わっていた。


「これ、よかったら受け取って貰える? 私が作った鞘。出て行ったときに、着させてみたかったの」


 女神は、美しい装飾がされた純白の鞘を戦士に渡す。


 戦士は、丁寧に、エクスカリバーをそれに納めた。


「ああ、ピッタリです! きっちり納まります。エクスカリバー、似合ってるよ」


 エクスカリバーの柄頭ポンメルぎょくがポアンと光る。


「エクスカリバーも喜んでいるみたいね」


「それでは装着させてもらいます」


 戦士は、そう言うと、エクスカリバーの入った鞘を肩にかけ、後ろに装着する。


「今日は本当にありがとうございました」


「いえいえ、こちらこそ、わざわざ遠いところから厳しい道を通ってお越しいただいて」


「いえいえ、エクスカリバーのためなら、当然ですから」


「それでは、田中さん、エクスカリバーをよろしく頼みます」


 女神は丁寧に頭を戦士に下げる。


「田中くん、エクスカリバーを泣かせたら絶対に許さないからな」


「はい、もちろん、一生大切にします!」


「じゃあ、時々、遊びに来てくださいね」


「もちろんです! それでは」


「エクスカリバぁぁぁ……時々かえってくるんだぞぉぉ……エクスカリバぁぁぁぁぁぁ…………」




 戦士はもと来た道を辿り、仲間たちのもとに戻る。


「どうだった?」


 戦士は、サムズアップをし、エクスカリバーを見せた。


「まじかよぉ」

「すげーじゃん! 俺にも、持たせろよ」


「ダメ、これは僕が一生大切に使うと決めたんだ。誰にも触らせない!!」



 こうして、戦士田中は、聖剣エクスカリバーを得て勇者になった。


 それからの田中のエクスカリバーへの溺愛ぶりは凄かった。


 肌身離さず、エクスカリバーを持つ。


 一緒に食事をし、一緒にお風呂に入り、一緒にベッドに入り。


 毎日、欠かさず、手入れをした。


 そして、エクスカリバーを守るため、自ら攻撃を受けるなど、大事に大事に扱った。


 周りからは、田中は愛剣家として有名になった。


 その愛に応えてか、エクスカリバーの能力値も向上していった。



**



―――そして、2年後、湖のほとり―――


「田中さん、魔王を倒したんですって」


「おお、そうかそうか。やはり、わしが見込んだ男」


「なに、言っているんですか。あれだけ反対したのに」


 女神は微笑みながら、剣が抜けた台座を優しくなでる。



「今度、ウチに報告しに来るの楽しみだなあ」

「そうですねぇ」



 女神と台座は、目の前にいた二羽の小鳥達を優しく眺めていた。


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